第23話 パッチワークな古城
それは、見れば見るほど奇妙な城だった。
黒い城壁には蔦が生い茂っており所々から白い結晶のようなものが生えており妖しく輝いている。
石畳は所々、外観と同様に金属板で補強された部分がある。そうかと思えば折れて腐った巨木が通路を塞いでおりそのカオスさは正につぎはぎだらけ。パッチワーク要塞といった感じだ。
「うへぇ、中は無茶苦茶になってるねぇ。」
「これでモンスターが住み着いていたら完璧だな。」
「うーん、流石にそれは無いと思いますよ。」
アンジェラが城壁に生えている結晶を指さす。
「あれ、ミメタイト鉱石です。魔除けにも使われていてこれがあるところはモンスターが嫌がって住み着かないんですよ。お城とか教会だとかそういった所でよく使われています。まあ、強いモンスターには効果なしだけど、それでも不快なものだろうからここを好き好んで住処にしようってモンスターはいないと思うんです。」
なるほど。確かに自分にとって嫌なものばかりあるところを住処にしようとは思わないよな。ましてやこの城は転々と動き回る特殊な性質を持つ。どの程度の距離を動いているかはわからないのだが、ミメタイト鉱石を我慢して一休みして目が覚めたら生息地と全然違う所に居たらたまったもんじゃないだろう。
「それにしても見事なまでに荒れ果てているな。完全に廃墟だ。」
通路を歩いていると少し開けた場所に出た。恐らくかつては美しい庭だったのだろう。荒れ果てた中に幾つかの石像が立っており……ってあれ?
「いや待て、あれはおかしいだろ。」
視線の先、狛犬の石像が立っていた。あれは本来、日本の神社とかにあるもののはずだ。
「お兄さん、どうしたの?」
「なぁ、リゼット。あの石像は何の動物か知っているか?」
もしかしたらこちらの世界にもそういった文化があり狛犬は意外とメジャーなものなのかもしれない。
「え? えっと何だろう。犬型のモンスター?」
なるほど、知らないか。いや待て。もしかしたら外国にはああいう生き物がいて貴族の道楽でああいう石造を置いたのかもしれない。
ここは異世界だ。そこに狛犬が存在してはいけない道理はない。
「ね、ねぇリゼット。あれ、何かな?」
「ふぇっ? 何だろう、何か背中に背負いながら……本?みたいなのを読んでいるのかな?」
二人が気にしている石像に目をやり、思わず眩暈を覚えた。薪を背負い本を読んでいるその像はかつて日本の小学校には定番だったもの。二宮金次郎こと二宮尊徳の石像だった。
どういうことだ。何でこんなものがこの世界にあるんだ。まさかこの世界は元居た世界の歴史の延長上にあるとかそういうオチがあるというのか。何かの映画でもそういうオチがあった気がする。
「もしかしてお兄さん、あれが何か知ってるの!?もしかしてお兄さんの記憶に関する事!?」
ある意味当たっているかもしれない。だが全く参考にならない。せいぜい俺が二宮金次郎の本名を知っているという事がわかったくらいだ。
「もしかしたらナナシさんの記憶の手がかりかもしれないよ。例えば知り合いにこういう人がいたとかさ。」
いや、俺の知り合いにこんな偉大な人物がいたとは思えないんですけど……
「この人が誰か、それがひとつの大きなポイントってことだね。」
もしかしたら俺が学生時代に通っていた学校の校庭にこの像が立っていたのかもしれないな。大した手がかりではないと思う。
などと考えているところで不意に身体の奥底から押し寄せてくる波を感じる。これはあれだな、魔法のじゅうたんに乗る前に結構水分補給をした結果か。つまりあれだ、ザ・尿意。さて、困ったな。
ここでこの世界のトイレ事情について軽く触れるとしよう。
結論から言うとこの世界は元居た日本では平成前半と同じ程度の水洗技術が普及している。流石にウォシュレットなどの便利機能はついていないが快適だ。
どうも水洗技術の開発にかなり力を注いできた国がありその恩恵らしい。ありがたいことだ。窓から捨てるとか垂れ流しとかそういうものではなくて本当に良かった。
流石に冒険に出ている最中は茂みの中などでこっそり、なのだがまあそれは仕方がない。
さて、何だったか。そう、尿意についてだ。
とりあえず庭園の残骸だったであろうものもあるのでその陰とかで済ませるとしよう。
「うーん、ちょっと俺、あっち見てくるわ。」
「え、お兄さん。何が出てくるかわかんないしひとりじゃ危ないよ。」
いや、待ってくれ。そんな心配せずとも、ひとりで出来るもん、だぞ?
