表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

伝説の勇者の置き土産(なろう版)

作者: 水瀬 律



先に謝っておきます。

ごめんなさい。









「マサムネ殿下。ノブナガ陛下がお呼びです」


 ある夏の昼下がり、勉強に鍛錬にと忙しい合間を縫って束の間の休息を楽しんでいた俺を、従者のフェルが呼びに来た。


「フェル……。名前を呼ぶなと言ったはずだが…」

「ですが、直系の王族方のお名前は勇者からの授かりもの。勇者に感謝と敬意を込めてしっかり名前を呼ぶようにとノブナガ陛下よりのご命令です。」


「…………はぁ」




 やだよ。なにが悲しくて、この中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界でゴテゴテのザ・日本男児な名前を呼ばれなきゃならないんだよ…。



 俺は自分で言うのもなんだけど、メッチャイケメンの王子顔で水色の髪にきれーなコバルトブルー色の瞳だよ。なのに名前がマサムネ。普通、アンソニーとかエドワードとか、そんな感じの名前を付けるもんじゃないの? まだ前世の名前の方が今の容姿に合ってるよ。眼帯でもしてやろうか。


 父上だってすっごい美丈夫で今でもフェロモンまき散らして、母上とラブラブな水色髪にパープルの瞳のザ・西洋人ってビジュアルなのに、ノブナガって…。

 ちなみに、兄はヒデヨシとケンシン、弟はミツナリ、妹はネネだ。






 今はキラキラ王子さまをやっている俺は、前世の記憶がある国籍がカナダの元日本人だ。父親が大手商社のやり手バイヤーだったため、生まれはカナダ。その後、世界各国を転々と渡り歩いた、なかなかグローバルな人生を送っていた。アメリカの大学を卒業して就職したら、日本で暮らしたことがないのに何故か日本支社に配属になった。それから何年か日本で働いていた記憶はあるんだけど、いつどうやって死んだのかは思い出せない。

 ちなみに、前世の俺の名前は琉玖(リューク)だ。ちょっと、キラキラっぽいけど、世界中、どこでも馴染めるような名前をと、両親が考えて付けてくれた。




「父上はなんの用で、俺を呼んだんだ?」

「詳しいことは聞いておりませんが、推測するにマサムネ殿下の各領への視察の話ではないかと」

「え? マジで? あ、そういえば、13歳から15歳くらいに国中を回るんだっけ。兄上もしばらく王宮にいない時があったな~」


 この国の男性王族は13歳から15歳くらいの間に国中の貴族の領地を回る慣習がある。この国はなかなか広いので、速足で回ると半年。じっくり見て回ろうとすると1年はかかる。なんせ、移動が馬車だからね。その間、領主である貴族の館に滞在したり、宿に宿泊したり、野営もする。

 その視察旅行より帰ってきたら、晴れて1人前と認められるのだ。婚約者が決まるのも帰ってきてからの話だな。

 そして、俺は13歳。うん、そろそろ準備して出発しろって話だね。




 フェルは5歳年上で俺が小さいころから共にいる従者だ。父親はこの国の侯爵で宰相やってるけど、フェルは3男なので跡継ぎではない。だから、幼いころから友達兼従者として俺のそばにいる。視察旅行も同行することになるだろうけど、フェルなら気心知れてるし、頼りになるし、安心だ。







 そして、準備期間を経て出発しました。視察旅行。

 この世界には魔法がある。まぁ、1000年ほど前にね、勇者がね、日本から召喚されて魔王を倒しているんです。なので、異世界のお約束、エルフ・ドワーフ・獣人もいて、人族とはなかなかいい関係が築かれています。魔族とは魔王が倒されて以降、大陸が違うこともあって交流はない。魔王も復活の兆しはないので、まだしばらくは穏やかな世界情勢が続くだろう。


 我が国は勇者が召喚された地ということもあって、勇者の「どの種族とも仲良く」がモットーなので、貴族や騎士団員にも人族以外の種族が相当数いる。それぞれの種族にいい所と悪い所があるので種族としての差別はない。


 獣人は犬・猫・狐・熊などなどいろんな種族がいて、基本的に身体能力が高くケモ耳尻尾がある。魔力が高い獣人は獣化もできるそうだ。そう、この世界の獣人は魔力を持っていて、身体能力が高いのは体内魔力を身体強化に使っているからだ。その代わり、外に向けて使う魔法は使えない。だけど、微量の魔力の放出は出来るので魔道具は問題なく使えるんだそうだ。

 獣人の男は基本的に脳筋なので、兵士や冒険者、農家が多いかな。我が国の騎士団長は狼の獣人だし。

女の獣人は多様で、いろんな職業についている。王城にも獣人の侍女がたくさん働いている。優秀な女獣人は護衛もかねて、女性王族付になることも多い。

 気になるケモ耳尻尾は伴侶以外にさわってはいけないんだそうだ。例外は5歳までの子供のみ。俺も小さいころ城で働いている獣人たちのしっぽをさわりまくっていた。それが6歳の誕生日に突然、もう触ってはいけないと言われて大泣きした記憶がある。だって、あのモフモフにもう触っちゃいけないとか、悲しすぎる。


