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彼女の過去

 もうすぐで冬休みになるからか、テストが終わったからかクラスには甘ったるい雰囲気が充満していた。「クリスマスは何処で過ごす?」だの「イブは?」だの関係ない者からしたらそれは呪怨にも等しかった。


 何より放課後もそんな話をするもんだから、ただでさえ日没が早くなり、短くなった俺と彼女の時間は殆どなくなった。

 それでも、俺たちは今日も彼女のクラスの教室に集まって、話をする。


「最近、殺人のニュース増えたよな」


 その日は、珍しく俺から彼女に話しかけていた。いや、別に意識したわけではなく、自然と彼女に話しかけていたのだ。

 彼女がそんな俺を懐疑的な目をじっと見て言う。


「抑止力じゃ殺人衝動は止められないんだよ」

「まぁな。その抑止力が弱すぎる気もするけど」

「そうだね。捕まっても、30年で出てこれるなら、殺人を犯す人もいるだろうね」

「もし、殺人を犯したら特別な事情を除き、確実に死刑になったらどうなるかな」


 目には目を、ていうやつだ。世界では、死刑廃止論は年を重ねるごとに強くなっているが、日本では未だに死刑を賛成する声の方が大きい。もちろん、俺自身も死刑制度には賛成だ。

 俺が生まれるよりも前、ノルウェーのウトヤ島で大量殺人が行われた。犯人は、最終的に77人を殺したが、ノルウェーの司法は彼に死刑を求刑できなかった。ノルウェーが死刑廃止国家だからだ。彼は最終的に懲役21年を言い渡された。

 2031年現在も彼は刑務所の中だが、後2年すれば刑務所から出てくる。どんな大義名分があろうと、人の命を奪って、これから先のうのうと生きていくのは、卑怯だ。


「そうだね」

「……卑怯だよな」


 本当に卑怯だ。あったかもしれない可能性を奪っといてのうのうと生きてる。本当に……さっさと死にたい。


「でも、そんな風に法律が変わってもそれでも完全には無くならないだろうね」

「そんだけ殺したい人がいるのか……」


 俺の場合は、別に殺したかった訳じゃない。ただ……いや、全部言い訳か。

 気持ち悪いな。自己弁護の代理人が。死んでしまえばいいのに。


「木戸くんは殺したいと思った人はいる?」

「俺は……いない」

「私もいない。……いや、違うか。1人いた」


 彼女はいない、とはっきりと断定した後、何やら考え込みそう答えた。

 どこか飄々としてる彼女に殺したいほど憎い人間がいるなんて、少し意外だ。


「誰?」


 彼女は、俺の質問には答えず、何やら唸り始める。やがて、彼女は何か思いついたか、パッと頭をあげ、俺に質問する。


「君はなんで犯罪率は減ってるのに自殺する人が減らないと思う?」

「分からん」


 自殺する人が減ってないという事実すら、今知ったのだから、理由などわかるはずもない。


「私は、この社会が生きづらいからだと思う。」

「生きづらい?」


 そうだろうか?衣食住で苦労していることはないし、何処かに行くのだって、電車や車のおかげで生き易いと思う。少なくとも、アフリカの発展途上国と比べればまさに天国と地獄だろう。

 彼女は俺の問いかけに頷いて、語気を強めて言う。


「生きづらいよ」

「どこらへんが?」

「私たちは自由の様で、仮初めの自由の中で生きてきたんだよ。それは、少なくとも私にとってずっと首を絞められている気分だった」

「なにそれ」

「君には、わからないだろうね」


 そういうと彼女は、窓の外を見た。

 その言葉が俺を馬鹿にしてるように思えて、俺も黙る。彼女と俺は違う、それはよく分かってる。けど、面と向かって言われるのは、ムカついてしまう。


「私は、本当にこの世界が嫌いだよ」


 彼女は窓の外を見ながら独り言のように呟いた。


「だから、自殺しようとしたのか?」


 意図せず、そんな言葉が漏れていた。そんな話を彼女から聞いたことはないし、誰か他の人から聞いた訳でもない。ただ、何となくそんな気がしていた。


 彼女は完全に虚をつかれた様で、口を手で覆った。恐らく、自分が間違ってその話をしてしまったのかと思っているのだろう。


「ごめん」


 いった言葉と裏腹に、俺は彼女に対して何か優越感の様なものを感じていた。それは普段、俺のことを何でも知ってるかの様に振舞っていた彼女に不意打ちを与えることが出来たからだと思う。


 彼女は暫く口を覆った後、俺を睨みつけるように冷たい目で見て質問をする。


「どうして分かったの?」

「何となく」

「…そう」

「本当に悪いと思ってる」


 彼女は座っていた席を立って、結露している窓にもたれかかった。「気にしないから」と俺に笑いかけながら言った。その笑顔がやけに痛々しくて、じわじわと俺の心の中を罪悪感が占めていった。


