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きっと彼女も

 彼女の過去を聞いた後も俺たちの関係は、変わらなかった。いや、変わらなかったというのは、少し語弊があるかもしれない。

 いつも通り放課後に残って2人で話してはいたが、2人とも踏み入った話はしなかった。それが2人の暗黙の領海になっていた。


 彼女はいつも通り、窓際の一番後ろの席に座って尋ねる。


「球技大会どの競技に出るの?」

「球技大会?あー、そんなイベントあったな」


 うちの学校の球技大会は、毎年2月の頭に1、2年生限定で行われる。男子はバスケとサッカー、女子はバレーとサッカーを行うんだっけ。

 しかし、彼女はこういう世俗的なイベントには、興味がないと思っていたから意外だ。


「で、どの競技で出るの?」

「確かサッカーだったかな」

「そっか」

「それがどうした?」

「木戸くんが運動してる姿見たことないから、見てみたいなぁと思って」


 他人がスポーツやってる姿なんて見て楽しいだろうか?

 いや、そう言えば俺も彼女がスポーツしてるのを見たことはない。確かに少し気になる。スポーツは出来るのかとか。


「君はどの競技に出るの?」

「私もサッカーだよ」

「どうして?」

「だってバレーボールって痛いでしょ?」


 彼女は神妙な面持ちで言った。

 普段あれだけ強がってお姉さんぶる彼女が、そんな表情をしていたのが面白くて、思わず吹き出してしまう。


「なんで笑うの?」

「いや、なんでもないよ」


 なんとか取り繕って笑いを堪えていたが、少しだけ言葉の端々に笑い声が漏れてしまう。

 そんな俺の笑顔が余程癪に触ったのか、彼女はそっぽ向いてしまう。


「ごめんって」

「もういい。木戸くんとは何も話すことないから」

「そう言わずに、な?」

「酷い。本当に酷い」

「ごめん」

「……うん。許す」


 案外素直に彼女は許してくれた。彼女が面倒くさい女じゃなくてよかった。


「ありがと」

「いいけど、今度何か奢ってね」

「わかった」

「……」


 沈黙が教室に広がる。昼間、あれだけクラスメイトたちが騒いてる場所と同じだとは、とても思えない。

 あの日、彼女が自殺しようとした理由を語ったあの日以来、こういうことが俺と彼女の間にはよくあった。

 お互いがお互いの言葉を待ってる、この静寂が俺は大嫌いだ。


「前に、国民が政治をどこか他人事のように思ってるって言ったの覚えてる?」


 突然、静寂な空間に彼女の声が響き渡る。

 彼女の突然の言葉に驚いたが、俺は出来るだけ落ち着き払った声で「ああ」と短く答えた。


「私はね。私は……伝えたいの。この国の現状を、この世界のおかしさを、そして国民が目を逸らしてる現実を」


 彼女はそう言って不敵に笑う。

 その笑顔は、彼女が良からぬことを考えてることを如実に表していた。


「どうやって?」

「伝え方を変えるんだよ」

「……伝え方を変える?」

「経験させて上げればいいんだよ。ほら、百聞は一見にしかずって言うでしょ?」

「どうやって?」


 AMCの危険性を経験させる。言うのは簡単だが、多くの国民はAMCに一切の疑いを持っていない。

 俺たちがいくらAMCの危険性を訴えたところで国民は、俺たちを狂人者扱いしかしないだろう。


「AMCの核を壊すの」

「AMCの核?」

「犯罪の抑制だよ。AMCは、犯罪を抑制してるから、国民のプライバーを侵害していても何も言われない」

「たしかに」

「だけど、もしそれが壊れてしまったら」

「……国民はAMCに疑問を持つ」


 彼女は1つ満足げに頷いて、


「そう。それだけでいい。あとは勝手に雪玉みたいに大きくなっていく」

「でも、どうやって犯罪の抑制を壊す?」

「テロだよ」


 その瞬間空気が凍りついた。いつも勉強してる教室のはずなのに、まるで違う場所みたいな空気だ。