 エルフはまぁ、頭がよく長寿で魔法に長けた種族だ。貴族にも人族に次いで多くいる。ちなみに我が国の財務大臣はエルフのおっさんだ。おっさんな見た目だけあって、150歳は越えているらしい。長寿っていっても200~300歳が寿命だそうだ。


 ドワーフは例にもれず職人だ。鍛冶だけではなく服飾も大工も家具も細工物もドワーフが多い。逆に政治には興味がないようで、貴族にドワーフはいない。


 じゃあ人族はどうなのよ、って思うよな。人族はオールマイティだ。多種多様。十人十色。獣人ほど身体能力に優れていない。エルフほど魔法が上手く使えない。ドワーフほど器用じゃない。他の種族にはいろいろ劣っているけど、一番柔軟な物の考え方、見方をし、視野も広く先のことを考えながら今を生きている。だから、貴族には人族が多いし、外務大臣も文官も人数も一番多い。






 視察旅行に出て5日。そろそろ、最初の貴族領に着く。


 この世界は多種多様な魔法があって、魔力が多いとアイテムボックスも使える。まぁ、使えなくても空間拡張されたマジックバッグが普通に売っているので不便はない。ただ、マジックバッグは袋の口以上大きいものは入らないし時間経過があるけれど、アイテムボックスは大きさ関係なく時間経過もない。

 もちろん王族の俺は高魔力保持者でかなりな容量のアイテムボックスが使えるので、野営の時でもほかほかのご飯が食べられるし、野営用だけど寝心地のいい寝具も持ってきている。

 この視察旅行は少人数で行くことが決められていて、王族である俺も人任せではなく、自分でやれることはやらなくてはいけない。

 まぁ、俺の前世はアウトドアな人間だったので、野営とかどんと来いなんだけど、過去には旅に耐えられなくて一月(ひとつき)もしないで城に帰った人もいたらしい。逃げ帰った奴はもれなく騎士団の下っ端兵士として辺境の砦で1年間鍛えられるそうだ。






「明日には最初の領主がいる街に着くんだよな」

「はい。領主の館で3日ほど滞在する予定でおります」

「あー、面倒だなー。街の宿で泊まる方が気が楽なのに」

「そんなことを言う王族の方はマサムネ殿下くらいですよ」


 だって、貴族の館で泊まるより街の宿で泊まった方が絶対のんびりできるってさー。王族と分からないように冒険者パーティ風な格好をして出発して、小さな町の宿で泊まったり、野営をしたりと楽しかったんだよ。道中、魔獣を討伐したりとかな。


「ハワード侯爵だっけ? 奥さんと子供は何人だっけ?」

「20歳の長男と18歳の次男ですね。長男は近衛騎士団に所属しており、次男は第1騎士団所属ですね」

「お~、2人とも優秀なんだな」


 近衛騎士団は王族の警護。第1騎士団は王城内の警護を担当していて、それぞれ優秀で品行方正でないと入れない。


「そうですね。長男のヤマト侯爵子息は王太子様の警護を担当していますね」

「ん? ヤマト?」

「はい。…どうかされましたか?」

「いや…」


 その時、なんだか日本風な名前だなーと思ったんだよね。でも、ラノベでもたまに日本風な名前が出てきたりするから、そんなもんかとその時は聞き流したんだけど…。





「マサムネ殿下。ようこそおいでくださいました。ハワード侯爵家一同お待ち申し上げておりました」

「ありがとう。滞在中は世話になる。だが、あまりかしこまったことはしないでくれ」

「はっ。お心遣い痛み入ります。殿下におかれましては初めての長旅でお疲れでしょうから、早速客室に案内させます。まずは、旅の疲れを癒されてください」

「あぁ、ではそうさせてもらおう」


 挨拶も早々に客室に案内してもらい、早速風呂に入らせてもらう。いや、旅の汚れは浄化魔法で落とせるから不潔じゃないんだけど、やっぱり湯船につかって「あーーっ」ってやりたいよね。


 俺は前世の記憶があるのもあって、風呂や着替えを手伝ってもらうのがどうにもダメだった。特に風呂の手伝いは侍女の仕事だったので余計に恥ずかしいやらなんやらで、ものすごく拒否しまくっていたら、従者一人をそばにおいておけば一人で風呂に入ってもいいと父上から許可がおりたのだ。

 侍女の仕事を奪うことになって申し訳ないとは思ったのだが、仕事は他にもあるし、やはり風呂は気兼ねなく入りたいものだ。

 同じように着替えの手伝いも侍女を拒否して自分で着替えると主張したら、こちらもやはり従者がそばに控えるということで許可がおりた。

 そのせいで一時(いっとき)俺が同性愛者ではないかとの憶測が飛び交ったのだけどまったくの事実無根である。俺はやわらかいおっぱいが大好きだ! LGBTに偏見はないけど、俺自身はノーマルだから。






 風呂に入って王族な衣装に着替えてさっぱりしてから、俺は応接室に案内された。


「ありがとう、旅の疲れが取れた気がするよ」

「それはようございました。早速ですが、私の妻を紹介させていただきたく存じます」

「あぁ」

「私の妻のベリーでございます」

「ハワード侯爵家侯爵アサヒの妻、ベリーにございます」


 (ん?)


