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第99話 PROMISE

 辺りを見渡すと一面がひび割れた大地であった。

 ここは……かつて来たことがある。

 俺の内面世界。

 ここで拳聖コウと語らったっけな。


「久々だな、強き意思を持つ青年よ」


「そうですね……『コウスケ』さん」


 俺は取り戻した記憶の中にある彼の名を呼ぶ。


「そうか、思い出してくれていたか」


 彼はかつて俺が務めていた老人介護施設に入所しているお年寄りのひとりだった。


「まさかあんたが拳聖コウだったとはな」


「うむ。魔王……即ち破界の眷属との戦いで命を落とした私はお前たちの世界へ赤子として転生してしまった。そして歳を重ねあの施設で世話になったわけだ」


「逆転生という奴か」


 まあ、そういう事もあるだろうな。

 そもそもアンジェラの伯母さんは逆転移しているわけだし。


「俺の中にいる3人目の魂と言うのはあんただよな?」


「いかにも。あの火事の中、お前は石田調に刺され瀕死の重傷を負いながらも出来る限り入居者を避難させようとして命を落とした。そんなお前を、どうにか助けたたい。だから私の中に残っていた女神様由来の力を結集させお前と融合することにした」


 そう。俺は北條刑事と共に石田を止めようとしたが刺されて瀕死の重傷を負った。

 ああ、死んだなって思ったがそうだったか……


「北條さんも俺を助けようとして?」


「間もなく最期を迎えようとする私一人の魂では足りなかった。そこであの刑事もお前を救う為に、な」


「そうか……」


「お前にはよく世話になった。頑固者で職員から嫌われていた私に対してもお前は他の年寄と変わらず接してくれたからな」


 確かに頑固な爺さんで色々困らされることもあった。

 だが、それはそれで楽しかったからな。


「ありがとう、コウさん。あんたがくれた命のおかげで俺は大事な人達に出会うことが出来た」


「だがお前は今、大きな壁にぶつかっているのだろう?」


「そうだな……」


 俺はもうすぐ親になる。

 そんな時に戻った最後の記憶。

 母親との間にあったあの忌まわしい事件。


 俺達は身を寄せ合って生きてきた、

 ある日、母に恋人が出来た。

 暗く沈んでいた母の笑顔が少しずつ戻ってきた。

 俺もそれを嬉しい気持ちで見守っていた……が。


 正義を振りかざし誰かを傷つけることで自分を慰めるものは何処にでもいる。

 結局、そう言った人たちによる誹謗中傷が2人の間を引き裂いた。


 恐らくは母は疲れ果て絶望していたのだと思う。

 全てを捨て、新しい場所でやり直したい。

 だがそれには俺みたいな子どもが居ては出来ない。


 母は眠る俺の首に手をかけたのだ。

 結局俺は死ななかった。

 だが母は俺を施設に置き去りにして姿を消した。


「俺は母親に捨てられた……」


 思い出したくなかった記憶だ。

 もしかしたら俺も自分の子ども達をそんな風に傷つける親になってしまうかもしれない。


「果たして本当にそうだろうか?」


「どういう事だ?」


「敢えてナナシと呼ばせてもらうぞ。ナナシよ、見えているだけが真実ではないぞ」


「見えているものだけが……」


「お前は母を憎んでいるのか?」


「……不思議なものだ。捨てられたのは事実だ。だが何故だろうな、俺は母を恨んではいない。きっと母も苦しかったのだと思っている」


「そこだ。それがお前の良いところだ」


 俺の良い所?


「お前は本能レベルで人の痛みがわかる。だから他の年寄りにも好かれていたのだろうな」


「買い被りだ。俺はそんな立派な人間じゃあない。それに多くのお年寄りを救う事が出来なかった」


 みんなを助けたかった。

 だが限界はあり、救うことの出来なかった命もまた沢山あったのだ。


「仕方のない事もある。だがそれでも手を伸ばそうとするお前の姿勢。私がお前を救ったのはそこに感動したからだ」


 手を伸ばす……確かにそれは俺のモットーでもある。

 母親に捨てられてから俺は人を避け、自暴自棄になった。

 人様に迷惑を掛けるようなこともしてしまった。

 そんな俺に手を伸ばしてくれたのが北條夫妻だった。


「その心を忘れなければ大丈夫だ。そろそろ自分を呪縛から解放してやってもいいのではないか?」


 呪縛……

 俺は、北條夫妻に救われた後でも自分には価値がないと思っていた。

 女性から好意を向けられることなど決してないと。

 だがこの世界で俺は大切な人達を見つけることが出来た。

 この人達を守りながら与えられた第2の人生を全うしたい。

 だから……


 バキバキッッ!!

