常夜の国の万魔姫
初めまして 蟲毒と言います。
初めての投稿と言うことでまずは短編を続けて2つ程投稿させていただきます。
思ったより文字数多くなっちゃいましたが......。
今回のジャンルは恋愛......にしてはありますが復讐劇の色合いが濃いのでジャンルに困りました。
ではどうぞご覧ください。
私は壊れているのだろうか?
私はオカシイのだろうか?
わからない。わからない。
私には――わからない。
リヴィトゥム大陸にあり、すべての国を支配し従属させた常夜の国『テネブレ』。
人ならざる魔族が住む、かつては明かりの無い常闇の国と言われた国。
その国の王は千年、いや、永劫を生きるとされる不老不死の魔王『べリオス』である。
魔族は人に比べ魔力があり、魔術を使え、その背や頭に翼や角を生やしており、長い寿命を持つ種族である。
その国に、元々は人であった魔王の伴侶がいると言う。
『死の女神』、『月光姫』、『万魔惑わす神聖』、『女帝』。
様々な名称で呼ばれるが、その中でも特に有名なのが、
『万魔姫』。
魔王の傍らで、人々に『死』を運ぶ魔性の姫。
膨大な魔力をいとも容易く操り、あらゆる魔術を使え、その姿を見たものはその姿に心を奪われ、彼女のために全てを賭すと言う。
テネブレの王都には彼女を模した女神像さえ立てられ、女神として崇められた彼女の名前は――『黄金』。
私は、リリィ・レンドール。一般人としての前世を持つ転生者だ。
リヴィトゥム大陸の強国であるレシュタ王国において伯爵の地位を与えられているレンドール家の一人娘でもある。
私は私が生まれる前にこの国の王と父の間で交わされた約束の為、第1王子であるローランの婚約者となった。
だが、どうやら王子は私とは別に好きな方が出来たようで、私と会う時間は限りなく無い、と言ってよかった。
だが、未だに婚約は解消されていない。私は未だ第1王子の婚約者なのだ。
しかし、その日々も終わりが近づいていることを私は知りもしなかったのだ。
今日も、私は王族としてのマナーの勉強を終えて王宮から王都の郊外にあるレンドール家邸宅へと戻ってきていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。この後は如何なさいますか?」
侍女が聞いてくる。私は「軽食を用意して」と頼んでいつも食事をとっている調理室と直通している部屋へと侍女を伴って歩いて行った。
「ふぅ。疲れたわ。足が棒になりそうよ」
「これも王族になる為で御座いますよ」
食事を待っている間に侍女と話して時間をつぶす。
何時も通りの他愛無い会話。
だが、次の瞬間、窓がけ破られる。
部屋に侵入してきたのは何人もの男達。
「何者ですか!」
侍女の叫びに、男達は嫌らしい笑みを浮かべる。
「アンタが邪魔な人がいるんだよ。その人からは何をしてもいいって言われてるんでな。相当恨まれてるなぁアンタ」
私が?
恨まれる?
......そうかもしれない。王の伴侶になりたいという貴族令嬢は多い。
こういった手荒な真似をしてくるものもいない訳ではないだろう。
「ま、悪いけどよ。こっちも仕事なんだわ。だからよ......死ねやぁ!」
「——お嬢様!」
私の事を庇って侍女が斬られる。
だが、それを気にしている余裕はなかった。
侍女を斬り殺すと、男達はこっちに近づいてくる。
「くっ!」
私は身を翻すと調理室へと駆けこみ、鍵をかける。
頑丈なこの扉なら、多少の時間は稼げるだろう。
ここなら野菜や肉などを運び込むための通路があり、屋敷内に出ることが出来る。
「な......なんで!?」
しかし今日に限って通路の扉は閉じられていた。
いや、多少は開くので何かがつっかえているのかもしれない。
部屋の中を見渡すと、揚げ物でも作ろうとしたのか火の掛けられた儘の油の入った鍋が煮立っている。
だが包丁等の武器になりそうなものは一切ない。
ガタン!
