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Ultima ratio - 6

「たぁあああっ!」


 気合一閃、無数の【霊軍】が同じく無数の水の槍によって貫かれ、消滅する。


「邪魔! ですって! ばっ!」


 未だ余裕こそあるものの、潰しても潰しても無限湧きする【霊軍】を相手取っての行軍は思った以上に進めず、焦りとも怒りともつかない感情が冥を珍しくも苛立たせる。

 それでもこの二〇分ほどで職員室のある本館二階から一般棟二階、今いる三階の途中までを回り、そこにあった要石を確実に排除することは出来ている。


(急がないといけないのに……)


 それでも要石は見逃さないよう細心の注意を払う。ちょうど頭の上にまたひとつ。


「ていっ!」


【霊軍】の群れを消し飛ばして跳躍。ここまでで充分に慣れた手順で繋がりを断ち、無力化する。


「これでも、だいぶ消したはずですけどね」


 間違いなく一割は削れたはず。しかし結界は相変わらず健在で、揺らいだ様子はない。


(となりますと、もっと確実なダメージを与えないと……)


 もう一度意識を集中させ、結界内の流れを把握する。

 すると、この一般棟の屋上が他に比べて強く願いが集中していることがわかる。おそらくそこがこの結界の中心で、同時に【霊軍】を発生させている場所のはずだ。

 今ここを叩けば、確実に結界を崩すことが出来るはずだが。


「確か、屋上に行くには……」


 一般棟に屋上への階段はない。そこに上がるには特別教室棟に一ヶ所だけある階段から、渡り廊下を伝って行くルートしかないのだ。

 しかし二階から三階に上がる際に渡り廊下を見た時は、そこだけ他の比でない密度で【霊軍】がひしめいて壁を作っていた。この先に行かせまいという意図は見え見えだが、その分突破にも手間取りそうだ。


「残りは、あと三個ですか」


 残りの結晶を確認して、その少なさに自嘲気味に笑う。

 時間干渉に比べれば軽い消費とはいえ、こうも乱発し続ければいくらあっても足りない。


「なら、ちょっとくらいの無茶はしないとですね」


 四階には向かわず、途中の渡り廊下へ。やはりそこにも【霊軍】が黒い壁を成している。

 それを一瞥すると、冥は窓を大きく開けた。


「はあっ!」


 そして外に漂う影を一掃し、窓枠に足をかける。


「ぅ……」


 一瞬、ほとんど四階分の高さにこれからすることへの躊躇いが首をもたげる。

 だが、有たちも自分を信じて命懸けで闘っている。ならばそれに応えなければならないし、この程度で怯んではいられない。


「すぅ……よし!」


 一度大きく息をし、覚悟を決める。


「せえ、のっ!」


 そして、窓の外へ力強く跳んだ。

 それを見ていた【霊軍】、ひいてはその視界を通して監視している【扇動者】はその不可解な行動が理解出来ずにいた。

 突然、自分の敵が飛び降り自殺を図ったとなれば、当然ではある。

 しかし、当の冥はといえば――笑っていた。

 そして結晶のひとつを使いきるつもりで力を込めて。


――Verweile(時よ止ま) doch(れ、), du() bist() so() schðn(美しい).


 重力によって落下し始めた直後、()()()()()()()()()()、ムーンサルトのような動きで大きく弧を描いて屋上に着地。


「……っはぁ! 良かったぁ……」


 策が成功して、肺の中の空気を一気に吐き出した。

 一秒。たった一秒でいいからわずかな空間の時間を停めて、固定したそれを足場に屋上へ跳ね上がる。

 普段であれば訳もない動きも、権能を修正されるこの結界の中ではいつ打ち消されるともわからず、また停止させる空間の座標を、もしくは踏み込みのタイミングを失敗して落下するかも知れない恐怖。

