生きてる助言 演劇台本
登場人物 瀬名 主人公。三十代後半。リストラされたことを機に自殺を図る
川島すぐる (享年)十三歳。自殺理由、いじめの諦め
橋本ゆうき (享年)五十歳。自殺理由、毒親からの逃亡
田中あずさ (享年)三十歳。自殺理由、借金の押しつけ
時間 午前一時
場所 廃墟ビルの屋上
スポット。中央に瀬名。後ろに椅子などにかぶせたブルーシートやごみの類。その後ろにほかのキャラは隠れている
瀬「うん。さようなら」
瀬名、飛び降りかける。全体に照明。川島に手を掴まれている。
瀬「え?……子供!?」
川「死んだって何にもならないんですよ!落ち着いてください!」
瀬「(慌てつつ考え込んで)いや君、こんな時間になんでこんなところにいるんだ?危ないだろう、早く家に帰りなさい」
川「ビルから飛び降りようとしてる大人には言われたくありません!」
瀬「そういえばそうだった」
川「とにかく、こっちに来てください!」
瀬「わかったよ。そしたら帰るんだぞ」
川「帰れないよ。帰る家なんてない」
瀬「(察する)……わかった。とにかくそっちに行けばいいんだろう?」
川「ありがとう。こっちきてよ。危ないから」
瀬「ああ(川島の近くまで歩き出す)……えっと、君、名前は?」
川「川島すぐる。おじさんの名前は?」
瀬「おじさんって……瀬名だよ」
川「おじさん、なんで死のうとしたの?」
瀬「いや、別に死のうとなんて……」
川「今飛び込むの、認めてたじゃん」
瀬名、言いよどむ。川島追及の目
瀬「まあ、そうだな……。別に、子供に話すことじゃない」
川「じゃあ、子供じゃなきゃいいんだね?」
瀬「え?」
川「橋本さーん!」
後ろから出てくる
橋「すぐる君、お客さんは無事かい?」
瀬「誰!?」
橋「あー、すいません。私、橋本ゆうきといいます」
瀬「はあ、そうですか……なんでこんなところにいるんですか?」
橋「それはお互い様でしょう」
瀬「……そうですね」
橋「まああれでしょう?あなたも死にたいと思ってきたんでしょう?」
瀬「……なんでわかるんですか?」
川「だってここ、しょっちゅう人が死んでるもん」
橋「自殺の名所だと聞いて来たんでしょ?いったいここで何人死んだろうね」
川「五十人くらいじゃなかった?どんなに閉鎖してもここに人来るもんね」
瀬「物騒な話を普通に語るな!」
橋「その物騒をしようと思ったのはどこの誰ですか?(からかう)」
瀬「すいません……というか、本当になんであなた方もこんなとこにいるんですか?」
橋「そりゃ簡単ですよ。我々も同じです」
川「そうそう」
瀬「え?」
橋「死のうと思ったんです。で、気付いたらここにいました」
川「そうそう」
瀬「そのわりにずいぶん穏やかだなあ」
川「……まあここまで来ちゃったらね(意味深)」
橋「その通り」
瀬「はあ、なんかもう疲れましたよ」
川「疲れたついでに話したらどう?」
橋「決して楽になるとはいいませんが、人間ストレスは話さないと体に悪いですからね」
瀬「……そうですね、とはいきませんよ。なんで今あったばっかの人間に話さないといけないんですか」
田中、後ろからスピードつけて出てくる
田「そうはいきません!」
瀬「うわ!」
橋「田中さん。そんなところにいたんですね」
川「田中さん、その登場かっこいい!」
田「いやーありがとう。(瀬名に向き直り)こんなところに集まった以上、何かの縁です!お話ししましょう!」
瀬「(怪訝な目)今度は女性ですか?こんな夜遅くに危ないですよ。変な人に襲われたらどうするんですか?」
田「こんな時間にそろってこんな変なところにいる我々は十分変な人たちです!そして襲われてません!」
川「だよね!」
橋「我々はもう同じ穴のムジナです」
間
瀬「……それもそうですね。もうしょうがない。語りましょう!語ればいいんですね!」
田「ちなみに私は田中あずさです!」
瀬「そうですか。……そうですね。単純な理由ですよ。リストラされたんです」
川「うわあ」
瀬「勤めていたのはいわゆる一流企業でね、頑張って入ったところだから、もう何も考えられなくてね。でもそれ以上に辛かったのは、周りの反応だった」