 彼女は、何も言わず目を閉じる。

 俺も何かフォローの言葉を言おうと思ったが、なにも浮かばなかった。そのせいで、しばし沈黙が流れた。いつも感じない筈の気まずさをこの時ばかりは感じずにはいられなかった。


「私は、中学3年生の時に自殺しようとしたの」


 暫くすると彼女が一人でに語り始める。俺は何も答えなかった。たぶん、彼女は俺の返事など求めていないから、だから俺はただ彼女の話を聞くことにした。


「いつも生きづらさを感じてた。自分の考えを持つの制限され、マジョリティーに染まる用に支配されてるって気づいたのは、中学2年の頃だった。

 お爺ちゃんの家で本を見つけたの。題名は『21世紀に始まった独裁』。その本には今の政府に対する批判が書かれてた。それっておかしい事だと思わない?少なくとも私はそれまで政府の批判をする人も記事も見たことがなかった。

 だから、最初は凄いリアリティのあるSF小説か何かだと思って読んでた。でも読んでいくうちにこれが現実で起こったことを書いてるって気づいた。

 内容は、2020年頃から始まったネットの監視についてだった。政府のマイナスになる記事や意見がどんどんにネットから排除されて、そういった記事が書かれる頻度も減っていった。ネットメディアが主流になっていった弊害で、政府がマスメディアに干渉しやすくなったと書かれてた。

 そうやって政府は私たちから情報をどんどん奪って、何が正しいことで、何が正しくないことかの判断をできないようにしたって書かれたとも書かれてたの。

 私は怖かった。私たちは私たちの感情すらも監視されているんだって気づいたから。」


 話してる間彼女は決して俺の方を見ず、ずっと外を見つめていた。窓の外は、すっかり暗くなった街がクリスマスのイルミネーションによって、全体的に青に染まっていた。


「それからは、いつか自分も意思を奪われて、政府に操られるんだっていう恐怖が日に日に増していった。

 ある日、死ぬことでしかこの恐怖から逃げ出すことが出来ないことに気づいた。

 だから、手首を切って風呂場の水につかして、血が水に溶けてずく真っ赤になって、そこからはよく覚えてない。起きたら病院だった。なんでも妹が私を見つけて、救急車で運ばれたらしいわ。」


 俺は何も言えなかった。彼女が助からなければよかった、と少なからず思ってることが何となく分かったから、「助かってよかったね」なんて言える訳がなかった。


「それからはいい子の私を演じたわ。家族は私のことを異常に監視したがって、純正のAMCすら渡そうとしたの。本当に嫌だったけど、我慢して中学卒業まで我慢して持ってたわ。」


 純正のAMCとは、ケータイについてるカメラより圧倒的に性能がいいカメラで、AIが所有者に何らかの危機が迫ってると判断にした場合、予め設定してあるケータイに情報が入るようになってる。要は持ち歩き式の監視カメラだ。


「それで去年の春に私のお願いで、少し郊外にあるこの高校を選んだってわけ」

「……そうか」

「そう、弱かった私の話」


 俺は何を言えばいいのだろうか?同情なんて彼女は求めてないのだろう。まして、賞賛など送るわけにも言わず、俺は黙るしかなかった。


 俺が何も言わずにいると、彼女は制服の左袖をまくって「ほら、見て、全然わかんないでしょ。最近の医療って凄いよね」と言って、おそらく自分で切ったであろう箇所を見せてくれた。

 俺はまたも何も答えられず、無理矢理笑った。それを彼女が求めてるような気がしたから。


「そんな風に笑わないでよ」

「ごめん」

「謝んないでよ」


 彼女は泣きこそしなかったけど、綺麗な顔をぐちゃぐちゃに歪めていた。そんな表情がさらに俺の心臓をズキズキと締め付ける。

 それは、俺が初めて見た彼女の弱さだった。

 俺の憧れていた彼女は、いつも強くて、先生みたいで、いつも気取っていて、でもきっとそれは本当の彼女ではなかった。変わらずには、いられなかった彼女の成れの果てなのだろう。

 彼女が殺したいと唯一思ったのは、彼女自身だったんだ。


「それに私は今はもう死にたいだなんて思ってない」

「そっか、それは良かった」

「そう、それはいいこと」


 彼女はどこか他人事のように抑揚ない声で呟いた。

 心の底からそう思ってないのは、よくわかる。本当は、彼女はもしあの時死んでいたら……と考えているに違いない。だって、俺もそうだから。


「そろそろ帰る」


 彼女はそう言うと、教科書などを鞄に詰め込み始める。

 時刻を見ると、もう17時を指していて、部活動をしてる生徒もそろそろ帰る時間だろう。外も完全に夕日が地平線の彼方に消え、真っ暗になっていた。


「じゃあな」


 俺は、そう言い残すと教室を後にした。いつもは、彼女が先に教室を出て行くのが、決まりみたいになっていたけど、今日は先に帰ることにした。なんとなく、彼女が早く1人になりたがってるように感じたのだ。

 彼女からは、なんの返答もなかった。

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