幕間 - 2
「くそっ!」
怒りに任せて壁を叩き付ける。
そんなことをしたところで壁には凹みひとつ入らず、むしろ拳が痛むばかりだ。
「――ッ」
その痛みにさらに怒りが込み上げてくる。傍から見て自分勝手も甚だしいが、当人はそれに対しなんらおかしいと思わない。
常に自分こそが正しく、歯向かう者が間違っている。目に映るもの須らく――世界すらも平伏して然るべしと心底から信じ込んでいる。
その脇に。
『これハまた、いつにも増しテ荒んでいるナ』
消火栓の影がぬらりと盛り上がり、人型の実体を形作った。
その声はギチギチと翅虫が騒めくように不快で、どこか発音もずれているがかろうじて意味は理解できる。
「お前っ! 何あんな奴らに負けてやがるっ!」
まるで他人事のように嘯く影に怒鳴りつける。
『と言われてモ、我々が受けタ指示はあの氷狼の始末デ、小娘は全くノ想定外ダ』
顔の中心に浮き上がった目は、困ったような色を浮かべているがどこか楽しそうでもある。
その様子がひどく腹立たしい。
「その氷狼すら始末出来てないじゃないか!」
影は肩を竦める。
『なに、あんな末端数匹だけデ倒せルとは最初から思ってなかったサ。地の利ハこちらにあったようだがナ』
「悠長にしてる場合か!」
『……お前こそ、何ヲそんなにイライラしていル?』
「………」
影の問いに答えず、先を促す。
『こちらハ相手の実力を凡そだガ確認しタ。だが向こうハこちらのことを何ひとつ知らなイ。それニ、切り札も今日中にハ完成するだろウ?』
「……そうだ。そうだな、明日になれば、ボクらは最強の力を手に入れるんだ」
言われて冷静に考え直せば、何を焦っていたのだろうとも思えてくる。
偶然とはいえあの【名無しの氷狼使い】がこの学校にいることを知って、無意識のうちに警戒しすぎていたのかもしれない。
『クク。慎重はいいガ、石橋を叩いテ砕いてしまってハ元も子もないゾ?』
「あぁ、お前の言う通りだよ」
『わかってくれたカ。ならば、最後の仕上げモ頑張ってくれヨ』
「お前もな。せいぜい多少なり使える手足を集めておけよ」
『あぁ、わかっテいるともサ』
ぐにゃりとそれまでは一応人型を維持していた影の輪郭が歪み、右肩から第三の腕が伸びる。
その腕に掴んだモノを、単眼で嘲るように眺めながら。
『仮に役立たずでモ、こうして腹の足しにハなるだろうがナ』
「……ふん」
鼻を鳴らしてその場を去る背中を見送り。
『……ク、ククッ……クハッ……』
笑いをこらえるように肩を震わせながら、影は再び闇へと消えた。