扉があけられる。
「包丁を探しても無駄だぜ。何たって料理してる奴が俺達と同じ依頼主に買い取られたんだからな!」
なんと。そうか。あの優しそうな調理師が買い取られていたのか。
なら私を殺そうとしたのは誰だ?
レンドール家はこの国でもトップクラスであり、それから人を買い取れる家など......まさか!
「そう。依頼してきたのはお前の婚約者様、この国の王子様さ!」
「——っ! ローラン様が......そう」
「どういう気分だ? 愛していた婚約者に裏切られる気分は?」
愛? 私とローラン様が愛し合っていたと?
そんな訳が無い。あくまでも親同士が決めたモノだ。
彼も私も愛し合っていたなんてことはない。
私だってこの生活は嫌であったが、それでも頑張ってこれていたのは私が『転生者』としての知識や経験を持っていたからだし、我慢していたのは家族のためだ。
彼が男爵令嬢と逢瀬しているのは知っていたが、私は彼に何の興味もなかったゆえに止めなかった。
とうとう私が邪魔になったのか。こんなことしなくとも、言ってくれれば何処か僻地に引っ込んだものを。
「どうするよ? アンタ外見良いから娼館にでも送りゃあ金になるかもな」
ジワリジワリと近付いてくる男達。此の儘では私は死ぬかそれに近い運命をたどるだろう。
死にたくはない。
こんなところで死ねない。
ならばどうするか......。
その私の目に、ぐつぐつと煮立つ鍋が見えた。
私は覚悟を決めて鍋に駆けよる。
鍋には油が入っており、被ればただでは済まないのは眼に見えてわかる。
鍋を手に取ると、自分に掛かるのも承知で一番近い相手に駆けよった。
「てめっ......ア゛アアアアアアアァァァァ! 熱い熱いっ!」
ジュウウウウゥゥゥゥゥッ!!
「......っ!」
(——熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!)
私の胸から上の左半身にもかかり、皮膚が溶けていく感覚がするが唇を血が出るほど噛んで声を我慢する。
私は未だに痛みと熱さで苦しんでいる男から剣を奪い取った後、心臓を突き刺す。
一応護身術で剣を習ったのだ。身を守る程度であれば男達と剣を交えることはできる。
どれ程血で汚れようと、どれ程泥を被ろうと、どれ程命を奪っても生き延びるのだ。
心の何処かにある自分の冷淡な面がそう呟く。
その時、リリィの心の底に、ある感情が炎の様に燻り始めた。
リリィはまだ無自覚ではあったが、人はそれを復讐心と呼ぶ。
今はまだ小さな種火だが、それは確かにリリィの心を熱く、静かに燃やし始めたのだ。
未だに呆けている男達を切り付けて屋敷から逃げ出す。
油のかかった箇所がとてつもなく痛む。
まるでこの痛みを忘れるなとでも言うように、一向に痛みが引かないのだ。
(ごめんなさい私のせいで死なせてしまって。必ず戻って貴方のお墓を立てるわ)
死んでしまったメイドは幼い頃から一緒だった幼馴染のような関係で、気を許せる数少ない人間だった。彼女の方が年上だったからか本当の姉の様に思っていた。
私は少しの間黙とうすると、思い出を断ち切る様に早足で屋敷から遠ざかっていった。
その後の数日間、私はレシュタの地方都市を歩いていた。
私がいなくなった後、どうなったのか情報が欲しかったからだ。
だが、現実はそう甘くはなかったのだ。
あの男達のことは私のせいになっていた。
私が王子を殺すように男達に依頼したが、拒絶したのを怒り、男達を斬りつけたというのだ。
それ以外にも、王子の婚約者に嫌がらせをしていたとか、家の金を両親に黙って勝手に使い込んだとか。
私のしていない事すら私のしたことになっている。
つまり、王も王妃も王子の言い分を信じたのだろう。
そして私が愛していた両親でさえも。私は勘当されたことになっているらしい。
それどころか、王子と付き合っていたのは平民の娘らしく、私の両親が娘として引き取ったそうだ。今では彼女がレンドール伯爵令嬢だ。
今の私は『誰でも無い』。
唇を噛みしめて歩く。
この国にはいられない。見つかった瞬間、私は殺されるか、捕縛されて死刑だろう。
せめて両親は信じてくれると淡い期待をもっていたが、それすら粉砕された。
転生者としての知識など何の役にも立たないし、物語の様に奇跡が起こるわけでも、特殊な力があるわけではない。
転生者としての知識など巨大な権力の前では何の意味もなかったのだ。
――ふざけるなっ!!