「長男のヤマト、次男のヤシマは王城に勤めておりますのでこの屋敷には住んでおらず、本日はご挨拶が出来なく大変申し訳なく思っております」

「あれ? ……あ、あぁ、問題ない。勤めの方が大事だからな」

「そうおっしゃっていただけると私どもも気が楽になります」



 なんか引っかかるんだけど…。名前、おかしくない?



「えっと…、つかぬ事を聞くが…。先代の侯爵の名前は?」

「先代ですか? 先代はサガミと申します」

「………あぁ、そう。わかった。ありがとう」

「いえ。名前がどうかいたしましたか?」

「あ、うん、ちょっと…。えっと、名前って由来があったりするのか?」

「はい。ハワード侯爵家の直系はいくつかある名前の中から選び名付ける風習があるのです」

「へぇ~。 王族の名付け親が伝説の勇者だから、ハワード侯爵家も勇者が名付け親なのか?」

「あ、いえ。我が侯爵家の名前は王家より賜ったものでございます。ハワード家が貴族位を賜った折りに、一枚の名前がいくつか書かれた紙もいただいたとのことでございます。他の貴族家もそれぞれ名前を下賜されております」

「そうなのか。すまないな、王家の事なのに不勉強で」

「いえ、とんでもございません」

「他にはどんな名前があるのだ」

「はい。ナガト、サツマ、ヒュウガ、ミカサ、キリシマ、ハルナ、ハツセ、などでございます」

「………へぇ。いろいろあるのだな」




 確実に勇者が名前考えてるよな。だって、朝日に大和に八島って戦艦の名前じゃん。他の名前も全部戦艦の名前だよな。








「次はエクシズ伯爵の領地ですね」

「はぁ~、また何日か滞在するのか?」

「ええ。3日ほど滞在して、伯爵と一緒に領地の視察を行う予定です」

「俺さー、領主と一緒に視察とかより、お忍びで街を歩いたほうが絶対庶民の暮らしぶりが分かると思うんだよ」

「まぁ、私もそう思いますが。ですが、それをするとマサムネ殿下が国中を回られたということが国民に伝わりませんよ」

「あー。もーいいじゃん、実はお忍びで回ってたんですよーって発表すれば」

「ダメですよ。この視察旅行は各領主と会談をするのも目的の一つですからね」

「へいへい」

「マサムネ殿下。旅に出てから言葉遣いが日に日に崩れて行っていますよ」

「いいじゃん、外ではしっかりするからさー」


 俺とフェルのすっかりお馴染みになったやり取りを、馬車に同乗している護衛騎士達がくすくす笑いながら聞いている。これもお馴染みの日常になっている。漫才やってるんじゃねーってばよ。






 視察旅行に出てから半年ほど過ぎた。旅程も3分の2は消化したところだ。

 いくつかの領地を訪れ、領主と会談し、街を視察する。それぞれの領地ごとに特色があり、なかなか楽しく旅が出来ていると思う。


「今度の伯爵家でも王家より賜った名前を使ってるのかねー」

「そうじゃないですか。昔の王家は名前を下賜するのが流行っていたんでしょうか?」

「フェル…。王家がノリで名前をあげたみたいに言うなよ、俺じゃなかったから不敬だぞ」

「もちろん、マサムネ殿下の前でしか言いませんよ」

「確信犯かよ…。まぁ、いいけどさ」



 そう。これまで訪れたとこほとんどで、大昔に王家より賜ったという名前を直系には代々名付けているそうだ。


 魔王が倒されてからは戦争はない。平和な世界になったというより、魔王がいなくなったことで魔獣が増えたのでその討伐でうちの国を含めて近隣の国は、ほとんどが軍の資金を魔獣討伐に割いている。だから、戦争をしている場合じゃないんだ。


 何百年か前に今は亡きある国が領土を広げようと侵略を企てた。だが、各地にいた兵士を戦争準備のために集合させたことで、手薄になった地域の魔獣が爆発的に増え暴走を起こし、結果として国の半分以上の街や村が無くなり、国民も半数以上亡くなった。

 魔獣は定期的に討伐しなければあっという間に増えることが分かり、各国戦争どころではなくなったというわけだ。


 だから、よほど悪いことをしてお家取り潰しになったとかじゃない限り新しい貴族家は作らないので、うちの国の貴族家は歴史が長い家が多い。


 だから、大昔に王家から賜ったという名前を今も使い続けている家が多いのも分かるけど、なんで俺、その事実を知らなかったんだろう?


 まぁ、城にいる時、家名で呼ぶことはあっても名前で呼ぶなんてしないしな。王族教育で忙しくて、友人とかいなかったからなぁ。


 ………うん、大丈夫。うちの王家、兄弟仲良いし、いつもフェルと一緒だったから寂しいとかなかったし。

 大丈夫! 忙しかっただけだから!! ぼっちじゃないから!!!