橋「どうだったんですか?」
瀬「大体みんな同じこと言ってたな『貴方ならすぐにいい仕事見つかるよ。頑張って』って……普通の言葉だと思うよ。でもね、なんか、思ったんだ。俺いつまで頑張るんだろうって」
田「……なるほど」
瀬「人生頑張ってきたよ。ずーと勉強してるような人生だった。だからあそこに就職できたんだ。でもそれもあっさり消えて、頑張る意味が分かんなくなった……」
瀬名以外の三人。ここから思い出話。にこやか
川「わかるよ。それ」
瀬「は?子供に何が
瀬名が言い切る前に
川「僕もそうだった。僕、学校でいじめられてたんだ。理由は自分でもよくわかんないけど、無視されて、もの隠されたりしてたなあ。こっそり暴力ふられたりもした」
瀬名、絶句
川「親や先生にも相談したよ。でもね、皆大概こう言う。『社会に出たらもっと辛いことだらけだから、頑張りなさいって』」
橋「大人の逃げですね」
川「今思うとそうなんだと思うよ。でもあの時はとてもショックだった。そうか、今だって辛いのに、耐えられないのに、大人になったらもっとひどい目に合うんだって……だから、ここに来た」
田「それって、相手に寄り添う気のない人の言葉よね。ちなみに私、もう三十路超えてるんですけどね、友達出来たことなかったみたいなんですよ」
瀬「は、はあ」
田「別に性格悪かったわけじゃなかったみたいですよ。むしろ、もの心ついた時から散々言われてました。田中さんはいい人だねえって」
瀬「じゃあなんで……」
川「それが意味わかんないんですよ、優しすぎて怖いって」
瀬「は?」
田「私、小さいころから皆の嫌がること、何でも引き受けていました。両親に言われてたんです。誰にでも優しい子になりなさいって。本当にその通りにしてました。そしたらね、友達に借金を押し付けられたんですよ」
瀬「はあ!?」
田「ちなみにずっと親友だと思ってた子にです」
瀬「……」
田「それがですね、私は誰も愛してないって言うんですよ。皆に優しいのは誰も愛してないからだ。みーんなそれに気づいてたぞ。お前に友達何かいねーよ馬鹿女、利用されて当然だって」
瀬「それは、ひどい」
田「言い分理不尽すぎますよね。でももう借金なんかどうでもよくなりましたよ。事実、私が友達だと思ってた人たちはだれも助けてくれませんでした。道徳って、守ると友達いなくなるんですね。それとも、ただ単純に私がいけなかったのかな……」
瀬名、何も言えない
橋「人生いくつになっても辛いですよね。そうそう、私の場合は母親から逃げたかったからなんですよ」
瀬「母親?」
橋「そうそう母親。どうしようもない奴でしてね。子供は自分に都合のいい道具としか思っていませんでした」
瀬「母親が?そんなまさか」
橋「でました、そういう、母性幻想。子を想わぬ母はいない。何があっても親子は一つって。気持ち悪い(笑顔)」
瀬名、絶句。
橋「母親だって人間ですよ。子供を愛せる人も、愛せない人もいるんです。私の親は見事なまでの後者でした。母子家庭だからって自分勝手でね。機嫌損ねるとご飯ももらえなくて大変でした。高校生になってからバイトで逃げる資金貯めるのに必死でしたねえ」
瀬「……そんな親がいるんですね」
橋「案外多いいらしいですよ、そういう人。で、高校卒業と同時に逃げようとしたんですけど、どこ行ってもすぐ見つかりましてねえ。母親が私を見つけるのは簡単だったらしいですよ『息子を探してます』って親子の証明見せれば、時には見せなくてもホイホイ皆協力してくれるらしいですよ。で、仕方なくまた一緒になったんですけど、やっぱり耐えきれなくてねえ。気づいたらここに」
川「で、意気投合したんですよね、僕たち!」
田「皆人生苦労してるよねえ」
橋「70億通りの人生ってやつです」
三人、和やか。瀬名、どう返していいかわからない
瀬「はあ、なんか余計死にたくなってきましたよ。どうしてそんな苦労してまで生きなきゃいけないんですか……」
落ち込む瀬名を見ながらまた和やかに
橋「ま、瀬名さんに自殺なんてできませんけどね」