「いや、何と言うかここはひとりで、な? わかるだろ?」
「ダメですよ。ミメタイト鉱石があるからモンスターに襲われたりはしないでしょうけど、何か罠とかがあるかも。ここは固まって動くべきです。」
待って、アンジェラ。男同士ならともかく男女混合の連れションはマズイ。空気を読んで欲しい。普段ならわかるでしょ?冒険者のエチケットだよ?
「あー、まあ何と言うかあれだよ。さーっとあっち見てきてすぐ帰って来るから心配ないと思うよ。」
「そんな、嵐の時に海を見に行くって流される人みたいなこと言っちゃだめだよ。」
お願いリゼット、わかって。というかやっぱりこの世界でもそういう事あるんだな。
「何か今日のナナシさんはおかしいよ。これはあたし達が傍にいないと。」
「そうだね、あの像を見て冷静な判断ができなくなっているのかもしれない。」
何故今日に限って察してくれない!?待て待て待て、そろそろ膀胱がヤバい。いや、自分の限界は自分で決めるべきではない。限界とは超えるためにある。その先にある世界こそが……ダメだ。冷静に考えればそんな限界は超えてもカッコよくない。
「トイレに行きたいんだよ。察してくれっ!!」
俺の魂の叫びにふたりは顔を真っ赤にする。言っとくが俺だって恥ずかしいんだ。顔から火が出そうだ。
「というわけで行ってくるっ!!」
俺はどこか用を足せそうな場所を探し駆け込む。結局、城壁の傍にある茂みに入るとズボンを下ろし貯めこんでいた水分の奔流を壁へと解き放った。
「ふーっ、やれやれ。危なかったってやつだぜ。」
そう呟くと水音がした。それは俺由来でないものがもうひとつ、俺の少し上からだ。
「何だ?」
目線を、少し上へ向ける。目に入ったのは窓だった。窓辺に置かれているのは白い花の鉢植え。
そこに小さなじょうろから恵みの雨を降らせている者がいた。流れるような金色の髪を編み込んでいる若い女性だった。
その身にまとうは青いジャージ。彼女は目を丸くして俺を凝視していた。
やれやれ、今日はどうなっているのだろうか。ジャージだぞ、ジャージ。まさか異世界に来てジャージを見ることになるとは思いもしなかった。この城には元居た世界を感じさせる文化が渦巻いている。
いや、この際それはどうでもいい。問題は俺が今、彼女の前でとんでもない醜態をさらしていることだ。そう、これはマズイ。まさか人が住んでいたとは。人の家に向けて放った俺の行為は日本ならば軽犯罪法違反。1日以上30日未満の拘留または1,000円以上1万円未満の罰金だ。
いや、目の前でやらかしたているこの状況、公然わいせつ罪にあたるのではないか!?6月以下の懲役、30万円以下の罰金だ。どうも俺は法律に関しては少し知っているという新発見があったぞ。
さて、この世界ではこういった事がどの程度の罪になるかはわからない。だがこの状況が良くないのは確かだ。ここは冷静に、紳士であるところを見せなくてはいけない。そうだな、まずは挨拶が必要だろう。
「や、やぁ。お嬢さん、今日はいい天気だね。」
出来る限り笑顔で語りかける……のだが
「ひっ!?」
と小さな悲鳴が漏れ彼女の表情が目に見えて強張りを見せた。ああ、やらかしたなこれ。俺のおバカさん。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして女性の喉からあたり一面に響き渡る程の悲鳴があがった。




