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第2話

「おーい、晶、帰ろうぜ」

 終礼がかかったあと、明瞭で清涼な声が僕の耳に入ってきた。

 この明るい声は――すぐに顔が思い浮かんだ。


 僕が自席で顔を上げると、離れた席から金に近い茶髪の男子が手を上げてこちらへと向かってきている。

「ん。わかった、太一」

 勅使河原てしがわら太一たいち。僕の幼馴染でかつ、兄貴分みたいなやつだ。とても快活な性格で、話していて楽しいのが特徴。


「だから太一やめろよー。てっしーって呼べ、てっしーって」

「なんで今更変えなきゃならないんだよ。太一のどこが悪いんだ」

「逆だろ? てっしーの良さが貴様にはわからぬのか」

「わからぬ」

「またまたご謙遜をー」

 そう言いながら、太一は僕の背中をばしばし叩いてくる。ばしばし痛みが走った。


 話してて楽しいのはいいけれど、無駄にボディタッチが多いのは止めてほしい(たまに痛いし)。


「っしゃー、久しぶりにキャッチボールでもするかー」

 下校途中、太一が突然提案してきた。いつものことだ。

 特にやりたくもないのに、思いついたことを言い出す癖が太一にはある。

「なんでだよ。久しぶりすぎて軽く引くから」

 前にやったの中学生を通り過ぎて小学生の頃だろ。

 あー、あの頃は太一が一学年上だったな。懐かしい。


「え、じゃあ何? フリーバッティングの気分?」

 太一はブンブンと形而上のバットを振るしぐさをした。

 まさかの左打ち。太一右利きだろ。

「バッティングセンターとか行ったことないんだけど……」

「あ、もしかして、まさかのバント練習か?」

「なんで全部野球!」


「最近晶ノリ悪くないか? 帰りに遊びにも行かないし」

「いや待った。なんでちょっと前の僕が、よく太一と帰りに遊んでたみたいになってんの」

 僕の記憶にある限り、帰りにゲーセンとかカラオケに寄ったことなんてないぞ。

「晶の中に存在しない記憶を呼び起こそうとしてみたのである。あと、太一じゃなくて、てっしーな」

「太一はその適当な性格を直さないと、来年は一学年下で出会うかもしれないな。留学生」

「お、ついに俺世界に羽ばたいちゃう? あと、てっしーな」

「あんたの留は留年の留だろうが」


 太一と中身のない雑談を交わしながら、僕は家へと帰った。

 今日はなんだか一段と眠たい。

 夕食の前に仮眠でも取ろうかな。

 そう思ってベッドに腰掛けた矢先のことだった。

 さらっ、と何かが僕の手のひらを撫でた。

 不意なことだったので、僕は少し驚いた。


 あの神社での出会いがあってから、もう3ヶ月が経った。けれど、未だに慣れない部分もある。

 特にこの、『その日のファーストコンタクト』だけはいつも突然なので、慣れるのが難しい。


 僕は膝に手の甲を乗せて、手に感覚を集中させた。

『おかえり』

「あー、うん。ただいま」

 それだけの挨拶をするにも、少し時間がかかるのはネックだった。

 あと、文字を感覚で読み取るのは集中力が必要なので、疲れる。

『疲れた?』

 ご丁寧に最後のはてなマークまでしっかり付いていた。

「うん。まあね」

 学校というものは中々疲れる。実際には、ノートを取って人と喋るぐらいしか行動を起こしていないのに、不思議なものだ。


 そのあと、僕達は取り留めない話をした。

 今日は少し底冷えが強かったとか、授業中に寝ていたら頭の上から出席簿が落ちてきた話とか。

 大体は、僕が一方的に語ることになる。そのあと、感想や思ったことを彼女が書く。

 彼女は長い話をするのが向いていない。当然のことだった。書くより話すほうが格段に早いのだから。


「少し寝ようかな」

 僕は「んー」と声を漏らしながら体を天井の方へ伸ばす。

 もちろん天井には届かないが、一瞬だけ重力に逆らうような感覚が得られた気がするので良しとした。

『わかった』

 伸びを終えた僕の手に、文字が書かれていく。


 僕はベッドに背中を預けた。

 電気を消してしまうと、深い睡眠に落ちてしまいそうなので、点けたままにしていた。

 白い天井が僕の視界を覆う。

 何気なしに、僕は考える。話題はそう、彼女――神坂彩についてだ。

 手のひらに書かれる文字で、僕と彼女はコミュニケーションが取れている。

 最初の数週間は、どちらかというと僕は懐疑的だった。

 見えない人間。そして物体の見えない感触。

 怪しいことこの上ないのだ。この神坂彩という何かは。


 けれど――そう、例えるなら膝に出来た擦り傷がいつの間にか体に馴染んでいるような感覚だった。

 いつの間にか彼女の存在を、違和感なく受け入れている自分がいた。

 しかし、それでありながらふとしたときに思い起こされる。彼女の奇怪さが。


 他にも疑うべき部分はあった。

 最初に頭に浮かんだのは――そう、『なぜ僕にしか彼女が感じ取れないのか』だった。

 彼女は家どころか、僕の高校にまで来たことがある。しかし、僕以外の他の生徒は、彼女のことを一切感じ取っていなかった。


 僕はふと、言葉に出した。

「なんで、僕にだけ君が感じられるんだろう」

 口に出してみたが、あとに残ったのは静寂だけだった。

 ベッドに乗せている手のひらを天井へと向けてみたけれど、彼女から来る言葉はない。

 もうどこかへ行ってしまったのか、それとも、僕の言葉に答えたくないのか。


 僕には何もわからなかった。

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