私が何をしたというのだ!
私を貶めた人々は未だに今までの生活を続けているのに私は焼け爛れた醜い容貌をローブで隠し、それ故に人と接することを躊躇いその日の食べ物を得る事すら難しいのだ。
傷も医者に見せられるはずもなく、自分で簡易的に治療しただけであり、徐々に私の身体を犯し始めていた。
発熱、嘔吐、傷の鈍痛と熱、そして空腹。それが私を苦しめているが、同時に生きているという自覚を得ることが出来るモノになっていた。
(裏切られたのね......信じていたモノ全てに)
リリィの中に未だ小さく、しかし熱く燃えている冷たい炎が王国への、家族への憎しみや絶望等の負の感情をくべられて徐々に大きくなっていく。
その炎は、彼女が国境を歩き、空腹と怪我の影響で倒れる頃には人間への、いや、世界への憎しみと絶望、復讐心となって烈火の如く燃え盛り、彼女自身の心を支配するようになっていた。
私が歩いているのはレシュタ王国の隣にある常夜の国『テネブレ』である。
この国は不思議と常に空には雲がかかっており真っ暗な国な為、視界が悪い。
魔族は勿論、危険な魔物が多く存在している国の為、いつ襲われてもおかしくないのだ。
だが、人間よりはマシだ。
殺されるなら魔族や魔物の方がまだマシだ。今の私はそう思っていた。
暫く歩いていると、徐々に明るくなってきた。
......何で?
目に見える範囲には巨大な樹が生えているため森だとは思うのだが。
私が辿り着いたのは丘の上だった。
急な明かりを受けて思わず目を瞑った。
月だ。
巨大な月が、仄かに輝いている。
常夜の国なのに何故月が輝いてるんだろうか?
理由はわからない。
だが、穏やかな光を放つ月が何故だか私の荒くれた心を静めてくれた。
「綺麗ね......」
思わずポツリと呟く。
そんな独り言に、
「そうだな」
と返答があるとは思わなかった。
私が振り向くと、そこには銀髪の青年が同じように月を見上げていた。
その後ろには執事のような恰好をした男性が従者の如く立っている。
「......」
私が驚いて何も言えずにいると、青年は月を見上げたまま口を開いた。
「私の領域に何者かが侵入したからと確かめに来たら......お前がその侵入者か?」
「......そうですね......そうだと思います」
私は頷く。
「......お前——いや、随分華奢な侵入者だ。レシュタ国の方角から来たから人間であることは間違いないが......」
青年が怪訝な顔をした後苦笑いする。
「随分嫌そうな顔をするんだな」
嫌そうな顔?
