第19話 顎、強い
ここはサイユ台地。コランチェの町の東側に位置している。
東側をジントルム川、西側がタルマ川に挟まれ標高が高くなっている地域でアスコーナ森林より強いモンスターが生息しているという。
俺とリゼット、そしてアンジェラは今、この地域である依頼を受けて活動していた。
台地に住むあるモンスターが農家の作物を荒らしているという。
強顎獣ケライムー。体長3.5m程のトカゲに似た中級草食モンスターだ。
顎がシャベルの様になっておりそれで土を掘り起こし木の根などを食べているのだが最近人里に降りてきた個体が農作物に目をつけてしまったらしい。
そうだよな、そりゃ美味いもんな野菜。
この依頼を受けた理由は難易度が5等中級相当だというものもそうだが報酬として農作物を譲ってもらえると言うことでリゼットが提案してきた。
今は3人で生活していると言うことで食費も結構かかるらしく農作物の報酬ははありがたいということらしい。
冒険者になって約1か月。アンジェラは俺達と同居したのを機に正式なパーティメンバーになった。
そしてリゼットは1等初級から5等中級冒険者へ。
俺とアンジェラはそれぞれ1等初級冒険者に昇格した。
俺とアンジェラの昇級は結構早いペースらしいが理由は何となくわかっている。
俺が「面白そう」という理由でハードな依頼ばかりを受けていたらこうなったようだ。
毎回、「お兄さぁぁんっ!」や「もう、ナナシさんは!」と勝手に依頼を受けて二人から文句を言われる。
最近ではギルドに着くと片方が俺をマークしていてもう片方が依頼を受けに行くという連係プレーを見せている。
ちなみに、セドリックが「大型新人冒険者、ハーレムを制作中」と噂話をはじめ、ふたりからボコボコにされたのはご愛敬だ。
あと、長く初級に留まってきたリゼットが上の階級へ行ったのは本人曰く「生活の為」らしい。
まあ、何にせよそういうわけで俺達は里に降りようとするケライムーの討伐に来ている。
個体の識別は既に依頼主である農家のカーロおじさんが行ったマーキングで出来ている。
左足に鎌でつけられた傷があるのだ。
ケライムーの表皮は相当硬いらしいのでカーロおじさんの強さがわかる。
ていうかこれ、むしろおじさんが討伐できるんじゃあないだろうかとも思う。
「ぬあああああっ!!」
顎を使いつき上げようとするケライムー。
その顎を俺は掴む腕にめいいっぱい力を籠め進行を止める。
さっきも言ったがこいつの表皮はかなり硬い。
出会い頭で顔面に数発パンチを入れてみたのだがビクともしない。
コープスウルフがワンパンだったことからもタフさがよくわかる。
また、硬さだけでなく尻尾の先を孔雀の様に広げて棘を飛ばしてくるなど攻撃面でもこいつ草食獣の生態じゃないだろとツッコミを入れたものだ。
さて、そんなタフな異世界トカゲだが弱点がある。それは背中だ。背中は薄い甲殻で覆われておりその中央に心臓がある。
ここを思いっきり叩けばいいわけだが尻尾の攻撃と突進と共に顎で突き上げる動作が激しすぎて背中なんか狙ってられない。
というわけで俺達はある作戦を取ることにした。
まず俺がケライムーの攻撃を受け止め動きを止める。
そして上空にはリゼットとアンジェラが待機する。
どうやって上空で待機しているかって?
それはアンジェラに譲った謎の魔道具のおかげである。
ネックレス型の魔道具は『魔法のじゅうたん』。
その名の通り人を乗せて飛ぶことのできる魔法のじゅうたんを召喚するものであった。
これに乗って二人は上空で待機している。
そして俺が動きを止めると同時に。
「ガトン・アクラルッ!!」
水の矢を飛ばす攻撃魔法『アクラル』。
その矢を一斉に5本飛ばすのが『ガトン・アクラル』だ。
アクラルよりは上位に属するようだがひとつひとつの威力はアクラル1発より少し劣り速度はアクラルより速いというよくわからない魔法だ。
狙いは背中の甲殻。薄いとはいえそこそこの強度があるがガトン・アクラルでも傷がつく。
これにより数か所にヒビを作るのだ。まあ、アクラルでぶち抜けばいいじゃんと思うだろうがアクラルで完全にぶち抜ける保証はない。
何より発射が早くないと俺が力尽きて敵に動かれたらもちろん避けられてしまうし下手をしたら空中へ棘を飛ばされ二人が返り討ちに遭うかもしれない。
というわけでガトン・アクラルが採用された。
あまり余裕はないが空より放たれた5本の矢はいい具合に甲殻にひびを入れたらしい。
これなら僅かな衝撃で甲殻が砕けるはずだ。
そこへ作戦その2。リゼットが飛び込んでナイフで心臓を貫く、だ。
ただ、飛び降りるのにリゼットが躊躇する可能性がある。
ということで作戦開始前にあることをアンジェラにこっそり耳打ちをしておいた。それは……
「アンジェラァァァッ!後でおぼえててよねぇぇっ!!」
ガトン・アクラルを発射すると同時にリゼットを蹴り落とせ!
