Ultima ratio - 2
「あれ?」
もうあと少しで終わりというところまで来て。
あとはどの作業が残っているのかと辺りを見渡して、有はいつの間にか冥が姿を消していることに気付いた。
「米倉。冥見なかったか?」
「冥ちゃんなら、さっき何人かと一緒に氷室先生に呼ばれてたみたいだけど?」
「氷室先生に?」
ふと昨日の一件が脳裏をよぎる。
あの場では亜理葉に説得されたようで、氷室もその後は特に何も訊いてこなかったが、納得していないように有には見えた。
とはいっても、今日の氷室は体育館での準備の監督を担当してもいる。呼ばれたのも冥一人だけではなかったようだし、おそらくはそちらの話だろうと結論付けた。
それにいざとなったら念話で連絡しあえばいい。
「まぁいいや、サンキュな」
「ふふふ、北部くんも過保護だよね。まぁ冥ちゃん同性から見てもすっごく可愛いから、心配するのも無理ないけど」
「別に、そういうのじゃなくてだな……」
実際保護者みたいなものではある。
家族に例えるなら手のかかる妹、というところだろうか。冥の実年齢はわからないが、訊くのも藪蛇な気がする。
「違うの?」
「違う。単にいろいろ危なっかしいから面倒見てるだけ」
「じゃあ、冥ちゃんが他の男の子と仲良くしててもいいんだ?」
「そんなの、冥の勝手だろ」
と言いながらも、冥が自分以外の男子に笑っている姿をイメージしてみる。
想像の中の冥はいつもは自分にだけ見せる花のような笑顔を、どこの馬の骨ともわからない野郎に向けている。
「………」
なぜだか無性にイラッとした。
「あ、嫉妬してる」
「だから違うってーの」
言い返すが、自分でわかるほどに声に力がなかった。
「まあまあ。わたしは応援してるよ? 二人ってなんだかよく似てるし。うん、お似合いだと思う」
「似てるか? 俺と、冥が?」
むしろやや無愛想な自分とわりあい人当たりのいい冥では反対もいいところだと思うが。
「えと、なんて言えばいいかな。冥ちゃんっていつでも真っ直ぐ、自分に正直に生きているって感じ、しない?」
「真っ直ぐすぎて、しょっちゅう振り回されている気もするけどな」
悪魔としても人としても未熟で、目に映るすべてが新鮮で、時に空回りしながらも常に全力でぶつかっていく。
けれどそんな一途な冥だからこそ、自分に仕えたいという心からの願いを尊重して使い魔として側にいることを有も認めている。
「で、一方の北部くんは、冥ちゃんみたいに真っ直ぐな子が好きなんだよね?」
「好き、って……いや、その、なんだ……」
「あ、人間としてって意味だけど……ごめん北部くん。顔すごいことになってるから落ち着こう。ね?」
スナギツネのような渋面になる有をどうどうと舞花はなだめる。
気を取り直して。
「……そりゃ、頑張ってる人間は誰だって応援したくなるだろ?」
「それはそうなんだけど……北部くんの場合、それが他の人と比べても頭ひとつ飛び抜けてるっていうか……」
舞花の言いたいことはわかる。なにせ自分のことだ。
「北部くん、普段はわりといい加減なところあるし……」
「っておい」
「時々すごい皮肉屋だし、一度決めると強情で折れないし……」
「おーい、米倉さーん?」
「あと、急に不機嫌になることもあるのに、その理由はぜんぜん教えてくれないし……」
「いじめか? なぁ、さすがに米倉にここまで言われたら泣くぞ俺?」
「でも」
「……でも?」
穴がなくても掘って入りたい衝動に襲われた有に、舞花は片目を瞑った優しい笑顔で。
「本当に心から、素直に正直に生きてる人には誰よりも真摯で優しい人。それが北部くんだとわたしは思うわけなのですよ」
屈託なくそう言い切る舞花に、有は。
「………」
何も、言えなかった。
決して舞花のことを侮っていたわけではない。むしろぽわぽわしているようでこのクラスメイトは他人の本質をよく見ている。
それでも、ここまで自分の内面を分析されているとは、有も思ってもみなかった。
「だから、素直すぎるくらい素直な冥ちゃんと、しっかり正面から向き合ってあげられる北部くんは、絶対似てるしお似合いだなぁって思ったの」
舞花が言うのはいわゆる男女の仲というか、惚れた腫れたの観点からの見解だろう。
「……そう、か……俺、うまく付き合ってやれてるかな?」
それに便乗する形になることに少しばかり良心を痛めながら、尋ねる。
「北部くん。女の子は好きでもない人相手でも理由を付けて笑えるけど、本当の笑顔は好きな人にしか見せないんだぞ?」
「……っ、はは。けど残念なことに、いつも素で笑ってる米倉が言ってもまったく説得力がないな」
「あっ、ひどーい! ……ふふっ」
こらえきれず、二人揃って吹き出した。
「っと、それよりちゃんと仕事しないとな」
とはいっても、作業はほとんど終わってしまい有たちの他にも手を止めて雑談している生徒がちらほら見える。
「さっき先生に確認しに行った子がいるから――」
と、舞花が最後まで言い終わる前に。
――世界が、揺れた。




