Ultima ratio - 5
「そらそらそらぁっ!」
「くっ……この!」
四方八方から放たれる火炎、水槍、風刃、雷撃。
その全てを熊をも超える本来の体躯に戻った白狼は凍らせ、引き裂き、あるいは上へと弾き飛ばす。
整然と並んでいた椅子はその余波に巻き込まれて大半が吹き飛び、ひしゃげて使い物にならなくなったものも多い。
「はは、なかなか粘るじゃないか」
「……そりゃどうも」
壇上からの小馬鹿にした声に有もぞんざいに返す。
その身体には今のところ傷ひとつない。だがそれは透瑠も同じことで、加えて徐々に疲労の色が見え始めた有に対し、透瑠の方は未だ余裕で薄ら笑いを浮かべている。
ただでさえ力を吸い、吸われる関係にあるうえ、有たちが他の生徒へ被害が及ばぬように気を配っているのだが、透瑠はそんなものお構いなしにと【扇動者】に攻撃をさせ続けている。
せめてもの救いは、作業も終わりかけでほとんどの生徒が後ろか端にいたことで最初から戦場から離れていたことか。
「でも、さすがにつらいんじゃないかなぁ。ボクとしてはさっさとくたばることをオススメするけど?」
「その提案に、素直に『はいそうですね』って頷くとでも?」
疲弊しながらも、有の目は鋭く透瑠を睨み付ける気力に満ちていた。
「ビト、【凍焔の息吹】!」
『――ッ!』
これで都合三度目の範囲攻撃。いかに強化されようと『凍結』という願いによる因果改変を前に【霊軍】が悉く凍り付き――
「おっと」
しかし、透瑠はDSを掲げて周囲に侍らせた火炎を纏う【霊軍】を集中させ、結界から吸い上げた想いを重点的に供給する。
結果、その周辺だけは凍ることなく【大氷魔狼】の最大攻撃を凌ぎきった。
「涼しいねぇ。でもそっちは熱くなりすぎじゃないかな?」
「ちっ……やっぱだめか」
凍焔という名の通り、炎をも凍らせる概念による攻撃。しかしもともと氷結系の願いは火炎系に対して相性が悪い。
特に、単純な『熱が欲しい』という願いは誰もが抱くものであるゆえに、凍結への処法法としては最適である。
「それにほら、また新しいのが来たみたいだよ」
言うが早いか、壁や窓をすり抜けて凍らせたのと同数かそれ以上の【霊軍】が現れる。
「ったく次から次と、キリがないな……」
「戦いは数って、昔の人も言ってたしね」
倒しても倒しても増援が湧き出し、さらに新たに生まれての繰り返し。さらにはこちらの攻撃への防御策まで完備。
ちらりと横目で、有は窓の向こうに湧き上がる黒焔のような結界を見やる。
(やっぱり結界が崩れないことには厳しいか)
この物量を支えているのはひとえにあの結界が強制的に吸い上げる八〇〇に届くほどの人間の願いだ。
それさえなくなれば【霊軍】は大幅に弱体化し、間違いなく形勢逆転が出来るのだが。
「ふぅん、動かないならこっちからいくよ」
その言葉に、集まっていた【霊軍】が膨張する。
あるものは炎の鬣を振るう獅子に、またあるものは雷を迸らせる猛禽に。
一目見てBランクに相当するだろうとわかる悪魔が数十体、敵意を剥き出しにして有たちを取り囲む。
「こりゃあまた、派手な……」
『しかし、器だけ強化して知性はほとんどありません。所詮は傀儡に過ぎない木偶の坊でしょう』
ビトの言う通り、進化した【霊軍】は見た目には強化されているがその目には本能的な凶暴性しかなく、白狼のような知的な色は感じられない。
『クク、やはりAランクとモなると手厳しいナ』
その全体を支配する影の悪魔は落ち込むような仕草を見せつつ、その一つ目を喜悦に歪めている。
『――やレ』
腕も振り上げる【扇動者】。有無を言わさず悪魔たちは各々の権能を白狼を狙い解き放つ。
『我が主!』
「あいよ!」
呼びかけに応じて有はその首に飛び乗る。すると白狼の巨躯が天井すれすれまで跳躍し、包囲網をステージ側に向かって飛び越えた。
「な――」
『ガアッ!』
【扇動者】が反応する前に火炎の悪魔を爪で切り刻む。
これでもうビトの権能を防ぐ手段はない。
「【凍焔の――」
「ひ――ッ!?」
目の前で権能を放とうと顎を開いた白狼に、透瑠は恐怖から目を見開き――
「――なんてね」
一転、その顔を悪戯の成功した悪童のそれに変えた。
『ぐぅ、っ!』
「どわっ!?」
突如ステージの前に出現した大量の魔法陣らしきものから呪腕が飛び出し、白狼の身体を拘束する。
その反動で有は振り落とされ、背中を強かに打ち付けた。
「はは、ははははは! 念のためにと準備しておいたけど、こうも簡単に引っかかってくれるなんてね!」