我ながら実に効果的な作戦だと思う。
まあ、そのまま実行するアンジェラの心意気も中々だ。いや、アンジェラならやってのけると思っていた。
コンロン草を単独で探しに行こうとした一件は切羽詰まったものだったとは言え、大胆な行動に出る素質は元々あったのだと思う。
それは急に家族を解散して旅立った彼女の母親譲りなのだと俺は思う。
リゼットはそのままケライムーの背中に着地。その衝撃で甲殻を砕きナイフにより心臓を貫いた。
ケライムーが咆哮を上げると共にゆっくりと崩れ落ちる。
「よしっ、討伐成功だっ!!」
だが……
ここで新たな敵が出現した。
倒れたケライムーの背中に立ち鬼神の如き形相で怒りにうち震えるリゼットだ。
「お兄さぁん? この作戦、考えたのってお兄さんだよねぇ? アンジェラに蹴り落とせって言ったのかなぁ?」
うーん、何か口から白い息みたいなものが出てる気がするんだがこれは最高にやばいってやつだな。
「アンジェラもさぁ、何やってくれてるのかな? 死ぬかと思ったんですけど。」
南無三っ!
おや、もしかして俺って仏教徒だったのだろうか?宗派はどこだろう?
いや、それはともかく今すべきことはひとつ。
「すまん。全て俺の発案です」
素直に罪を認め償うことだ。
「お兄さぁぁんっ!!」
鬼だ、ナイフを持った鬼がいる。こいつはやべぇ鬼だ。
ふと視線のはるか先、丘陵地帯を黒煙を上げながら巨大なものが動くのが見えた。
「あれは……」
「お兄さんっ! 聞いてるの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、質問だ。あれは何だろう?」
俺の指さす先、リゼットが視線を向ける。
「ああ、あれは動くお城だよ。悪い魔法使いが住んでいるって噂。昔っから見えてるみたい。」
「何、う、動く城だと!? 」
「超巨大モンスターとも言われているけど別に何か害があるわけじゃないんで放置されてるんだ。」
やべぇ、想像するに俺がいた世界にあった名作アニメのアレじゃないか。暖炉に悪魔が住んでいたりしないか?
どうしよう、こういうファンタジーっぽいものを見るとどうしようもなくテンションが上がってくるんだが。
もしかして空を飛ぶ城とかそういうのもあったりするんじゃないかな。
「ナナシさん、興味津々ですね。確かにあれ面白そうだけど」
アンジェラがじゅうたんの高度を下げながら楽しそうに話しかけてくる。
「いや、頼むからあの城に乗り込もうとか考えるのやめてよね。どんな奴が潜んでいるかもわからないんだから。っていうかアンジェラも煽らないで欲しいんだけど。」
「でも、ああいうのワクワクしない?」
「わかるってるじゃないか、アンジェラ」
「うん、もちろん!」
今はダメだとしてもいずれ行ってみたいな。
意外とああいう序盤から見えてるけど今は無理ってところに重要アイテムとかが隠されているものだ。
「さて、それじゃあアンジェラも降りてきたところで本日の反省会をしよっかな」
しまった、うっかり忘れていた。
俺のハイパー作戦でリゼットを怒りに燃える鬼に変えていたんだ。
見ればすでにアンジェラは逃げられない様に首根っこを掴まれていた。
ああ、これは逃げられないな。まあ、基本的に逃げるという選択肢自体が無いのだがな。
仕方がない。腹をくくるとしよう。俺はその場に正座する。
この後、ふたりしてみっちり怒られました。