 あぁ、そうそう名前ね。いろいろあったけど、



 あるエルフの侯爵家では、ライオン、チーター、キリン、オカピ、タイガー、ゴリラ…。

 ある人族の伯爵家では、リンゴ、バナナ、イチゴ、キウィ、ブドウ、ミカン…。

 ある獣人の子爵家では、サクラ、ツバキ、カエデ、サツキ、ツツジ、アジサイ…。

 ある人族の男爵家では、カブト、クワガタ、アゲハ、バッタ、カマキリ、トンボ…。


 エルフの線の細い美人さんがゴリラって…。吹き出さなかった俺を褒めてほしい。



 うん。もうさ。王家じゃなくて勇者が名付け親だよね。

 他にもあるけれど、だいたい○○シリーズって感じだよ。

 果物シリーズ、野菜シリーズ、爬虫類シリーズ、魚類シリーズ、新幹線シリーズ、キャラクターシリーズ、ブランド名シリーズ・・・・・・。


 可哀想なのは昆虫シリーズでも害虫シリーズの名前を賜っちゃった伯爵家だよ。だってさ、アリ、ダニ、ムカデ、ナメクジなんかだよ。そしてやっぱりGの名前もあった。もう、聞いてるだけでゾワゾワしちゃうし、さすがにGの名前だけは付けないように助言をしておいた。まぁ、元を知らないこの世界の人にとっては何で?って感じだろうけど、俺が! 俺がいやなんだよ~!!



 例えばさ

「チューリップ嬢、私はあなたを愛しています。どうか私と結婚してくれませんか」

「まぁ! ナメクジ様。私もあなたをお慕いしております。よろしくお願いします」

「チューリップ嬢!」

「ナメクジ様!!」

   ヒシッっと抱き合う、チューリップとナメクジ…。



 いやいやいやいや! ダメでしょ!!

 花にナメクジって天敵でしょ!! 何、くっついちゃってんの!!!



 今のとこ、そんな組み合わせの夫婦はいなかったからセーフだけど、いたら笑いを我慢できるか自信がないわ。


 まぁ、結構昔から伝統として名付けられてきた名前。もちろん、例え話のように他家に嫁ぐと日本人からしたらおかしな組み合わせになる。

 カブト伯爵にキュウリ夫人。ラッコ侯爵にハマグリ夫人。

 他種族と仲がいいと言っても、異種族間で子供は出来ない。なので、エルフのライオン伯爵と、獣人のマグロ夫人なんて組み合わせは出来ないんだけど。あったら腹筋が壊れるわ!



 ・・・・・・なんて恐ろしい勇者の置き土産!!!




 なんで勇者もそんなの残しておくかな~。戦艦シリーズがものすごく当たりだったよ。よかったね! ハワード侯爵家!!



「マサムネ殿下、どうなされました? お顔が崩れてますよ?」


 そんなことをツラツラ考えてたら、フェルが失礼なことを言ってきた。


「おっ前なぁ…。俺じゃなかったら不敬罪だっつーの!」

「承知しておりますよ。マサムネ殿下以外にそんな失礼なこと言いませんよ」

「あーもう、ホント失礼だよ。……あ」

「? どうされました?」


「そういえば、フェルの家も侯爵家だよな。あるのか?王家から賜った名前」

「………ございますよ」


 フェルん家も結構な歴史ある侯爵家だよ。代々国の要職についていて、フェルの父親は宰相をしている。

 そういえば、フェルの父親の名前知らないや。いつも宰相って呼んでたからな。


「へえ、どんな名前?」

「たいした名前じゃありませんよ。マサムネ殿下がお気になさらずともよろしいかと」

「なんでだよ! 気になるよ! 言えよ!」

「え~…」

「え~って、お前なぁ。ほらほら、さっさと吐けっ!」



 だいぶ躊躇してから、フェルはしぶしぶといった感じで


「私の父はウサギ、兄はリスにハムスター。妹はモモンガです」

「え?」


 え? 小動物? マジで? 宰相って結構な強面なんだけど。フェルは美人の母親似でイケメンだけど、兄2人は宰相に似て結構ごっついぞ。



「あれ? じゃあ、フェルってフェルって名前じゃないんじゃないの?」

 だって、フェルって名前の小動物いないよね?


「……ちっ、なんで気付くかな」

 ボソッとフェルが舌打ちしながらなんか言った。


「どした?」

「あ、いえ、なんでもありません」

「で、フェルの本名は?」

「………フェレットです」

「フェレット?」

「はい」

「フェレットって、あの?」


「あー、そうですよ!! あの! ペットで人気の胴の長いイタチ科のフェレットですよ!! チクショーッ」


「フェルがフェレット…。……ぶっ」

「あ! 笑ったな!! だから嫌だったのに…」


 フェルが拗ねている。ごめんよ~、ってゆーか。



「フェルって前世の記憶があるんだな」

「はい。マサムネ殿下もですよね」




 フェルは日本で17歳の時に事故で亡くなったんだそうだ。記憶が戻った時に自分の家族の名前が小動物だらけで大層驚いたらしい。ま、そりゃそうか。


 で、他の家でも日本のいろんな名前が付けられていると知って、いろいろ調べたんだそうだ。

 8歳で俺の従者になって、俺が自分の名前を呼ばれるのを嫌がったり、侍女に世話をされるのを嫌がったりしていたのを見て、俺にも前世の記憶があるんだなと思っていたんだそうだ。