 大きな音を立てながら空にひびが入っていく。


『大丈夫。彼は絶対目を覚まします。子どもが生まれたら肩車してあげながら一緒にご飯巡りをしようって、そう『約束』したのですから……』


 これは……この声はメイシー。

 そうだ、約束したんだ。

 肩車、記憶の片隅にわずかにある父との想い出。

 子どもたちにもしたやりたい。


『せっかく新調してもらった魔法の絨毯だからね。あれでピクニックにも行かなくちゃ。『約束』したもんね』


 アンジェラの声……そうだな。

 みんなでピクニックに行かないとな。

 ちなみにお弁当を作る時は俺がひきつけておかないとな。


『大丈夫、お兄さんはいつだって苦難に打ち勝ってきたから。絶対に戻って来るよ。『約束』だからね』


 リゼット!

 そうだ、全てを捧げても彼女達と子ども達を守り抜く。

 それが俺の約束だ。


「どうやら大丈夫そうだな、ナナシよ」


「ああ。ありがとう、あんたのおかげだ。俺の手の中に、こんなにも大切なものが溢れているんだ」


 ふと、気づく。

 俺のそばに立つ女性。

 母だ。


「母さん、俺、大事な人達が出来たんだ。母さんは今どうしてるんだろうな。幸せに暮らしているといいけど……」


 ここにいる母さんは俺の記憶が作り上げた呪縛だ。

 だけど……


「ごめんね……良哉、私のかわいい、坊や」


 そうだ。

 母さんは俺の首を絞めようとした時、『ごめんね』って言ったのだ。

 俺が邪魔だったからじゃない。

 これ以上俺に苦難の道を歩ませたくなかったのだ。

 もしかしたら俺にとって単に都合のいい解釈なのかもしれない。

 そうだとしても……


「あなたの息子として生まれてきたことを、俺は幸せに思います。だから……」


 だから俺は戻らないと。

 俺を待っている人たちの所へ。


「ありがとう、母さん。そして、さようなら……」


 俺は母の幻影に別れを告げると空にできた大きな裂け目を目掛け地面を蹴った。





 目覚めと共に飛び込んできたのは俺の部屋の天井……ではなく。


「やあ、リズ。おはよう」


 俺の顔を覗き込むリゼットの顔だった。


「お兄さん?」


 リゼットが息をのみ口をパクパクさせている。

 何だこの可愛い妻は。

 直後……


「ナナシさんっ!!」


 横からメイシーが俺の胸に飛び込んで来る。


「ぐはッ!メ、メイ!!」


 これは中々練度の高いボディプレスだ。


「ちょっとメイシー。あなたそんな無茶してお腹の子に何かあったらどうするのよ!!」


 アンジェラがメイシーを諫める声が聞こえて来た。


「うー、だってナナシさんが目を覚ましたんですもん!!」


 いやいや、『もん!!』て子どもかよ。

 まあ、彼女はそうい所が可愛い。

 クールを装っているが誰よりも寂しがり屋だから。


「やれやれ……本当に、あなたってあたし達を心配させることに関しては天下一品ね。3日間も寝ていたなんて……寝過ぎじゃない」


 呆れながらも涙を浮かべながら微笑むアンジェラが視界に映る。

 そうか、3日間も寝ていたのか。


「はは、何と言うか、ごめんなアン」


「まあ、慣れたけどね。この先何回謝ってもらう事になるかしらね、ふふっ、おかえりなさい」


 アンジェラの唇が俺に重ねられる。


「あー、アンジェラったら一人だけチューしてズルいです。私も!私も!」


「いや、メイシーとりあえず落ち着こうよ。っていうか君って時々本当に子どもっぽくなるよね?」


 リゼットが苦笑する。


 ふと、気づく。リゼットの小指が俺の小指に絡められていたことに。


「『約束』、守っただろ?」


「うん……うえへへっ!約束したら、お兄さんが戻って……戻ってぎだよぉぉ」


  鼻水まで出して顔をくちゃくちゃにして、リゼットがボロボロと涙を流していた。

  ああ、これは後が大変そうだ。


「うわっ、リゼット鼻水まで出ていますよ!?」


「ああもう、ちり紙どこだっけ!?」 


 本当に騒がしいな。

 だが、とても落ち着く。


「大丈夫、俺は君達と重ねた絆があるから。だから、全てを捧げてでも君達と生きていくから…………約束だ」


 大切なものは増えていく。

 そんな中でどんなに憶病になったとしても、押し潰されそうになったとしても……

 願った未来は、希望という名の道を示してくれる。


◇イシダ視点◇


「あー、ホントにもう。ガラにもない事したなぁ」


 天を仰ぎながら小さく舌打ちをする。

 私の横ではぶすぶすと音を立てながら魔人ソニアが消滅していっていた。


「あークソ、何でこんなタフなのよこいつ。疲れた!一生分働いたー!!」


 軽く負けフラグを立てていた気がするけどまあ、勝てた。

 代わりに片腕が吹き飛んだけれどまあ、カッコいいパーツで補ってやるとしよう。


「そろそろ起きたかなぁ。どうせあんたなら乗り越えるでしょうね。ははっ」


 ゆっくりと起き上がり呟く。


「七枝、おめでとうさん」


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