第93話 娘として生まれて来る為に(前編)
◇ケイト視点◇
エミィおばさんを追いかけて付いた先は第3区にあるオープンテラスだった。
ここで男と会うという事だろうか?
あたし達は少し離れた席を取り彼女の動向を見張る事とした。
「あー、のどか沸いた。シュワシュワ頼むけどあんたは?」
額に汗を浮かべながらリリィがお気に入りの炭酸飲料を注文していた。
「アップルティー、ホットで」
「気取っちゃって」
普段ならここで軽く言い合いをするのが日常だが流石にこの状況ではまずいので止めておく。
「ねぇ、ケイト。エミィおばさんの相手ってどんな人だろ?」
「そうね。こんな人目の多い所で会うって事は倫理に反するような相手ではないわね」
「当り前じゃない。エミィおばさんがそんな事するわけ無いでしょ」
まあ、確かにそうだ。
メイママとエミィおばさんが離れ離れになった理由は親の不倫が原因だ。
そういった事は絶対にしないだろう。可能性から除外しよう。
職場の同僚という線も無いだろう。
彼女の職場には若い男性がほとんど居ない。
恋愛に発展する様な可能性は低いと言える。
あれ、それじゃあどんな可能性が……
「あっ、あああ……」
ふと、リリィが口をパクパクさせて真っ青になっている。
「何を金魚みたいに間抜けな顔をしているのよ。目立つじゃない」
「だって、だって……」
今にも泣きそうな表情でエミィおばさんとは別の方向を指している。
何事かとそちらに目をやり……流石のあたしも背筋が凍り付いた。
そこには知った顔が……メイママの姿があった。
しかも白髪の若い男性と一緒にテーブルについて談笑している。
男はコートを羽織っておりどう見てお父さんとは別人だ。
「嘘……でしょ?」
まさかメイママが不倫を!?
いやいや、もしかしたらあれだ。別人なのかもしれない。
そう思ってもう一度よく見てみるが……
「やっぱり、あれってメイママよね」
「そ、そんなまさか。私が、私が不用意に家の事を教えた影響で母様が不貞を?もしかしてこれが私の存在が不安定になった理由だっていうの?」
リリィは軽くパニックになっている。
そりゃそうだ。別件でまさか自分の母親の不倫現場を押さえることにはなるとは。
「いや、あり得ない。メイママに限ってそんな事あるわけないわ。」
メイママは誰よりも家族を大事にしている。
そう、これは悪夢だ。
もしかして『破界の眷属』の仕業?
「ゆ、許せない。私殴ってくる!!」
リリィが立ち上がる。
まずい。頭に血が上っている。
これはもうエミィおばさん案件どころではない。
家庭崩壊の序章だ。
「待ちなさい、リリィ」
ずんずんと歩き出すリリィを追いかける。
するとあたし達の足元を小さな女の子が走り抜け、男の傍へと行く。
「パパー♪」
「もしかしてこの子があなたの子ですか、アカツキ」
ん?アカツキ?
「リリィ、本気で待った!!」
あたしは全力でリリィを止めて近くの椅子に座らせる。
「今の聞いた?アカツキって」
「うん、うん……」
少し頭が冷えたようだ。
あたし達は会話に耳をすました。
「ルーナと言うんだ」
「そう、可愛いお嬢ちゃんね。私とナナシさんの間に子どもが産まれたら仲良くしてもらわないとね」
「あれ……ケイトあの子もしかしてルーナ姉?」
「ええ、そうみたい」
ルーナ姉とは小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしている家の女の子だ。
父親であるアカツキ氏はメイママの元従者。
そしてお父さんの友人。ああ、そういえばこの人何回か見たわ。
「小僧にも早くこの子を見せてやりたいよ。いや、小僧などと呼ぶと主君の夫殿に失礼だな」
アカツキ氏はハハハと笑っている。
「それじゃあ今度家にいらしてくださいね。彼も喜びます」
そう言うとメイママは立ち上がり席を後にした。
「えーと、ケイト。つまりこれは不倫現場では無く……」
「再会しただけみたいね。そう言えば一時期、アカツキさんはお父さん達と離れ離れになっていたと聞いた事があるわ」
あたし達は元居た席に戻り脱力した。
「あーもう、心臓に悪いじゃないのよ!」
「本当にね。ついでに言うともうひとつ脱力することが……」
あたしはエミィおばさんの方を指さす。
そこにはメイママの姿が。
「エミィおばさんが会う相手って、母様だったのね」
「待ち合わせの途中でアカツキさんに再会したってところかしらね。それにしても……男とばかり思っていてこの可能性を考えてなかったわ」
そう、これはただの姉妹による女子会だ。
炭酸とアップルティーが運ばれてくる。
「あっ、すいません。あたしも追加でシュワシュワを」
炭酸で一杯やらずにはいられなかった。
アップルティーと炭酸を交互に飲みながら二人の様子を見守る。
まあ、本当に不倫でなくて良かった。
アカツキさんは娘を抱き上げ去っていた。
近々お父さんと感動の再会を果たすことだろう。
「エミィおばさんってさ。贔屓目に見てもきれいな人だと思うんだよねぇ。何で恋人作らないんだろ?」
リリィが椅子の上で両足首を組む。
「止めなさいよ、はしたない。あんたそれやってメイママによく怒られてたじゃない」
「これ結構楽なのよねぇ」
「全く……まあねぇ、メイママにしてもそうだけどおじいさんの件で男の人にちょっとした不信感あるでしょ?」
「あー、なる程ねぇ。母様だって父様との出会いが無かったら一生引きこもってただろうしなぁ」
「恐らく何かきっかけが必要だと思う。そうしたら一気に燃え上がるんじゃないかしらね」
まあ、そんな人がそうそう見つかるかと言われたら怪しいところだ。
そんな事を考えているとガチャンと音がして大柄の男が椅子からずり落ちていた。
エミィおばさんは立ち上がると男に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「うるせぇなぁ。放っておいてくれよ」
「……お酒臭いですね。飲み過ぎですか?あまり身体によく無いですよ?」
酔っ払いか。
こんな昼間から……
「うるせぇって言ってるだろ!!」
男は起き上がるとコップの水をエミィおばさんにぶっかけた。
まずい。リリィを見るとやはり目を剥いて怒りの表情を浮かべている。
「リリィ、取り合えず落ち着いて……」
パァンッ!