「じゃあ、もっと早く教えてくれればいいじゃないか」

「いや、それじゃあ面白くないかなーと」

「おっ前! だから、不敬だぞ、それ」

「今更ですよ」



「やっぱり、王家が考えたんじゃなくて、勇者が考えたんだよな」

「そうでしょうね。勇者もとんでもないものを残して行きましたよね」

「え? 勇者って日本に帰ったの?」

「文献ではそうなっていますよ。当時の姫と結婚の話もあったようですが、帰ることを選んだそうです。まぁ、あれだけ日本を連想させる名前を大量に残して行ったんですから、日本に帰りたくなったのではないでしょうか」

「まぁ、そうだよなー。なんで、名前を残して行ったんだろう?」

「それは、あれじゃないですか、当時の王が今度産まれる王族の為に名前を考えてくれって頼んだとかじゃないですか。じゃないとありえないでしょう、ノブナガ陛下にマサムネ殿下って」

「そりゃーな」


「その過程で、臣下の名前も考えてもらったんじゃないですか? 功績を遺したものに下賜したいとか言って」

「フェル、お前、まるで見てきたように…」

「いや、でも、そうとしか考えられないんで」

「まぁ、そうだよな。しっかし、勇者も名付けたのは自分って事にしとけばいいのに、なんで王家が名付けたようにしたんだろうな」


「それは、この先の領主たちに合えばわかりますよ」

 と言って、フェルは意地悪くふふんと笑った。








 そして、俺は勇者が日本に帰ったホントの理由が分かった気がした。



 勇者のヤロー、ネタが尽きたのか、元々こっちを先に考えていたのか、後半の貴族たちの名前はオタク系になっていった。



 俺って海外育ちで日本に来たのは就職してからだから、日本のアニメとかよく知らないんだよね。だけど、フェルは日本の高校生だったから、良く知っていた。


 フェルが言うには


 美少女アニメシリーズ。人気海賊漫画シリーズ。人気スポーツ漫画シリーズ。人気ロボットアニメシリーズ。

 この辺はキャラの名前が元だから随分とまともに聞こえる。。


 召喚されたのが1000年前なんだけど、どうやら、俺たちが生きてた年代から召喚されたらしい。

 フェルの話ではたぶん、中学生か高校生男子(童貞)だろうとのこと。

 なんで、童貞って判るのよ?って聞いたら、そのうちわかりますよってまたはぐらかされた。







「ようこそマイル侯爵領へ。長旅お疲れでございましょう。ごゆっくりおくつろぎください」 



 俺は最後の訪問地であるマイル侯爵領を訪れていた。この領地と王城のある王都との間には広い広い森があり、森の奥深くには凶暴な魔獣が生息しており時々森の浅い所に出てくることもあるので、ぐるっと遠回りをしなければいけないが、森の恵みと広大な畑とでなかなかに豊かな領地だと聞いている。

 確か、侯爵には3人の息子と末娘がおり、親兄弟共に末娘を大層溺愛しているそうだ。末娘は俺と同い年と言うこともあり、婚約者候補の一人でもあるので、侯爵家には滞在せず街の高級宿屋に泊ることになっている。

 今までの領地でも俺の婚約者候補になりそうな年頃の娘がいる領地では念の為に領主の館には滞在せず、宿に泊まることにしていたので、今回もそうしただけなんだけど、そうしておいて本当に良かったと、この後、心から思うことになった。



「殿下。私の家族を紹介させていただきます。妻のイルカです」

「ようこそおいでくださいました。マイル侯爵家侯爵ディルードの妻、イルカにございます」


  ………ん?


「マイル侯爵家嫡男のペーニスでございます」


  …………え?


「次男のオナーニでございます」


  ……………は?


「マサムネ殿下!! お会いしたかったですわ!! 私、あなたの妻になるアナールと申しますの!!」


  …………………ごめん、ちょっと脳が理解するのを拒否したみたい。



「こらこら、アナール。殿下の妻になるかはまだ決まっていないんだから」

「え~。でも、お父様。私以外に殿下の妻にふさわしい女性はいないとおっしゃっていたじゃありませんか」

「もちろん、そのとおりだよ。でも、まだ正式に決まったわけではないからね。アナールだってマサムネ殿下と初めてお会いするんだから、好きになれるかわからないだろう?」

「ええ、でも、お噂通り私にふさわしい美しい容姿をしていらっしゃるもの。問題ないわ」

「そうかそうか。では、殿下の滞在中にうんと仲良くしなさい」

「ええ、もちろんよ!」




 俺は固まったままギギギッと首だけ動かして、後ろに控えていたフェルを見た。

 俺の何とも言えない目を見たフェルは殿下はお疲れですので、本日はこれで失礼しますとかなんとか適当に言いつくろって、未だ固まったままの俺を引っ張って侯爵家を後にした。





 宿に着いてしばらくソファーに座ってボーっとしていたらしい。


「なぁ、フェル」

「はい」

「あれは、なんだ?」

「あれ、とは?」


 あれって言ったら、あれだよ! ってゆーか全部だよ!!