「お前、表情が変わらないのに『人間』って単語を聞いた瞬間だけとてつもなく嫌そうな顔をした。お前も人間なのに」
そうか、知らない内に顔に出てしまっていたようだ。
「......裏切られたのです。私が愛し、信じていた全てに......」
青年は私をジッとしばらく見たかと思うと、私の手を掴む。
「......今日は月が出ている。久しぶりに気分が良い......来るが良い」
「え?」
私が動揺していると青年は振り返って私に言った。
「——この私、この国の王、『魔王』べリオスが気紛れにお前を連れ去ってやる」
私が連れてこられたのは近くの砦だった。
『魔王』と名乗ったべリオスと言う青年とその従者――カイルと名乗った――は豪華な食事を用意してくれた。そして食後の紅茶さえ出してくれた。
「話を聞こうか。お前の名前は?」
「リリィ・レンドール。レシュタ国の元伯爵令嬢です」
伯爵令嬢と言う言葉に怪訝な顔をする二人。
「伯爵令嬢ともあろうものがどうしてここにいる?」
「婚約者に......第1王子に好きな方が出来たからと命を狙われました......私が邪魔だったのでしょう。その後その婚約者はレンドール家に養子に入り、私は勘当されました。そして逃げている内にここに......」
「成程」
二人は暫く思案すると私の方に再び顔を向けてきた。
「で、そのローブは脱がないのか?」
べリオスの言う通り、私は未だローブを脱がないでいた。
勿論この醜い姿を人に見られたくないからだ。
頭から胸にかけての半分が焼け爛れたこの醜い姿では人に罵られ、忌諱されるのも当然だからだ。
「私は身を守るためになったとはいえ、今のこの醜い姿を人に見られたくはありません」
そう言って私は拒絶した。だが、
「醜いかどうかは私が決める。見せてくれないか?」
そう言い切った彼の眼は真剣そのものだった。
その眼に射抜かれて圧倒された私は嫌々ながらも、もしかしたら彼なら――と私の身体を覆っていたローブを脱いだ。
「——っ!!」
ギュウウウゥゥゥッっとローブの下に着こんだ粗末な襤褸布の裾を痛い位に握って眼を瞑る。
怖かった。醜いと罵られるのが。可哀想にと憐れむ目で見られるのが。
「——好いな」
「——え?」
私は彼の言葉を疑い、間抜けな声を出す。
私が好い?
そんな馬鹿な。こんな焼け爛れた身体なのに......。
「人間がお前の事を醜いと思うのは知った事じゃない――が、俺はお前を醜いとは思わん。逆に美しいとすら思う。お前のその姿は生き抜いた結果なのだろう。魔族はな、身体の美醜はあまり気にしない。心を重要視するのだ。お前のその風貌も、生きる為に足掻いた結果の誇りとして見る。向上心、敵対心、強くなりたいという意志、復讐心......ありとあらゆる『強い意志』とそれを成す『力』こそを我等は美しいと見、強く魅せられ惹きつけられるのだ」
「......強い、意志?」
べリオスは大きく頷く。
「あぁ。お前の眼、お前の声。その奥に眠る復讐の炎。実に美しい――お前はどう見る?」
隣で立っているカインを見上げて問いかける。
「えぇ。彼女は実に美しいです。貴方すら見惚れる程の、ね」
「クックック......だろう?」
何が楽しいのか嬉しそうに笑うべリオス。
二人は通じ合っているのか、ニヤニヤと笑いあっている。
でも......嬉しかった。
美しいと言われて嬉しかったのだ。
その声には嘘偽りのない好意が透けて見えるようで気恥ずかしくもあった。
「それにな、お前、人間とは少し違うのだ」
「違う?」
「あぁ」
そう言いながらべリオスは私の心臓の辺りを指さして続ける。
「お前の魂――人間のそれよりは我等のに近い。身体は人間だが、その魂のあり方は魔族に似通っている。だからだろうな。魂の形に左右される魔力は魔族のそれそのものだ」
「——わた、しの......魂が魔族、ですか」
「お前はチグハグな状態だ。それこそお前がなりたいというならば魔族になれる程にな」
魔族になれる? それってつまり人間じゃなくなるってこと?
私を裏切った人々と同じなのは嫌だった。それならば......。
「人間は嫌いです。どうすれば魔族になれますか?」
彼はニヤリと笑う。
「——あっさりと決めるんだな。その前に、だ。お前はお前を裏切った全てに復讐したいのか?」
「はい」
私は直ぐに頷く。
べリオスは私の顔にくっ付きそうなほどに近づく。
そしてそのまま不意打ちで私の額にキスをすると少しだけ離れてこう言った。
「ならお前、私の妻になれ」
――は? 私が?