 しかし、冥には成功する確信があった。

 跳び出す寸前、有の願いが爆発的に膨れ上がったのを感じた。それは激しい怒りを伴っていたが、なぜだか冥にとってはそのことが嬉しく、自信を与えてくれた。


「それで、中心は……」


 一般棟の屋上に上がると、複数の【霊軍】を組み合わせたらしい一際大きな要石が、小さな【霊軍】を放出しながら禍々しく蠢動している。


「あれを壊せば、私たちの勝ちですね」


 そう言って、一歩踏み出したところへ。


「おや、伏戸さん?」

「――え?」


 予想外の声に振り返る。


「よかった、あなたも無事だったんですね」


 安心したように渡り廊下の上を駆け寄ってくる男性教諭。

 職員室で倒れていたはずの人物、その無事な様子を目にして。


「……止まってください」


 氷室洋介に対し、冥は右腕を伸ばして制止を求めた。


「? どうしました?」


 困ったように顔を歪める氷室。


「どうして……あなたが、ここにいるんですか?」


 結界に願いを吸い出され、ほとんどの人間が昏倒しているのに。

 仮に有ほどの想いのキャパシティがあっても、【霊軍】が襲い掛かってくるのに。

 仮にそれらを掻い潜ったとしても、普段は施錠された屋上に来る理由など普通に考えてあるはずがないのに。


「どうして? あぁ、それはですね――」


 場違いな笑顔を浮かべる氷室。その顔が、今の冥には能面のように見えて。


――ザシュッ。


「あぐっ!」


 左脚に走る痛み。


 さらに右肩、左腕を切り裂かれ、血飛沫が飛ぶ。


「勿論、君のような邪魔者を始末するためですよ」


 鋼の尖角を持つ【霊軍】を三体従えて、氷室は口角を上げた。


「なら、あなたがこの結界を?」

「えぇ。もっとも理論は構築しましたけど、実際に設置してくれたのは遠阪くんですがね」


 遠阪、それが今有の闘っている相手だろう。


「――ふむ、しかしその彼ももう駄目みたいですね。残念ですが」


 残念そうな素振りを見せず、虚空を見上げて。


「【扇動者】、後々余計なことを喋られても面倒です。殺す必要はありませんが、二度と喋れないようにしてからこちらに来て下さい」

「な――」


 その命令が意味するところを知って、冥は愕然となる。

 死人に口なし。たとえ身体が生きていても、心が死んでしまえば同じこと。それをこの男は何の躊躇いもなく指示した。


「他人の心配をしている暇はありませんよ」


 上着からDSを取り出した氷室の指示で、三体の【霊軍】が冥へ襲い掛かる。


「っ!」


 高く跳躍して鈍色の突進を回避。再び空間を固定し、氷室目掛けて突撃する。

 結界の破壊を優先すべきという理性を、この得体の知れない男を排除しなければという不吉な恐怖が上回ってしまった。


「ほう」


 弾丸のような冥に対し、感心したように吐息を漏らして。


「ですが、残念」


 その背後に、結界の要石に似た陣が浮かぶ。

 そこから伸びた五本の呪腕が、冥の四肢と腰を縛り上げた。


「北部くんもあなたも、単純な出力、パワーは私以上ですがそれだけにいささか猪突猛進にすぎます。こうした搦め手に弱いところは特に」


 まぁ、真っ直ぐなあなたたちらしいですが、と苦笑する氷室。


「ぐっ……んんっ……!」


 願いを吸い取られ、苦悶に喘ぐ冥。その前に歩み寄った氷室は、冥の姿をしげしげと観察する。


「しかし、ここまで完璧に人間への擬態が可能とは……【扇動者】、彼女を取り込んで使うことは?」

『まァ、時間をかけれバ出来なくもないガ。どうすルつもりデ?』


 氷室の影からぬらりと這い上がった一つ目の悪魔が芝居がかった動きで首を傾げる。


「ふふ。いくらでも使い道はあるでしょう。時間干渉という権能は勿論のこと、この容姿なら()()()に買い求める道楽者も多いでしょうし」

「ッ……!」


 足先から頭まで値踏みするように舐め回る視線に、女としての危機感を抱いて冥は気丈に睨み返す。


「おや。見た目は清楚ですがなかなかどうして、跳ねっ返りなお嬢さんで……【扇動者】」

『はいはいヨー』


 冥を戒める呪腕の出力が一気に数倍にまで上がる。


「あああああああっ!」


 激痛に叫びを上げる。その後には圧倒的な虚脱感に襲われ、ぐったりと呪腕に吊るされる。


「ふぅむ、一度で終わりですか? もう少し粘ると思ったのですが」

「………」


 すぐ目の前にいるはずの氷室の声が遠くに聞こえる。

 朦朧とする意識の中、深い闇にすべてを預けてしまおうとして。


(冥! 今どこにいる!?)


 頭の中に響く声が、落ちかけた冥の思考を繋ぎ止めた。


(……有さん……?)

(冥!? どうした!?)


 あまりに弱々しい返答に驚いたらしい。その心配が今は嬉しい。

 しかし、有の念話にも疲弊が見て取れる。そんな状態で合流しても、共倒れになる可能性が高い。


(屋上に……でも、来たら……だ、め……逃げ……)

「ぐうっ!」


 有だけでも逃げるよう伝える念話の途中で、締め付けがさらに力を増した。


「駄目ですよ。私は彼のように相談を許すほど甘くないのですから」


 どうやら念話に気付かれたらしい。その笑顔に嗜虐的な色が混ざる。


「それにしてもしぶといですね。こんな使い魔(モノ)を維持した上で自身も派手に闘う北部くん。いやはや、地味に見えて案外彼は私以上に強欲なのかも知れませんね」


 その、言葉に。


「……う」

「はい?」


 微かな声。聞き取れなかった氷室は首を傾げて。


「違う!」

「――ッ!」


 射殺さんばかりの鋭い冥の視線に、思わず後退る。


「有さんの願いは、あなたみたいな自分勝手なものじゃない! 自分は隠れて、傷付かない保証がないと何も出来ない卑怯者の()()なんかが! 私の大好きな有さんを馬鹿にしないで!」


 拘束した小娘に未だ有利なはずの自分が気圧された。その事実が何より腹立たしく。


「ふ、ふふ……」


 その笑顔を余裕の表れから狂気的なものに切り替えて。


「そうですか……えぇ、卑怯者。大いに結構。何故なら世の中、最後に勝てばいいんですからねぇッ!」


 使い魔に頼らず、その忌々しい顔を殴り付け――


「ぁあああああ――!」

「なにっ!?」


 冥の右手が輝く。その中に握られた最後の結晶ふたつに、単純な破壊のイメージを乗せる。

 そして、手首のスナップだけでそれを投げつけた。


『!』


――ズドォオオオオオン!


 校舎を揺らす轟音。屋上に大穴を空ける爆風に冥を拘束していた呪腕もすべて引きちぎれるが、反動で細身が空を舞う。


(あ……)


 屋上のフェンスを越える。今の自分に権能を使う余裕はなく、後は重力に任せて地上へと落ちるだけ。


(まぁ、でも、いいかな……)


 今の一撃で結界の中心も崩れ、結界が消えるのも時間の問題だろう。

 爆発の寸前で【扇動者】が動いたのが見えたので、氷室はまだ動けるかも知れない。だが有が逃げるだけの時間は稼げたはずだ。


(有さん……)


 ごめんなさいか、さようならか、ありがとうか。

 最後に伝えるべき言葉を考えて――


「――馬鹿、勝手に死ぬな」


 額面よりずっと優しい声と共に、冥の身体が抱き止められた。

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