第18話 ここで解散っ!
◇アンジェラ視点◇
「はぁ、本当にびっくりしちゃったな。あの人は……」
テーブルの上にふたつの魔道具を転がし指で撫でる。
ついさっき、ナナシさんから貰ったものだ。
片方は指輪型だったので「まさかのプロポーズか!?」と思わず頭が真っ白になって気を失ってしまった。
何せこの国で『男性から指輪を贈られる』というのはそれ程に強烈な意味を持っている。
気を失うのも無理はない。
魔道具は装飾品を基本の形としているものが多い。
魔力を籠めることにより展開され杖などに変化する。
あたしだって魔道具使いの端くれなのだからそれくらいは常識。
気づくべきことであったというのに……
「もう何で、あんなことになっちゃったのかな。顔から火が出るくらい恥ずかしいよ……」
母から聞いた話ではあの後、ナナシさんはリゼットに引きずられるように連れて帰られたそうだ。
魔道具に関しては後日、また来るのでその時にでもどんなものだったか教えて欲しいと預かったらしい。
次にどんな顔して二人に会えばいいだろう。
「わぱぱぱぱ、何だいアンジェラ、あんたそんなこともわからないのかい?」
母が木の重しで両腕の筋肉を鍛えながら笑う。
額には汗が光っていた。
数日前まで命の危険にさらされていた人物と同じとはとてもじゃないが思えない。
コンロン草の効能、恐るべし。
まあ、思い返せば昔からトレーニングが好きな人だったのだけれど……
「そんなことって……じゃあ、お母さんにはわかるっていうの?」
「そりゃ、あんた。あの男に惚れてんだろ? 簡単な事じゃね?」
「ぶひょっ、惚れっ、ぼふぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
母の言葉に飲んでいた飲み物を盛大に吹きだす。
「あれまぁ、あんたってばいつの間にか面白い特技を身に着けたさね。ブレス芸だね」
「こ、これは特技じゃないし……ってお母さん、それどういうこと!? ほ、惚れてる!?え、何なの?それ何語!?」
「はぁ? そんなの言った通りじゃないか。耳が悪いのかい? あんたはあのナナシって男に気があるんだよ。だから指輪なんか貰って舞い上がってしまったんだよ。初心だねぇ。あたしの若い頃を思い出すね。そう、あれはあたしがお父さんと出会った頃の話なんだけどね」
気がある? 惚れている?
あたしが、あの男の人に?
え、それって好きってこと?
惚れてるってそういう事だよね。
いやいや。おかしいじゃん。
「でね、お父さんはその時……」
「その話はとりあえず置いといて。あたしそんな風に……ナナシさんの事が好きって風に見える? だっておかしいよ。彼とは出会って数日だよ?」
「何だい、最近の若い娘っての母親の馴れ初めもゆっくり聞けないんだねぇ。まあ、いいや。それじゃあ、説明してあげようかね」
そう言うと母は豪快に椅子へと腰を下ろす。
「困っているあんたを見兼ねてコンロン草を採りに行くのについていってくれたのだろ?しかも悪者を倒してあんたを守ったそうじゃねぇか。うん、そりゃ惚れたわ。確定!!」
「雑い! お母さんそれ雑いよ! 恋愛って言うのはもっとこう色々段階があるんだよ。知り合いから始まってデートしたりこうね、そういうところからお付き合いすることになってね」
「最終的にはベッドインってわけさね」
「ベ、ベッドイン……な、何を言ってるの。そんなはしたないよ!」
あたしが? あのナナシさんと?
でも確かにあの人、鍛えてそうだしあの頼もしそうな肉体に抱きしめられたら……ってそうじゃない!
あたしのバカ、何をはしたない妄想しているのよ!?
「もっかい言うよ? ナナシさんとは出会って数日だよ?」
「長い付き合いじゃないか。」
「短い! まだお互いほとんど何も知らないに等しいよ!!」
「はぁ、あんためんどくさいね。細かいことは気にしてるんじゃないよ。何にせよ、あんたはあの男に気がある。間違いないよ」
「そ、そうなのかな……」
そう言われると思い当たる節が無いわけでもない。
今日、病室でリゼットが来た時あたしはその場を後にしたけれど本当はもう少しナナシさんと話をしていたかった。
そして魔道具を渡された時に湧き上がってきた甘美な感情。あれが恋ということなのか。
「で、でもね。ナナシさんはリゼットと一緒に住んでるんだよ。ならふたりの間に何か芽生える方が先じゃないかな?」
「どうだろうね。あのふたり、あたしが見た限りじゃ未だそういうあれじゃないね。ふたりの間で何かしらの感情はあるみたいだけれど噛み合っちゃいない感じだねぇ」
それは多少感じた。
だけどそれがもし噛み合う時が来たら二人は……
「というわけでチャンスは今さ。今ならまだこっちになびかせることが出来るさ」
「で、でもリゼットは親友だよ。そう言うのっていけないんじゃないかな?」
「何をお行儀のいいことを言うんだい。あたしだってお父さんをパーティー内でとりあったものさ。この国ではシェアっていう価値もあるけどあたし達には無理だった。長年、戦ってきたパーティーメンバー内で大戦争さ。谷を徘徊する凶魚竜なんかより強敵だったね。殴り合って最後はみんなで草原に寝ころんで夕陽を浴びながら『負けたよ』『幸せになりな』って友情を確かめ合ったもんさ」
何だか容易に想像がつく光景だ。
すごくお母さんらしい。
というか仲間も同じような人種だったってことだよね……
「でもなぁ、あたしなんて何取り柄もないんだよ。リゼットと勝負しても勝てる要素なんかないよ……」
「えー、面倒な子だねぇ。それじゃあさ、じゃあ脱げばいいじゃん。それで迫れば男なんてイチコロじゃね? いけるいける」
「お、お母さん! 娘に向かって何てことを!ていうかアドバイスが雑い!!」
「いやだって、取り柄がない、あたしなんかって言うんならそりゃもうあれだよ。諦めるか身体を使ってでも勝負するしかないだろ?そういう関係から始まる愛もあるしね」
そういうものなの!?