壇上で腹を抱えて笑う透瑠。
「くそっ……ビト!」
痛みを堪えて見上げれば、白狼は全身を呪腕に縛り上げられ床に縫い付けられていた。
『ぐ、ううっ……!』
「む、かなりキツく締めてるのにまだ抵抗できるんだ……」
それまで余裕があった透瑠がわずかに眉を顰める。
「この――っ!」
使い魔の戒めを解こうと掴みかかるが、触れる寸前に反発するように弾き飛ばされた。
『貴様は確かニ凄まじい想いを持ってるガ、どうにも直接食う気ニならんのダ。おとなしくしていロ』
「そういうわけだから、そこで使い魔が吸い尽くされるのを見てればいいさ」
「そんなわけに……いくかよ!」
DSを握りしめ、ビトに供給する願いを意識が保つギリギリまで増やす。
だがそれでも拮抗するのが精一杯で、拘束を引き千切るまでには至らない。
「まったく、何をどうしたらそんなに強い願いを抱けるんだか……」
呆れたように透瑠はステージの端に座り、頬杖をついた。
「ま、そんだけ強い使い魔なら手放すのも惜しいかなよねぇ。でもさすがに完全には消滅しないし、存在の基盤は残るからもう諦めたら? 記憶とかまでは保障しかねるけど」
「……うるせぇ」
最初は無視するつもりだったが、聞き捨てならないその言い草に冷や汗を流しながら反応する。
「ビトを見殺しにしろってか? 後で蘇生出来るから? ふざけんな、そんな理由で家族を見殺しにする馬鹿がどこにいる……っ!」
「……家族?」
有の言葉が理解できなかったのか、ぽかんと呆けて。
「……は、ははっ! はははははははははは!」
突然、おかしくて堪らないといわんばかりに笑い始めた。
「何が、おかしい?」
「何がだって? そんなのもう、全部に決まってるじゃないか!」
笑いすぎで涙を流しながら、透瑠は【扇動者】に目で指示する。
「使い魔なんて、悪魔なんて、ただの道具に決まってるじゃないか! そんなモノを家族だなんて思いこんで、しかも見殺しに出来ないとか……あはっ! おかしくないわけないじゃないか!」
「……そうかよ」
透瑠の考え方は極端でこそあるが、そういう考え方をする人間もいることを有は理解している。不快感も露わに有はビトへのサポートに専念しようと――
「たとえばさ」
透瑠の指示で一歩前に踏み出した【扇動者】の肩が盛り上がり、第三の腕が生えた。
「君にとっては、こんな雑魚でも家族なわけ?」
横目で見た有は、我が目を疑った。
『ギ……ギィ……』
その異形の腕には、小さなイタチのような動物が握られていた。
額に埋まった深紅の宝石から、【柘宝獣】に見える。
「まさか、その子は……」
「ん? ボクの使い魔だけど?」
あっけらかんと透瑠は言い切った。
「でもこいつ弱くてさぁ、一応CランクのくせしてNoWでも全然勝てないし……」
侮蔑を込めた視線で己の使い魔を見やる。その目に情けの類は一切ない。
「そしたらある日、【扇動者】が来ていったのさ! 『この使い魔ヲ提供したラ、お前に最強ノ力をくれてやル』ってね!」
誇らしげに、腕を広げてその時のことを朗々と語る透瑠。
「こいつの権能も見せてもらったし、もちろん断る理由もないから喜んで差し出したよ! まぁでもそのせいで消すに消せないから、普段は飲み込んで目に入らないようにして――」
「もういい」
静かに、怒気を孕んだ声。
瞬間――
「……へ?」
透瑠の顔の横を一陣の風が薙いだ。
と思った次の瞬間。
――ばさっ。
背後からの音に振り返る。
「――ぁ?」
ステージ奥に垂らされた幕が、真一文字に切り裂かれて壁面が露わになっていた。
さらにその壁にも、四本の斬撃痕が刻まれている。
「正直、途中から思ってたんだよ」
聞く者の背筋を凍らせる冷徹な声。しかしそれは煮え滾るような怒りをも纏っていて。
「こんなことやらかして、自分は安全圏にいて、生み出した悪魔を操り人形にして、後ろめたさもなく使い潰して……」
心臓が握られたような感覚。何か、とてつもなく恐ろしいものが後ろにいる、そんな気配。
「けど、今の話聞いて確信した……」
ガチガチと歯が鳴るのを抑えられない。
こわい、怖い、恐い――!
「お前は悪党とか外道とか、そういうのじゃない。畜生にも劣る、下種だってな」
後ろをみてはいけない。しかしそのままでいることにも耐えられず、振り返る――
「……あ、あぁ、あ……!」
そこに、いたのは。
「絶対に負けられないし、許さない。その子の痛み、苦しみ、悲しみまで、今から俺が教えてやる――!」
――ルォオオオオオオオン!