 テロなんて久しく聞いてない言葉だ。なにせ先進国の多くはAMCの導入で、危険人物の動向を予め監視することでテロが起こるのを未然に防いでる。


「テロと革命の違いって何だかわかる?」

「失敗したか、成功したかだろう」


 脊髄反射的に口から言葉が出ていた。

 成功したら、市民革命やフランス革命のように讃えられる。失敗したら、テロリストとしてこき下ろされる。


「そうだね。結局、結果が全てだよね」

「歴史は勝者が書くものだからな」

「違うよ。歴史は幸福者が書くもの」


 幸福者?そんな言葉あっただろうか。或いは、彼女お得意の造語だろうか。

 だとして、どんな意味あるのだろうか。

 その疑問を口に出そうとした瞬間、彼女は割り込むように懇願する。


「お願い。協力して木戸くん。」

「……どうして俺なんだ?」

「貴方が私の始めての理解者であり、共犯者だから」

「共犯者?」

「そう、共犯者。だって、木戸くんはこの世界に1ミリも魅力を感じてないでしょ?」


 そう言って彼女はまたニヤリと不敵に笑う。

 正直に言って、彼女の話は凄く魅力的だった。いや、むしろ蠱惑的だったと言った方が正しいかもしれない。


「そうかもな」

「そうだよ。だって、木戸くんは死ねるなら死んでいいと思ってる。周りの人の為に生きてるような人だもの」


 周りの人の為に生きてる。それは核心をついた言葉だった。全てを知った上で彼女は、俺と話をしていたのだ。

 本当に彼女はなんでも知ってる。


「……よく知ってるな」

「調べたから」

「そっか。じゃあ、もう全部知ってるんだな」

「……ごめん」


 彼女は心底申し訳なさそうな表情で謝る。

 そんな彼女を見ることができたのだから、安いものかもしれない。

 それにきっといつかは知られていた。知ってなお、嫌わないでくれるのは、嬉しい。


「謝らないでくれ。大丈夫だから」

「そうだよね、ごめん」

「また謝ってるじゃん」


 俺が笑いながらそう言うと、彼女は黙り込んでしまう。なんだか、こっちが悪いことをしたみたいだな。


「じゃあさ、俺のゴミみたいな話聞いてくれるか?」

「……うん」


 彼女は顔を一切あげないで頷いた。


「俺の家さ、父親がいなかったんだ。だから、母親と妹と三人ぐらしだったわけ。まあ、大変だったけど、なんとかやっていってたと思う。

 でも、母さんは違かったんだろうな。毎日、パートで遅くまで働いて、まだ幼い妹の世話して。疲れ切ってたんだと思う。今思えば、もう小学5年生だったんだから、俺がもっと自立して、お母さんを支えなきゃいけなかったんだ。でもそうしなかったから、お母さんは壊れた。

 最初は、ちょっとしたことでヒステリックなり始めたんだ。例えば、食べ終わったお椀を片付けなかったり、洋服を裏返しのまま洗濯機にいれると今でにないぐらい怒られた。俺はそこら辺は普通に出来てたからそんなに怒られなかったけど、当時小学2年生の妹は何度も怒られた。なんとか止めようとしたら、今度は平手打ちが飛んできた。

 数ヶ月もそんな生活を送ってると、そのうち何か悪いことをすると平手打ちされるようになって、明るかった妹がどんどん暗くなっていった。

 それから、平手打ちがどんどん拳で殴られるようになっていったんだ。その内、どんどん身体中の傷が増えてきて、小学校でも浮いていった。まあ、全身に痣がある奴となんて友達になりたくないのは、当然だよな。そうすると、学校に行くのが辛くなってくるんだ。だから、小学校をサボだたりもした。外に出ることがなくなると母さんはどんどん遠慮がなくなっていって、頭とか見える場所も殴り始めた。

 その頃になるとママって呼ぶと怒られたな。だから、お母様って呼んでた。それでも俺と妹は、いつかは昔の優しい母さんに戻ってくれるって信じて毎日耐えてた。

 でもある日、母さんが鉄パイプみたいのを持ってきて、妹を殴り出してさ。見るからにヤバいの。本当にヤバい。このままじゃ、妹が死ぬって思ってさ。咄嗟に近くにあった何かを母さんの後頭部を殴った。そしたら、母さんは呻き声を上げて崩れ落ちた。