乾いた音が響きそちらを見るとメイママが男の頬を引っ叩いていた。
ああそうだ、リリィがキレることならメイママもキレるわよね。
「情けない男ですね。何が理由かはわかりませんが手を差し伸べた女性に水をかけるなど、恥を知りなさい!!」
「何だてめぇ、生意気なんだよ!!」
激昂した男が短剣を取り出す。
「ちょ、リリィ。もしかしてあんたの存在が不安定な理由、あれじゃないの!?」
今のメイママは盾を持っていない。
このまま刺されて場所が悪ければ……
「あの男、ぶち殺してでも阻止しないと」
普段なら制するところだが今回は許す。
何が何でもメイママを助けなくては。
あたし達が攻撃を行おうとした瞬間、悪漢の腕を取る者が居た。
「あれ、あの人ってさっき」
男の腕を取ったのは先ほどリリィがぶつかった男性だった。
「やれやれ、見るに堪えないな」
そう言うと男性は腕を捩じり上げ悪漢から短剣を奪い取り抑え込む。
「くそぉぉぉ!!!」
間もなく、悪漢は通報を受け駆け付けた警備隊に引き渡され連れて行かれた。
「大丈夫ですか、メイシーさん」
「えーと、あなたは確か夫の友人の……」
「ええ、ディークです。こんな所でお会いするとはね。えーとそちらの方……は」
どうやら男性はお父さんの知り合いの様だ。
お父さんんて何気に顔が広いのよね。
メイママはディークさんに妹を紹介する。
「ひどい目にあいましたね。これ、良かったら使ってください」
ディークさんがハンカチを差し出す、
「ちょっと何よ、あのイケメン」
「う、うん。確かにイケメンだわ……」
ディークさんはあたし達に気づくとこちらに歩いてきた。
「良かった、見つけたよ黒髪の子。これ、君が落としたものだろう」
彼の手にはリリィが良く使っている彫像が握られていた。
「あっ、それ!」
「あんたねぇ、とんでもないもん落としてるんじゃあないわよ」
あれはこの時代にはない魔道具なのだから落としてもらっては困る。
それこそ新たな問題を引き起こしかねない。
ここでメイママがあたし達に気づく。
「そう、あなた達が落とし物をしてくれたおかげでディークさんがここに来られたのですね。ありがとう。今日は盾を持ってきてないからどうしようかと……」
「えーと……」
あたしがどう答えようか迷っているとメイママはリリィに近づいていく。
ヤバイ、対面してしまった。
「あなた綺麗な黒髪ね」「
メイママは愛おしそうにリリィの髪を撫でる。
そして、ハッと気づき……
「ご、ごめんなさい。実は私の夫が同じ髪色をしていて、それで生まれる子はどんな色になるのかなぁってつい……まあ、まだまだ先でしょうけど」
メイママはこの距離でもリリィの事を自分の娘だって認識出来ていない。
そもそも以前会っているのに今の態度はまるで初対面のそれだ。
これってつまりは……
リリィはうつむきメイママに身体を預ける。
「ど、どうしたのですか?もしかして髪の毛の事を気にしていたとか……」
「……違います。でももう少し、こうさせて……」
本来ならこの時代に親子が出会うことは許されない。
でも今は少しくらい……
「大変だぁー!運搬中のモンスターが逃げたぞぉぉ!しかも上級だぁぁ!!」
悲鳴が聞こえる。
かなり近くだ。
本当に魔が悪い。
「リリィ……」
少し待てば街中だから警備隊が来るだろう。
だが待っている間にもモンスターは人を襲ってしまうだろう。
傷つく人たちがいる。そういう時はどうするか……
「わかってる。行かないとダメだよね……」
リリィがゆっくりとメイママから離れる。
「手を伸ばせば届くなら、伸ばさなきゃ。後悔なんかしない為にも」
あたし達にとって憧れである父親、レム・ナナシのモットー。
そしてあたし達はその娘だから……
「あなた、その言葉……」
「きっとあなたの子どもは素敵な黒髪を持った娘さんです。私が保証します。だから……体に気を付けて」
微笑むとリリィはあたしの方を向く。
泣くまいと涙をこらえ目を真っ赤にして。
「ケイト、行くよ」
あたしは頷くと妹共に騒ぎの中心へと駆け出していく。
「……ちょっとくらい泣いてもいいけど?」
走りながらあたしは呟いた。
「誰が泣くもんですか。絶対に、何が何でも母様の娘として生まれてやるんだから!!」
依然として宝玉は存在の不安定を示す黄色だ。
それでも……
「安心なさい。あんたが生まれてこなかったら何回でも時間を遡って生まれる様に工作してあげる。だから!!」
今は出来ることからやっていこう。
読んでくださってありがとうございます。
面白い、続きが読みたいと思った方は是非、評価とブクマをよろしくです。