オーラとして視認出来るほどの想いを滾らせ、無表情にDSを構える悪魔と、戒めを力技で振りほどき、瞋恚の炎に煌々と目を光らせる魔獣だった。
「う、うわぁあああああ! 【扇動者】!」
その場に腰を抜かし、狂乱して頭を庇うように腕を振り回す透瑠。
『行ケ』
一方で一つ目の影は何の感慨もなさげに腕を横薙ぎにし、それを合図に控えていた悪魔が一斉に飛び出したが。
『――ッ!』
振り返りざまのたった一息。それだけでパワーだけならNoWの全国ランキングにも入れるだろう数十の悪魔が完全に凍りついた。
それも、凍結に耐性があるはずの炎を纏ったものまで、すべてである。
絶対に、こいつにだけは負けられないという有の強い願望が、ビトにこれまで以上の力を与えている。
「な、なん、で……そうだ!」
トラップ式【霊軍】をもう一度発動する。それも、今度は先の三倍の数。並の使い魔ならば数秒と保たず霊子に還るだけの量だ。
だが――
『無駄だ』
もはや息という起動要因すら介さず、ただの一睨み。
それだけで、視界範囲のすべての呪腕が凍り付き、さらに殺しきれなかった勢いでそのまま砕け散った。
「その程度の小手先で、今の俺とビトを止められるとでも思ったか?」
『我が同胞に対する悪逆無道、赦されると思うなよ』
「そ、そんな……」
万策尽きて、だらしなく床を這いずって、透瑠は影の脚に縋った。
「なぁ! お前言ったよな!? 最強の力を僕にくれるって! ならあいつを倒せよ、出来るんだろ!? 今すぐにさぁ!」
『………』
その嘆願に、しかし影は反応を見せず。
「おい! 聞いてるのか――」
『黙レ』
高圧的な声に、透瑠は反射的に腕を放した。
「い、今、なんて……?」
『黙レ、そう言っタ。貴様はもう用済みダ』
「何を――んぐっ!?」
「な――!?」
掴んでいた【柘宝獣】を放り出し、透瑠の顔に【扇動者】はその第三の腕を押し付ける。
「んっ! ん――――!」
必死に苦悶の声をあげ振り解こうと暴れる透瑠だったが、その動きは徐々に緩慢になっていき、やがて完全に動かなくなった。
それでも影はしばらく手を放さず、ようやく放した時には透瑠の顔色は蒼白で、白目を剥いて糸の切れた人形のように倒れ伏した。
『フン、量だけハそれなりに多いくせニ、味は最悪だナ』
忌々しそうに【扇動者】はそう言って、有たちを振り返った。
『というわけデ、お前が言うところノ下種は再起不能ダ。満足だろウ? 良かったナ』
「……どういうつもりだ?」
突然協力者のはずの透瑠に攻撃した、その意図が読めずに問う。
『別に大しタ理由でもなイ。いい加減子守りモ煩わしかったところニ、本来の主人ガお呼びなのでナ』
「本来の、だと?」
『ハ、こんな卑屈なガキガこうも大それた計画ヲ立てて実行するト、本気デ信じたのカ?』
つまり、透瑠は自分の意志で動いたつもりで、その実――
『ではナ』
「なっ! 待て!」
しかし影は霊子化すると、そのままどこかへ消えてしまった。
「くそっ! どこ行きやがった……!」
『……我が主、もしやとは思いますが、冥嬢と黒幕が接触している可能性は?』
「っ、そうか!」
それならば黒幕が【扇動者】を呼び戻した理由もわかる。
(冥! 今どこにいる!?)
現在地を訊こうと念話を送る。
(……有さん……?)
(冥!? どうした!?)
返ってきた念話の弱々しさに、有の背に汗が伝う。
(屋上に……でも、来たら……だ、め……逃げ……)
そこで念話が途絶えた。
「屋上か……」
居場所はわかった。だが、冥は来るなと言っていたうえに、かなり消耗していた。
もし追い詰められているのだとしたら、敵は有が合流したところで敵わない相手なのかも知れない。
「……関係あるか。行くぞ、ビト!」
『承知!』
そう、いくら逃げろと言われようと、家族を見捨てるくらいならそれが自己満足だろうと死んだ方がマシだと本気で思うからこその有だ。
勢いのままに非常口から外に飛び出そうとして。
「っと……ごめんな」
その前に、打ち捨てられた【柘宝獣】とDSを抱え上げる。
『……ギュゥ……』
安堵からか限界だったからか、小さく身動ぎして宝石を戴く獣は霊子になってDSの中へ還っていった。
「君も……それに主人の分も、仇は絶対取るから今は寝ててくれ」
正直、透瑠に対する同情はさらさらない。自分の使い魔とこの学校にいる人間にこれだけのことをしたのだから、自業自得だろうとさえ思う。
だが、そうなるように透瑠に入れ知恵をし、一人勝ちしようという人間がいる。ならば、行き場を失ったこの怒りはそいつにぶつけてやるべきだろう。
DSをポケットに入れ、今度こそ体育館を出る。
すると予想通り、無数の【霊軍】が有たちに向かってくるが。
「邪魔だぁあああああ!」
間髪入れずにすべてを凍らせ、ビトの背中に乗る。
『行きます!』
体育館の上へ一息に跳躍。そこからさらに本館の屋上に跳ぶが、冥の姿は見えない。
「なら一般棟か、急げ!」
(冥、待ってろよ……!)
胸ポケットに入れたDSを、制服の上から握り締めた。