「なんで名前がエロ用語なの?しかも微妙に変えてあるし」


 そう。今までは全て、そのままの名前だった。だけど、マイル侯爵家だけちょっとモジッてあった。



「私、前に勇者は中学生か高校生くらいの童貞だろうって言いましたよね」

「あぁ、そういえば、言ってたな」

「その、予想の根拠がマイル侯爵家の名前ですよ」

「あの、エロ名前?」

「えぇ。マサムネ殿下は前世で彼女とかいたんですよね」

「あ、俺? いたよ。就職して日本勤務になってからは作ってなかったけど」


 そのうちカナダかアメリカに帰ろうと思っていたから、日本で彼女を作る気はなかったんだよな。ちょいちょい遊んではいたけども。


「ちなみに、初体験はいつですか?」

「フェル、セクハラ~。うーんと…、確か14歳だったかな。近所に住んでた女子大生のお姉さんだった」

「……マサムネ殿下、前世もイケメンだったんですか?」

「うん? 普通じゃね。まぁ、日本人にしては背も高かったからそれなりにモテてたな。フェルは?」

「俺は16歳ですね。事故で死んだときは、彼女とケンカ別れした後だったので、思い出してから後悔しました」


 フェルがちょっと寂しそうに言った。まぁ、そうだよな…。


「そっか、その彼女、立ち直って幸せになってるといいな」

「…そうですね」


「で、それがどうした?」


 なんで、俺の喪失年齢が関係あるの?


「マサムネ殿下は海外育ちなので、分からないかもしれませんが、日本の中学生男子は辞書でキスやセックスといった単語を見つけるだけで、興奮できる生き物なんです」

「はぁ?」


 辞書のエロ語を見ただけで? 何で?


 俺が心底分からないという顔をしていたのだろう。フェルが「その顔、間抜けですよ」と言いながら、どう説明しようかと考えていたのだろう、上を見ながら「うーーん」としばらく唸っていた。




 しばらくして、


「うーん…。11歳くらいからですかねぇ。だんだんエロいことに興味を持ち始めるのが。最初は同級生の女の子の胸をこっそり見たり、父親が買う週刊誌のグラビアをこっそり見たり、兄がいたら兄のエロ本やDVDをこっそり見て鼻血出したり…」


  見るのは全部、こっそりなの?


「夜中にこっそり起き出して深夜番組の水着のお姉さんを見たりして、そうして妄想を膨らませるんですよ」


  妄想なんだ…。


「クラスにちょっと発育のいい可愛い女の子がいちゃったりすると、夜はその子とエロいことする妄想で頭の中はいっぱいですよ。なんでうちの隣りに可愛い幼馴染が住んでいないんだとか、隣に住むなら年上の美人お姉さんもいいよなーとか、ちょっと無理矢理つけられた家庭教師の女子大生がエロ可愛いかったら最高! とか…」


  フェル…。それはお前が思っていたことなのか?



 なんか、ちょっと熱く語っているフェルを冷めた目で見てる俺がいる。フェルってもっと優秀で冷静で腹黒な奴だと思ってたんだけど。




 俺、父親の仕事の影響で国をまたいで引っ越しが多かったから、誰かを好きになってもすぐ別れることになるって思って、大学の頃まで誰かに恋愛感情を持ったことなかったなぁ。

 そもそも性欲も強くなかったから女の子の胸を見てドキドキすることもなかった。ティーンエイジャーの頃は何人かと付き合ったけど、みんな向こうから言ってきたから、いいよ~って軽い感じで付き合ってた。そんなんだからすぐ振られてばっかだったんだけど。


 カナダの大学に入学と同時に1人暮らしをして、初めて腰を落ち着ける生活が始まったような気がした。少なくとも大学生でいる間に引っ越しはしなくていいんだって思うとうれしかった。

 そして、彼女が出来た。

同級生の女の子で取ってる講義がけっこうかぶってて、席が隣になることが多かった。話しやすくて、一緒にいて楽しい子だったのでなんとなくいい子だなーって思ってたんだけど、そのうち自然と付き合うようになった。

 うん、まぁ、俺の遅い初恋かな。結局、俺を狙って近づいていたらしい肉食の彼女は、草食の俺に対していろいろ不満が出てきたらしく(主にエッチ方面で)、早々に振られてさっさと肉食男子と付き合い始めたんだけどさ。



 まぁ、そんな訳で、日本の中学生男子の妄想力が理解できないんですが…。




「―――そうして妄想だけで寂しい中学時代を過ごした俺ですが、高校に入ってやっと! やっと!! 念願かなって彼女が出来たんです! 俺はフツメンですから、彼女もそれなりの容姿でしたけど、それでも! 俺には可愛い彼女だったんです!!

 最初は手をつなぐのも恥ずかしくって、初めてキスをした日は眠れませんでした。初エッチはお互い緊張して彼女の胸を見ただけで鼻血が出そうでした。でもなんとか無事につながることが出来て彼女も幸せそうでした。このままずっと彼女といたいと思っていたのに…」



  途中から、フェルの思い出話になっていた。あれ?全国の妄想男子の説明をしてくれてたんじゃなかったっけ?