「お前に惚れたんだ。お前は美しい。その姿も、魂のあり方もな。そうすれば私はお前の復讐を手伝おう。世界を征服してお前に捧げることも厭わん」
復讐を?
勿論、復讐したい、いやそうしなければならない。
私の全てに賭けて私を裏切った全てを......いや、人間全てを私と同じ場所まで堕としてやりたいのだ。
それにこの人は私の事を美しいと言ってくれた。
信じても良いだろうか?
でも、私は復讐したい。其の為ならば、私は魔族にも、悪魔にもなろう。
私は覚悟を決め、席を立ってべリオスの手にキスをしかえす。
「......私は貴方の妻になりましょう。その代り、私の願いを聞き届けて下さいますか?」
「——あぁ。お前を私の妻にする。そしてお前のその心に抱く美しい復讐の炎。それを世界に広げよう。お前の意志は私の意志だ」
べリオスは私の額に魔力を込めた手をかざす。
魔力は私を覆うと、私の魂が烈火の如く熱くなった。
思わず――数秒だろうか?——眼を閉じる。
「......更に美しくなったな」
彼の言葉に閉じた眼を開く。
彼とカインは満足げに笑っている。
それにつられて、私も少しだけ口角を上げる。
「そこに鏡がある。視てみろ」
そういわれたので鏡の前に立つ。
「これが......私?」
長い黒髪、黄金に輝く眼、爛れていた皮膚は完全に治っており、纏う黒のドレスは肌が露出した大胆なものであった。髪の間からは鋭い悪魔のような角が2本生えており、その背からは黒い翼が4枚と黒い尾が生えていて、誰がどう見ても魔族である。
「ようこそ魔族へ。歓迎しようリリィ・レンドール......いや、もうその名は捨ててしまえ。お前は生まれ変わったんだ」
「新しい名前......そうですね。なにが良いでしょうか?」
「そうだな......『黄金』なんてどうだ?」
「アウレア?」
「あぁ。お前と出会ったのは綺麗な月の下だったからな。久しぶりに見た黄金に輝く綺麗な月の色だ」
「アウレア......私は......アウレア」
そうか。もう私はあの惨めなリリィ・レンドールじゃないんだ。
「フフ......フフフフフ。ハハ――ハハハハハハハ!」
笑いが止まらない。あぁ、私は今久しぶりに心の底から笑っているんだ。
かつてない程に気分が良い。
まるで身体も心もすべてが生まれ変わったみたいだ。
「魔族は自分の本能に忠実なのだ。故に、感情も人間より表に出やすいし、行動が感情に左右される。お前からしてみれば事実、人間から魔族へと生まれ変わったようなモノだしな」
どうやら魔族になると感情のぶれも大きく、また遠慮もなくなるらしい。
べリオスの説明に笑うのを止め、私はべリオスに抱き着く。
「あぁ、有難うございます! さぁべリオス――いえ、べリオス様? 私の願い、聞き届けて下さいね?」
「あぁ、勿論だ。さぁ、城に戻るとしよう。民に伝えねばな。お前達の王に妃が出来たとな!——戻るぞ!」
「畏まりました。直ぐに馬車を手配いたしましょう」
その後、直ぐに砦を出発し、数日かけて『テネブレ』の首都『ニゲル』に到着した私は魔王の妃として令嬢時代よりも遥かに良い待遇で受け入れられた。
元々公爵令嬢であり第1王子の婚約者としてマナーや王族としての態度などを教え込まれてはいたので苦労はなかった。魔族化した私の魔力には常時、無意識に魅惑がかかっているらしく、会った人物たちには神様の如く扱われた。
私の事を城の魔族達は『月光姫』や『魔姫』と呼んだ。
そして民衆にも私の事が通達され、民衆へのお披露目式となる。
「皆、今日は良く集まってくれた! 今日ここに皆を集めたのは私の妃を皆に紹介するためだ......さぁ、来いアウレア」
