第26話 犬ではない
間違いない。
メイシーの友人であるイシダ・シラベという人物は日本人だ。
名前もそうだが彼女はジャージやドリンクバーをメイシーにプレゼントしている。
ジャージなどよく見ればズボンからはみ出ているタグに「石田」と書いてある。
まさかこのような形で元居た世界の人間に関する手掛かりが出てくるとは。
「そのシラベって人は自分がどこから来たとか言ってたか?」
「そうですね……限りなく近くしかし果てしなく遠い場所とだけ言っておられましたわ。」
何だその詩人的表現は。
まあ、別世界なのだから果てしなく遠い場所といえばその通りなのだがな。
「あのさぁ、さっきからボク達は大きな疑問を丸投げにしてるよね。メイシーさんは何でこの城に住んでるのっていうやつ」
「うむ、それもそうだな」
唐突に始まった謝罪会見やらですっかり忘れていた。
ただミアガラッハという姓からしてある程度は予想できる。
彼女はこの城に住んでいたミアガラッハの一族だろう。
だがそれでも疑問は多い。
「何故、この城は動いているんだ? 君はひとりなのか? それにどうやって生活をしているんだ?」
「ま、待ってください。次から次へ質問されても回答に困ります。そもそもこんなにたくさんの客人が来たのは初めてでちょっとどうしていいか……はぁ、引きこもりたい……」
メイシーが困惑した表情を見せる。
たくさんの人って……3人なんだがな。
ていうか今、引きこもるとか変なワードで出てきたぞ。
「仕方がない。そこからは私が話そうではないか」
重々しい男の声が耳に飛び込んできた。
良かった、他にも人がいたようだ。
安堵し声の方を振り返るとそこには白い体毛の狼がいた。
「……ああ、そうか、そう来たか……そうだなうん。そういう事だってあるよな」
自分でも何を言っているかわからないがどうやら狼がしゃべったらしい。
だがここは異世界、即ちファンタジーの世界だ。
元居た世界の常識など無意味に等しい。
クマと友情を育むことだって出来る。
狼がしゃべるくらい不思議な事じゃあない。
「ちょっとアンジェラ、犬だよ、犬がしゃべってる!!」
「うわぁ、すっごく綺麗な毛並み。触ってもいいかな?」
前言撤回。
どうやらこの世界でもこういう事は不思議な事だったらしい。
「犬ではない。狼だ。我が名はアカツキ。ミアガラッハの家に仕える剣士である!」
狼の剣士かぁ。やっぱ異世界半端ないな。
これってメイシーが腹話術で喋っているとかそういうオチは無いよな。
「腹話術ではないぞ、小僧。」
何を考えてたかバレたようだ。
もしかしてエスパーだろうか。
「お主らがこの姿に疑問を持つのは無理もない。これでもかつては2本の脚で大地を踏みしめていたのだよ。色々と理由があって獣へと身を落としたのだよ。」
「それってナナシさんみたいにその辺で放尿かました罰とかですか?」
アンジェラがしゃがみ込んでアカツキの顔を覗きこむ。
頼むから俺の失態を引き合いに出さないでくれ。
というかこの子かわいい顔していう事えげつないな。
本当に初めて会った時と違いはっちゃけている。
「いや、そういうわけではない。まあ、色々あって前当主、即ちメイシーの父上に拾われてな……」
「ペットとしてですか?」
アンジェラ、とりあえず君は彼が犬という路線から離れよう。
「まあ、そんなところだ」
「ペットだったんか!!」
「父上がアカツキを初めて連れてきたとき、『うわ、この犬喋る……きもっ!』っていうのが正直な感想でした」
「え、そ、そうなのか……ちょ、メイシー……」
アカツキはショックを受けているようで俯いている。
見た目は狼なんだがどこかの某お父さん犬を彷彿とさせる残念な雰囲気を醸し出している。
「す、すまんがアカツキ。話の続きを……」
「うむ。この一帯は今でこそナダ共和国という国の一部であるがかつては違った。シュラム王国という海の向こうにある大国の領土であったのだ」
「シュラム王国!」
リゼットがその言葉に身体をビクッとさせる。
「どうした、リゼット?」
心配し声をかけるが彼女は「大丈夫」と誤魔化すように笑顔を作った。
「続けよう。先代当主、ミアガラッハ・オクトヴァ殿はシュラム王国からこの地域の統治を任されておった。この城はミアガラッハの居城であると同時に、シュラム王国の王族の別荘地にもなっていたのだ」
「そういえば聞いたことがあるわね。ナダ共和国に編入される前はどこかの王様の別荘があったらしいとか」
「まあ、先代によると訪ねてきたのは王族のごく一部のものが一度だけだったらしいがな。そんな王族の為、この城は動くようになったわけだ」
「ちょっと待ってくれ。要するに王族とやらがゆっくり過ごすことを考えてこの城は動く仕様になったという事んだろうとはわかった。だがだからといって何故、城が動く?」
城が動く。
それは常識的に考えて異常事態だ。
何がそれを成しているのか、正直俺はそこが気になって仕方がない。
「それはな、この城が『能力者』だからだ!!」
「能力者?」
「悪魔の呪いを受け特殊な力を持つという者達だ。『フラウロスの炎』。それがこの城が受けた呪いの名前」
城が呪いを受けた能力者?
意味が解らないぞ。
「お兄さん、『能力者』の能力って言うのは魔道具の元になった特殊なものなんだ。その伝達法則もまだしっかりとは解明されていないけど鍛え方によって魔道具では到達できない強大な力を得るものなんだよ」
「法則が分からないということは城が能力者であっても不思議ではないということか」
「名前からすると『炎』が関係している何か、が呪いを受けた根幹なんだろうね」
炎に関係する何か、か。
「ふふ、小僧よ。それが何かお前にはわかるまい。何せお前なんぞの想像を遥かに超えているのだからな」
「そうですね。能力の神秘とは正にこの事ですから」
アカツキとメイシーは誇らしげにしている。
それだけ想像しにくいものということだろうか。
「それって、あれか。暖炉だったりとか? なんちゃってな」
流石にそれはベタすぎるだろう。反省だ。
と思ってふたりを見ると顎が外れそうなほど驚愕に満ちた表情をしていた。
「ジャスト正解だったのかよ!!」
むしろメイシーなどよくよく見れば本当に顎が外れていてアンジェラに顎を戻してもらう事になった。
何だかなぁ……