 別に殺したかったわけじゃない。ただ、妹に暴力を振るわないで欲しかった。ただ、それだけだ。わかってる。そんなの何の言い訳にもならない。人殺しは人殺しだ。

 大人たちも同時の俺に同情はしてくれた。実際、人間1人を殺した割には、軽い刑罰だった。

 でも、妹はそんな俺を恨めしそうな目で見てた。大切なお母さんを奪ってしまったのだから、同然だと思う。別に感謝されたいわけじゃない。ただ、許して欲しかったんだ。

 以上、これが下らない俺の物語」


 俺が話し終えても彼女は何も言わずに、ただ俺を見つめていた。

 何を俺はこんな下らない話を長々と話してるんだろう。……本当に下らない。

 人を殺したんだから、今すぐ死ぬべきだって、彼女は思ってるのだろうか。別に許して欲しい訳じゃない。ただ、彼女には嫌われたくない。


「俺は死にたいんだ。あの時、妹にしてやれなかったことをしてやりたいんだ。誰かを救う為に殺すんじゃなくて、誰かを救う為に死にたいんだ」

「……そうだね」

「本当は、こんな話誰にも聞いて欲しくなかった」

「私も……同じだよ」


 冬休み前に聞いた彼女の過去のことだろう。

 なら、彼女も同じ思いをしてるのかもしれない。同情なんてして欲しい訳じゃない。ただ、これまでと同じで、今の自分を受け入れて欲しいのだ。

 要は、きっと彼女も嫌われたくないんだ。


「なら、安心てくれ」


 何がとは、敢えて言わない。


「うん。そうだね。私たち似た者同士だしね」

「そうだな」


 再び教室内は静けさを取り戻した。

 さっきと違って、そんな静寂も嫌ではない。なぜなら、互いが何かを言うのを待ってるのではなく、言わなくても分かり合えるからだ。


「あのさ、木戸くん」

「何だ?」

「木戸くんの命を私にくれない?」

「……悪魔か?」


 俺がそう返すと、彼女は露骨に不快感を顔に出した。

 彼女にとってこの話は真面目な話らしい。しかし、命を頂戴と言われても反応に困る。


「私の為に死んでくれない?」

「……自爆テロでも起こせと?」

「そうじゃない。ただ、共犯者として私と一緒に居てくれればいいの」

「俺はそんなに頭良くないぞ」


 参謀役なんてできる訳ない。何せ4年以上、医療少年院にいたからな。そら馬鹿にもなる。

いや、それは全部は言い訳だ。少年院でも勉強はしていた。でも、どうにもやる気にはなれなかった。だって俺は死ななければいけない人間だと思っていたから。


「知ってる」

「なら……どうして?」

「木戸くんならわかるでしょ?自分と同じような思いをしてる人がいる。それだけで安心できる」

「そうだな」


 そうだ。俺は、彼女の暗い過去を聞いた時、安心したんだ。

 ああ、自分だけじゃないんだ。他にも辛い思い、悲しいことを経験した人が身近にいるんだ。そうおもったんだ。

 それは、決して褒められた感情じゃないから……きっと同情よりも醜い感情だから……考えないようにしていたけど。


「別に答えがすぐ欲しい訳じゃない。卒業式の日までに出してくれればいいから」

「卒業式の日?まだ後一年以上あるけど」

「別に明日でもいいし、明後日でもいい。答えが決まったら、言ってくれればいいから」

「……わかった」

「……うん」


 彼女はそう言っていたが、答えが出来るだけ早く欲しいと思ってるのは、ひしひしと伝わってきた。

 彼女もきっと安心したんだ。俺という共犯者がいるって確信を持ちたいんだ。

それは、たぶん俺も同じだ。


「今日は、解散しよっか」


 彼女は窓から外を見て言った。

 彼女の目線を追うように外を見ると、夕焼けが地平線の彼方に消えて空が紫色になっていた。

 季節はまだ1月だ。日没もまだまだ早い。


「そうだな」


 そうは言ったものの、彼女は帰りの準備はしなかった。いつもなら、さっさと荷物をまとめて足早に去っていくのに。


「帰らないのか?」

「そういう木戸くんは?」

「もう少しだけこの雰囲気を感じていたんだよ」

「…私も同じ」


 彼女は短くそう答えると、目を瞑った。

 そこに相変わらず下手くそなトランペットの音色が聞こえてくる。

 ドヴォルザークの新世界よりだ。小学生の頃は、この曲を合図に家に帰ってたな。

 トランペットの音色は、所々音を外したり、詰まったりを繰り返しながら、校舎全体に広がっていった。


 まるで俺と彼女の関係みたいな、この不完全さ故の美しさが好きだ。

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