私が姿を見せると、ワアアァァ! と歓声が聞こえる。
角の生えている者、翼の生えている者、異常なほど長身な者。人の時には見たことがない程の異様な姿の者達が犇めき合っている。
皆私が元人間であると知りながらも、決して非難めいたことは聞こえてこない。
聞こえてくるのは「王妃様!」や「魔姫様!」という声だ。
「だから言っただろう? 元人間だろうが魔族は受け入れる。あるが儘を、成すが儘を。決して他者を否定しない。そして今日からお前も魔族の王族として頂点に立つのだ——さぁ、お前の願いを、皆に聞かせてやれ」
べリオスが私の耳元に口を近づけて囁く。
「えぇ」
私はそう言って一歩前に出る。
「皆様、初めまして。私の名はアウレア......少し前までは人間だった者です。ですが、私は裏切られました。王に、家族に、友人に......」
私は手を胸の前で組む。ふと、私の頬を涙が流れた。
周囲の魔族達も、私に影響されたのか涙を流している者も多い。
聞けば、どうやら私の魔力の性質によって私の感情は魔族限定で伝播し、同じ感情を引き起こすらしいのだ。
「私は彼等が許せない......私は彼等に復讐したい。でも、私の力などほんの小さなモノ。私一人で人間に対しての復讐など出来ようはずがありません」
そこで言葉を区切る。
私が一瞬黙ったことで場は成熟に包まれる。此処にいる全員が私の言葉を待っていた。
「――だからこそ貴方達の力を貸して頂きたいのです。お願い......します。皆様どうか、私の我儘に...お付き合いして頂けますか?」
その声に再び歓声が上がる。
べリオス様がそれに対してニヤリと笑いながらも声を上げる。
「聞いたか諸君! 我等が女神は復讐を望んでいる! そして我々も! 今まで人間に差別され、討伐されてきたことを忘れてはいないだろう! 今こそが立ち上がる時なのだ! さぁ、復讐を......始めるとしよう」
「「魔王様万歳! 王妃様万歳! 魔族万歳! 復讐を! 殴殺を! 圧殺を! 支配を! 征服を! 」」
べリオス様の言葉にその場にいる全員が一斉に唱和する。
――王の願いぞ我等が本能。
――王妃の願いぞ我等が願望。
あぁ、今こそ我等が願いを掴む時。
死を! 凄惨なる死を! 壮絶なる死を!
鳴り響くのは心からの願い。
そしてそれが、魔族の攻勢の――始まりだった。
その後の事は数多くの書に書かれている。
その多くが魔族を称賛する勝利者の書いたモノだ。
人族は魔族の支配下に置かれ、従属することになる。
到来した魔の時代――暗黒の時代を、魔族達は大いに謳歌するのだ。
それを成し遂げた王、べリオスとその妃アウレアを、魔族達は神の如く崇める。
『魔王べリオス』とその伴侶『万魔姫アウレア』はその後永遠の如き長い時間、世界を統治した。
一人の人間の少女の復讐劇は、成し遂げられたのだ。
レシュタ王国王都――いや、元王都と言った方がいいだろう。
かつて大陸一ともいわれた王国は見るも無残に破壊し尽くされていた。
眼前に広がるのは焼けた家々と人の死体の数々。そして焼け焦げた臭い。
それを空高くを浮かびながら、アウレアは見ていた。
その顔には壮絶な笑みが浮かんでいる。
「――フ、フフフフフフ!」
全てを淡く照らす月の下、彼女は嗤いながらくるくると踊り狂う。
その様は、月の光に照らされて、幻想的だった。
「あぁ、可笑しい! あぁ、愉しい! とても気分が良いわ――フフフフフ!」
そしてその踊りは彼女が満足するまで何時までも続いたのだった。
今回の主人公のイメージとしてはチョロインをイメージしました。
では、次の作品もよろしくお願いします。
2016/08/29