川「そうだね」
田「瀬名さんには無理ですよ」
瀬「何だよ、あんたたちに何がわかるんだよ」
橋「そりゃそうでしょ。貴方は優しすぎる」
瀬「はあ?」
川「今から死ぬ人はね、子供の心配なんかしないんだよ」
瀬「は……」
橋「もちろん、こんなおっさんや女性の心配もね」
瀬「なんだよ急に」
田「私たちと同じ目にあってほしくないからですよ」
瀬「は?」
川「十年前かな?僕はね、もう本当に疲れてたんだ。いじめなんて何が楽しいんだろうね」
川島、中央に立つ。それまでの和やかさが吹き飛ぶ
川「ここから見える景色とか、全然覚えてない。ただ、楽になる事が嬉しかった。そうして、飛び込んだ……多分、一瞬だった。でも、そのときふと思い出したんだ。あの子どうしてるんだろうって」
瀬「おい、まさか……」
間
川「病気がちの従兄弟がいてね、時々、頼まれて仕方なくお見舞いに行ってたんだ。いつも僕が元気なこと羨ましがってうざかったけど、友達がいないのはあいつも同じだったんだよなあって」
川島、泣き出す。田中が駆け寄る。瀬名、現実を受け入れられない
間
田「私は、五年前。もう飛び込むときは何も考えてなかったんですけどね、なんか、ふと思い出したんですよ。最近まともに寝てないなあって」
間
田「日干しした、ふかふかのお布団で寝たいなあって思ったんです。実際は固い地面の上で永眠したわけですけど」
瀬「冗談だろ!なあ、そうだろ、性質悪いぞ!おい!」
橋「私もそうですよ。もう二十年も前でしたねえ。母親と同じ空気吸うのが嫌で嫌でしょうがなかった。だから、ここから飛び降りました」
間
橋「いい気分でしたよ。スーとなって、でもね、私も途中で思い出したんですよ。そういえばカレー作ってたの、まだ残ってたなあ、て」
間
橋「あれもあいつが食べるんだと思ったら、怒りが湧いてきましてねえ。まあ、その瞬間私、ごきっと逝っちゃったんですけどね……不思議ですよねえ」
川「あれが世にいう走馬灯ってやつだと思うんだけど、なんで死にたい時まであんな思いしなきゃいけないんだろうねって、皆で話題になってね、ちょっとした議論になったんだ。なんであの瞬間だけ後悔したんだろうって」
田「で、答えはあっさり出ました。私たち、そもそもこの社会で生きるために産まれたんですよね」
瀬「は?」
橋「だってそもそも生き物ってそうじゃないですか。ある程度生きて、子孫繁栄させる。何も人間が特別じゃない。走馬灯は要するに、最後に生きる力を与えるために起こるんじゃないかと考えたわけです」
川「それにしては僕たちのは遅すぎるよね」
田「それほど心は生きたくなかったということなんじゃない?実際人のことを考える余裕は皆なかったし。でも、体はそうじゃない。最後まで生きるために出来てるのよね」
橋「瀬名さんはまだ生きられますよ。社会的で生きるための心が残ってる。それに、死ぬ前のあの絶望は……味わうもんじゃないですよ」
瀬「あ、あ……」
瀬名、処理しきれない
間
川「あ、二人とも!もう夜明けだよ!」
橋「本当だ。じゃ、瀬名さん。我々そろそろ消えますね」
瀬「え?」
橋「いや、幽霊が明るいときもいるなんておかしいじゃないですか」
瀬「人をこんな気持ちにさせといてそんな問題?」
橋「まあまあそれじゃ」
橋・川・田「さよならー!!」
三人、舞台から降りて客席側のドアへ去る
瀬「中途半端で終わらせるなー!!」
瀬名、前方ふらふらと歩きだす。
瀬「わけわかんねえよ。俺はただもうもう生きたくねえんだよ」
瀬名、飛び込みかける瞬間、腹の音が鳴る。
瀬「……そういえば、ここんとこ食欲なくてなんも食べてなかったなあ。……お腹すいてきた」
瀬名、笑い出す。
瀬「本当だ……俺の体、生きたがってる……なんだよ、別になんか食べたってどうにもなんないんだぞ……この後だって辛いことばっかなのに……あいつらだけ楽になりやがってずるすぎるだろ……ああもう!わかったよ、生きてやるよしょうがない!」
瀬名、立ち上がる。
瀬「職探すか。その前に何食べようかなあ」
瀬名、後方に向けて歩き出す。FO。
閉幕