第1話
一段一段、石段を踏む。
神社へと続く階段は、僕に軽い苦痛をもたらしてきた。
小さな子供のころならば、すいすいと上がれたような階段は、高校生となった今では正直辛い。
明日は筋肉痛を覚悟しなければならないかもしれない。
僕はそう考えて、ため息を一つ漏らした。
だけど、次第に最上段が近づいてきた。あと少し、あと少し。
着いた――と同時に、僕は体を反転させて一番上の段に尻餅を着く。
帰宅部二年、岡崎晶。今日の運動終了。
僕は背中を神社の側に倒した。両腕両手を外側に大きく広げる。
ああ、気持ちいい。
「あー」
秋口の風が、頬を流れる汗を撫でて涼しい。
形而上の扇風機が、僕に風を送ってきているかのようなタイミングの良さだった。
神様も粋なことをしますね。ほんと。
僕がこの神社に来るのは、大体が今のやっていることが目的だった。
この時間が死んだような場所で寝転ぶために、僕は神社に来た。
――このまま体を眠気に捧げようかな。
そういう誘惑が頭を過ぎった。
僕はそれに反抗せず、ゆっくりと目を瞑る。
そのまま意識が脳から離れていく。
その時だった。
僕の右手の上を、何かが横切った。
軽い悪寒がして、僕は右腕の方を見た。その一瞬は、虫だと思ったのだ。
けれど、何もいなかった。僕の少し小さな手があるだけ。
その周りには何もなく、手の向こう側には木が見えるだけ。
なんだか、不気味だ。僕は背中を起こした。
次に右手の平を締める。開く。何の変哲もない感触だった。
堂々と神社の前で寝ていたせいで、神様の怒りでも買ったのだろうか。
「ごめんなさい」
とりあえず、謝ってみた。
まあ、これで神様に許してもらえるのならそれはそれで優しすぎて――うおっ!?
再び何かに右手を触れられた気がする。いや、気がするじゃない、これは触られた。
されど右手には何もなかった。虫も、木の葉もない。まさか風じゃあるまいし。なんなのだろうか。
まだそれは手で蠢いていた。幽霊なのか。まさか本当に幽霊なのか? 僕を驚かせようとしているのか?
どうしよう。逃げるのが正解な気がする。
でも、僕が脱兎の如く逃亡したところで逃げ切れるのか?
僕が思慮している間も、その「何か」は僕の手の平を踊っている。
――いや、待てよ。これは何らかの規則性を持って動いているんじゃないか?
「ちょ、ちょっと待った」
僕は左手を上げた。待てのポーズだ。今決めた。
「もう一度、最初からやってくれないかな」
本当に言葉が通じるかは不明だ。けれど僕は目を瞑った。
妖怪でも幽霊でも神様でも、まずは信じることから始めるべきだ。
また、僕の右手の平で何かが泳ぎ始めた。
目を瞑ったからより感じられる。
「何か」はまるで指のようだった。
やはり、それは規則性を持って動いているみたいだ。字……平仮名か?
「こ」「ん」「に」「ち」「は」
僕は一文字一文字丁寧に言葉に出した……なんつーかまあ、平凡な挨拶である。
「こんちゃー」
反抗期真っ盛りな岡崎晶くん(16さい3かげつ)はあえて変化球で勝負した。
「ば」「か」「っ」「ぽ」「い」
「おい」
これは個性だぞ。嘘だけど。
それが3ヶ月前の話。
自称「神坂彩」との出会いだった。その日から僕は、少しだけ変な高校生になった。