「はっ! すいません、私としたことが…」

「うん、大丈夫。気にしてないよ」


 妄想と言うか回想から現実に戻ってきたフェルが、ちょっと恥ずかしそうに謝ってきた。



「で、日本の中学生が妄想で生きているのは分かったけど、それと勇者がどうつながるんだ?」

「ごほんっ! えっとですね、つまり…、童貞男子は頭の中がものすごいことになっていますが、言葉にするのは苦手なんです」

「えっと、その妄想を?」


 まぁ、そりゃ、そんなことを頭の中で考えてることがクラスの女子にばれたら、一気に嫌われ者になるよな。


「ええ。未知の世界の単語を口にするだけで妄想が膨らみまくりますからね。そして、童貞男子はシャイなんです。特に性に目覚めたばかりの中学生は。なので、エロ知識や大人のおもちゃに興味はあれど、口に出す勇気はないんです」

「あぁ、そう」


  大変だな、日本の中学生男子って。


「勇者は今までの名前を見ていただくと分かるように、かなり博識でオタクでしょう。たぶん、自分で異世界物の小説を書いたりしていたと思います。剣と魔法の世界でチート能力を授かって俺TUEEEEEをして、ハーレムを築く系の小説です」


  フェルってば、具体的すぎない?


「ハーレムを妄想するなら必須となる女性に関する知識ですが、童貞男子には敷居が高い。

 なぜなら今まで碌に女子と話したこともなかったから。女の子が好む話題も女の子が言われてうれしいセリフも分かりません。

 だけど! だけども!! やっぱりあこがれる、スマートに女性をエスコートし、時には情熱的に女性を口説き落とす大人の男。そんな男なら18禁用語だってベッドの上でさらっと口にすることでしょう」


  え~、そうかなぁ。あの最中にエロいこと口にするのってなかなかないよ。せいぜい好きだよって言ったり、気持ちいいか確かめるくらいじゃない? 



「だから、勇者もエロ用語には興味があった。でも、経験がないゆえにそのまま書くのは恥ずかしかったのでしょう。だから、ちょっともじったんですよ」


  へぇ~。


「あこがれの勇者として召喚されて魔王を倒したけど、ハーレムは築けなかった。何故なら女性の気持ちが分からないから、それぞれが満足のいく愛を与えることが出来なかった。そもそも、魔王を倒すパーティの一行が女性ばっかりとかありえないですしね。

そして、ハーレムは諦めて王女と結婚もいいなと思い始めた頃、小説用に書き溜めていた、メモが当時の陛下の手に渡り王家で名前として使わせてほしいとお願いされた。それから、請われるままにいろんな名前を考えていたところ、ネタとして見せる予定のなかった18禁用語名前もいずれ家臣に下賜されることになってしまった。近い将来のことを考え、童貞勇者は恥ずかしくなり名前は王家が考えたものとしてもらうよう伝えて日本に帰ることにしました」


  あ、結論が出た。フェルってば、まるで見てきたように…。



「つまり、女性経験が豊富であれば、マイル侯爵家の名前はそのものずばりになっていた、と?」

「はい。私はそう考えています」

「なるほどねー」


  まぁ、本当かどうかは分からないけど、勇者と同郷のフェルが言うんだからそうなんだろうな。



「勇者が童貞中学生男子ってのは分かったけど、何、あの変なご令嬢は」

「あぁ、マイル侯爵家が溺愛するご令嬢ですね。溺愛しすぎて我儘放題の常識知らず、世間知らずに育ったようです。幼いころから将来はマサムネ殿下の妻になると言われて育てられたらしいですね。婚約者候補のお一人でしかないのですが…」


「俺、無理だぞ。あんな女。たとえ完璧なご令嬢だったとしてもあの名前でアウトなのに、あの全力で世界の中心は私って思っているような女はゴメンだ。あいつ、決定権は俺じゃなくて自分にあるような口ぶりだったじゃん」

「実際にあのご令嬢にしてみれば、そうなんでしょう。侯爵もそんな感じの事言ってましたしね」

「それに、あいつと結婚してみろ、俺の親戚が歩く18禁だらけになるんだぞ!」

「ぶっ! 歩く18禁…くっくっく…」


  フェルさんや、笑いごとじゃないんだよ。お前の嫁にしてやろうか。



「まぁ、侯爵家はどう思っているか知りませんが、最終的に決定するのはノブナガ陛下ですからね。マサムネ殿下の意思を尊重して下さるのではないでしょうか」

「おう、マイル侯爵家との縁組は全力で拒否だな」






 そんな話をした次の日。


 フェルとお忍び姿で街を視察しようと、宿を出て歩き始めたところでガラガラと馬車の音がして「お待ちになって~」と女性の声で呼び止められた。

 振り返ると、真っ白な馬車から、半身を乗り出したあのご令嬢が手を振っていた。


「フェル………」

「……諦めてください。とりあえず、何か理由を付けて追っ払ってください」


  お前~、そう簡単に言うけどさ、あいつ話通じなそうなんだけど…。


 馬車から降り立ったピンクのごってごてのフリルが沢山ついたドレスを着たボール…いや、ご令嬢が、

「殿下! 私、あなたの妻になるアナールが街を案内して差し上げますわ」


  え~、いらないし。お忍び姿の俺に大声で殿下とか身分が分かる呼び方はダメでしょうに。しかも、その衣装で街歩きとか、ありえないし。


「申し訳ありません、マイル侯爵令嬢殿。私たちはお忍びで、普段の街を見学したいのです。ですので、申し出はありがたいのですが、お断りさせていただきます。では、これで」


 俺はさらっと、早口でお断りをするとフェルと一緒に足早に歩きだした。


「あ、お待ちになって!!」

 なんか言ってるけど、聞こえなーい。

 




 足早にご令嬢の元から立ち去り、護衛の騎士のアンドレが知っていた大通りから外れたところにある喫茶店に俺たちは入った。ここなら、見つからないだろう。アンドレ、グッジョブ!