だけどあたしは……
「そ、そう言うのは何か……嫌だな」
彼はそんな人じゃあ無いと思う。
「そうだね。お母さんも安易にそういう事はして欲しくないよ。まあ、それでも絶対に何が何でもモノにしたいと言うなら最後の切り札くらいには思ってればいい」
冷静に考えると親子で凄い会話してるなぁ。
「どうせならたっぷり楽しんで、傷ついて、それであんたの事を大事にしてくれる男に出会って欲しいもんだね。そう言う意味じゃ、あのナナシって人の傍は刺激がありそうだよ」
「刺激ねぇ。確かに刺激はあるかもね」
「あの人があんたの所に魔道具を持ってきたって言うのは何か意味があるかもしれないね。だって効果なんて鑑定に出せばすぐわかるじゃないか」
あたしの所に持ってきた意味、か。
「それにここ数日のあんた、すごく生き生きしてるね」
「そ、そりゃお母さんが元気になったから」
「今日だって昔読んだげたおとぎ話の本を引っ張り出してきて目を輝かせながら色々調べてたじゃないか」
「い、いやあれはナナシさんから話を聞いて昔読んでもらったお話が懐かしくなったの」
「そういう時期もあったね。そういやあんた、おとぎ話の中にある町に行ってみたいって言ってたね」
「えっと、アルカンシエルのお話だっけ」
アルカンシエル。
世界のどこかに実在するとも言われている虹咲く都。
そこへ行ってみたいと幼い頃は思ったものだ。
「あの人と冒険をしてたら見つけられたりするかもね。きっと彼はこの街で収まらず外へ行くよ」
外の世界、か。
でもそうしたら母はひとりきりになってしまう。
それはものすごく心配だ。
とか言っていたら母は何やら荷物をまとめ始めた。
「えっと……お母さん?何をしてるの?」
「何って旅の準備さ。あんたもいい歳になったからね。そろそろいいだろうと思ってね」
え、何が?
何の話だろうか。
「てことでお母さんは蒸発したお父さんを探して旅に出るよ。いやぁ、病気になった時は諦めてたんだけど元気になったからねぇ。本当に良かったよ」
「え、ちょっと待って。お店は? お店はどうするつもりなの?」
「そりゃあんた、廃業さね」
そんな事も無げに言われても。
「ついでにこの家も売っといたよ。旅の資金にでもあてようと思ってね」
「はいぃぃぃっ!?」
ちょっと待って、家を売った?
「雑い! 重大な報告が雑いよ! あたしはどうすればいいの!?」
「そんなのは自分で考えたらいいじゃないか。ああ、あんたを連れて行く気はないよ。昔の仲間たちとパーティを組んで行くからね。あのバカ亭主を見つけてとっちめてやらなきゃね。一応、あと数日、そうだね、3,4日くらいはここで暮らせるからその間に身の振りを考えたらいいさ」
「お、お母さぁんっ!?」
「それじゃあここで解散っ!またどこかの町で会おうじゃないか!!」
言うと母は荷物を背負い出て行った。
「雑い! 解散って雑いよ!!」
あれ?何この状況。
何でいきなりこんなことになっちゃったの。
「ど、どうしよう……」
住む所もいきなり失った。
もう色々と意味が解らない。
これはもう……
数時間後、あたしはリゼットの家の扉を叩いていた。
もはやあれこれうだうだ考えている場合じゃない。
「え? アンジェラどうしたの?」
「リゼット、こんな時間にごめんね。相談なんだけどね……オバケ出る部屋でも何でもいいから空いてないかな?」
「え?何、どうしたの。どういう状況? 」
「家族が『解散』したの!!」
「うぇぇぇっ!?」
家を失ったあたしはリゼットの家に間借りさせてもらうことになった。
こうしてなし崩し的にナナシさんの傍に居ることとなったのでした。
もう、本当に何でこうなったの!?




