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Alea iacta est - 2

「ただいまー」


 夕日に照らされる我が家の扉を開き、有が帰宅を告げる。

 だがその声に返事はない。有自身もわかってはいたが、習慣のようなもので言わないと落ち着かないのだ。

 母子家庭である北部家は稼ぎ手である母親が家にいることの方が少ない。有が小学生の頃まではそうでもなかったが、中学校に上がってからは留守にする日数が増え、高校生になった今では四ヶ月に一回帰って来るかどうか。

 たった一人の家族。寂しくないと言えば嘘になるが、現在進行形で女手ひとつで育てて貰っているのだから文句を言える立場ではない。

 それに、母親が家を空けるようになるのと入れ替わりに、常に側に寄り添う使い魔が来たのだから、ひとりぼっちではなかった。


「ビト、もう出て来ていいぞ」


 胸ポケットのDS、その中で待機している使い魔に声をかける。

 すると有が操作せずとも画面に召喚陣が浮かび、青白い光が溢れ出す。

 それは玄関で仔狼の形を取り、そのまま更に大きなシルエットを容取(かたちど)る。

 そして光が弾けた時、そこにいたのは可愛げのある仔狼ではなく、逞しい四肢で身体を支える成狼だった。

 雪原色の毛並みを持つ狼型の使い魔。それだけ聞けばCランク相当の使い魔【雪原狼(ホワイトファング)】を連想するだろう。

 だが――


『お疲れ様でした、我が主。休日だというのに御苦労様でした』


 その使い魔ははっきりとした人語を用いて己の主人を労った。

 それに、首周りに立派な(たてがみ)を持つ【雪原狼】など、誰も見たことなどない。平均的な個体に比べて筋肉の付き方もがっちりとしている。

 それもそのはずで、有の使い魔は【雪原狼】ではない。


「御苦労様っていうならビトもだろ。お前の場合、基本的に外出する時はAランクからDランクまで三段階も力をセーブしてるんだから」


 Aランク。それは神話伝説における最上級の幻獣や魔獣を再現した、使い魔の到達点。

 中でも、今は室内だからと大型犬サイズだが本来はホッキョクグマを越える体躯を持つこの【大氷魔狼(フェンリル)】の名前を知らない者など、少なくともこの日本に存在しない。

 炎をすら凍らせる絶対零度の息吹を操る雪原の覇者。それが今、申し訳なさそうに表情を歪めていた。


『いえ。我が主の苦悩は小生も理解出来ますゆえ。確かに苦労は有りますが、三年も経てば慣れるというものです』

「そっか……そうだよな。もうそんなになるんだよな」


 悪名高き狼(フローズヴィトニル)という異称にそぐわない謙虚な物言いに苦笑しつつ、その三年間を思い返す。


「……結局、何も変わっちゃいない、か」


 そう、誰にでもなく呟きながらリビングに入ると、テーブルの上に見覚えのない箱が置かれていることに気付いた。


「あれ? 母さん帰ってたのか」


 玄関にそれらしい靴はなかったし、これを置いてまた出ていったのだろう。

 箱には『to 有』と書かれたメモ書きが乗っている。


「……しょーもなっ」


 おそらくはto youと掛けているのだろうが、本当にしょうもない。


『それで我が主、母上様は何を?』

「ん、ちょっと待てよ……」


 メモ書きにはその三文字以外には何も書かれていない。

 箱を手に取る。さほど大きくない上に重さもあまりない。

 蓋を開け、中に入っていたのは。


「……DS?」


 それは見慣れた一枚のカード型端末。

 違いがあるとすれば、一般に出回っているDSが黒なのに対して、目の前のそれはやや濃い目の紫色。


「けど、なんでいまさらDS?」


 DSを複数持ちする人間はほとんどいない。仮に二枚目を使ったところで、主人が同じなら使い魔はほとんど同じ成長をすることが判明しているからだ。

 それどころか成長速度も半減することもあり、DSは一人一枚が常識となっている。


「別にまだ壊れてもないんだけどなぁ」


 見た目に反してDSは異常なほど頑丈で、車に轢かれても壊れなかったという噂まである。

 バッテリーの問題で交換の目安もあるが、それも五年と旧式の携帯電話に比べてもかなり長い。


「ま、いいか。とりあえず起動っと」


 いくら考えたところで、仕掛人がいないのだから答えは確かめようもない。

 画面に触れると初回起動に共通の標示が立ち上がる。通常ならそのまま個人認証や設定入力に移行する。

 けれど、画面は暗転(ブラックアウト)したまま何も標示されず。


「ん? 故障か……?」


 直後。

 有を中心とした召喚陣が、画面ではなくリビングに展開した。




 悪魔は実在する。

 だが、それは何も現代に再現された新参者(ニューカマー)だけではない。

 語り継がれる偉大な原型(アーキタイプ)もまた、その中に含まれているのだから。

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