 あ、ちなみにアンドレは西洋の歴史を描いたアニメの名前をもらった子爵家の出だ。違和感ないよ、良かったね。



「なにあれ、気持ち悪いわ~」

「ダテ様、一応侯爵家のご令嬢ですよ」

「いや、だって、あの目、見たか? 捕食者の目だったぞ。すっげー肉食女子だぞ」


 しかも甘やかされてるから、ちょっとってゆーか、だいぶぽっちゃりなんだよな。顔はそもそも中の上くらいだし。それなのに、あんな、ピンクのボリュームあるフリフリドレスで髪はドリルだぞ。身長も低めなのでパッと見ピンクのバランスボールだった。



 関係ないけど、ダテ様は俺のお忍び用の仮名だ。もちろん、由来はあの眼帯の方からだ。



「マイル侯爵は普段は有能な方なんですけどね、娘の事になるととたんに親バカになるって評判ですよね」

「え? そうなの? それを早く言えよ!」

「いや、私もあそこまでひどいとは…」


 まじで、娘の突撃を無礼だと諌めないどころか、快く送り出してそうだよな。


「もう、この街出たい…」

「早すぎますよ」

「だって、ぜってー明日も来るぞ、あいつ」

「ダテ様、あいつ呼ばわりは失礼ですよ」

「そんなこと言ったって、名前呼びたくないじゃ…、あれ?」

「はい? どうしました?」

「フェルも名前言わないよな?」

「……名前、ですか?」

「なに、とぼけようとしてんだよ! よし、じゃあ、マイル侯爵の名前は?」

「………忘れました」

「なに、しれっと嘘ついてんだよ! じゃあ、マイル侯爵令嬢の名前は?」

「年頃のご令嬢の名前を呼ぶのは失礼に当たりますので…」

「本人いないんだから構わねーよ! ほら!」

「いやですよ。私だって羞恥心があるんです! あ…」

「ほーらーみーろー!!」



 そんな感じで、マイル侯爵家の話題には名前が出てくることはなかった。侯爵・長男・次男…って感じで。

 ちなみに、侯爵はディルード、長男はペーニス、次男はオナーニ、三男はキース、長女がアナールだ。


 うん、覚えなくていいや。ただ、3男だけは普通に聞こえる名前でよかったねと思った。





 その後、1時間くらいで店を出た俺たちだが、明日どころか今日の数時間だけで、行くとこ行くとこあいつが出没するので、早々に宿に引き上げた。どうやら、侯爵家の私兵を使って俺たちの足取りを追っていたようだ。





「もう、帰る」


 そして、1日と言うか、数時間で疲労困憊の俺はベッドに突っ伏して弱音を吐いていた。


「そうですね、早朝に出立しましょうか」

「えっ!? いいのか?」


 珍しくフェルが同意してくれたのでびっくりして聞き返してしまった。だって、我慢しろとか言われると思ったのに。


「いや…、あの方、私にまで狩人の目を向けてくるんですよね…。あの目で見られるのは、ちょっと……」

「え、フェルにまで? あいつ俺の妻になるとか戯言(ざれごと)言っといて、俺の従者に色目を使ってんの?」


 どんだけ節操なしなんだよ。


「いや、あれは色目ではなく、捕食者の目でした…。色気はまったくありませんでした」

「………あー、なんか、分かる」


 確かに色気は皆無だった。マジで頭からバリって喰われそうな雰囲気だった。

 あいつ自分がモテるとか思ってんのかな? 思ってそうだよな、蝶よ花よと育てられてそうだもんな。男は皆んな自分のことを好きになるとか思ってそう。………ないわ~。





 そして、明朝、日も明けきらないうちに俺たちはマイル侯爵領を出立した。一応、マイル侯爵家には急用ができて早急に王城に戻らなければいけなくなったことを、日が昇ってから伝えてもらった。


 王城に帰還して、父上にはあそこのご令嬢との縁組だけは絶対に嫌だと伝えた。ご令嬢の行動と言動を包み隠さず伝えたら、すぐに分かってくれたから本当に良かった。







 視察旅行から戻って1年後、俺の婚約者が決まったが、もちろん名前を言ってはいけない例のあの人ではない、常識ある可愛いご令嬢である。


 名前はモモンガ。そう、フェルの妹である。もちろん俺は速攻で愛称呼びを提案し、モモと呼ぶことにした。


















お読み下さり、ありがとうございました。


くだらない内容でごめんなさい。

楽しんでもらえたらうれしいです。


ムーンのBLの方に同じテーマで、別の話をアップしています。

BLですが軽いので、嫌悪感のない方はよろしければ読んでみていただけるとうれしいです。

題名は同じですので、すぐ分かると思います。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