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Age quod agis - 7

「はぁ……」

「どうしたの、冥ちゃん?」


 二日目の試験も無事終わり、放課後。

 頬杖をついて物憂げな表情を浮かべる冥に、舞花が話しかけた。


「なんだか今日一日、ずっとそんな感じだけど?」

「舞花さん……実は、有さんのことでちょっと」

「北部くんの?」


 その有はといえば、今は席を外している。翔もどこかに行ってしまい、今は冥と舞花の二人だけだ。


「舞花さんはNoWってご存知ですか?」

「うん、知ってるよ。わたしは遊んだことないけど」

「それで、ですね――」


 ゲームセンターで初めてNoWを見たこと。

 その時から、なんだか有の様子がおかしいこと。

 帰り道も帰った後も、普段通りに振る舞っているはずの有が、時折何かに苛立っているようだったこと。

 そうした昨日の諸々を、冥は自分が使い魔で有と一緒に生活していることを暈しながら、かいつまんで話した。


「なるほどねぇ……」

「舞花さん、有さんってNoWが嫌いなんですか?」


 その疑問に舞花は少し考えて。


「嫌い……じゃあないと思うかな。あんまりわたしたちも話題にしないけど、凄く詳しかったりするし」

「そうなんですか?」


 言われてみれば、昨日の有はまるで経験者のような口振りだったように思える。


「何て言えばいいかなぁ。うん、北部くんが苦手なのは、ゲームそのものっていうよりそれで遊んでる人の方だと思う」


 確かに、有も最初はあからさまに苦手意識を持っているようで、それでもまだ普通だったように思う。

 おかしくなったのは、試合後の負けたプレイヤーたちの会話を聞いてからだ。


「舞花さん、ねーむれす? って誰のことですか?」


 その名前を聞いてから有は不安定になった。ならば原因はきっとそこにあるはず。


「それって【名無しの氷狼使い】のこと?」

「たぶんそうだと思います。その人が楽をしてたって話が出て、それを聞いた有さんがなんだか、その、凄く恐い顔をして……」

「あぁ……それなら、間違いないかなぁ」


 舞花はDSを取り出し、ネット検索でひとつの記事を表示した。


「これは?」

「三年前の第一回NoW全国大会の記録だよ」

「へぇ……あれ? でもこれ……」


 冥が気になったのは優勝者の名前欄が空欄になっていたことだ。


「うん。名前が登録されてなかったんだって。仮面を被ってて、中学生くらいだろうってこと以外は顔も性別も不明のまま」

「そんな人が……」


 使い魔を使役する才能は年齢に左右されない。むしろ欲望に純粋な子供と、イメージに具体的な方向性を持つ大人の中間にある中高生は、DSという補助器具があることを考えれば下手に現実を知ってしまった大人より適性はある。


「だけどね……」

「……?」


 話を続ける舞花の顔は、どこか浮かなかった。


「今でこそAランクの使い魔もそれなりにいるけど、この頃ってまだほとんど、ううん全然いなくてね。ようやくBランクになる人が増え始めた感じだったかな」


 そうして迎えた決勝戦。Bランク同士かつ氷対炎というカードから、話題はいかに氷の使い魔が食らい付くかに焦点が当たり、どちらが勝つかはそれこそ火を見るより明らか。そう思われていた。


「だけど、番狂わせが起きたんだ」


 今でも舞花は思い出せる。

 あの日、運良く手に入った観戦チケット。最前列で見たその光景を。

 相性の有利もあって誰もが勝利を疑わなかった人型の炎【焔魔霊(イフリート)】が――


――試合開始の瞬間、迸らせた炎もろとも凍りついた。


「……えっ? これって……」


 そして、冥は小さく驚愕の声をあげる。

 試合記録として表示された写真。

 まるで氷の森と化したフィールドに立っていたのは――


(……もしかして、有さん?)


 仮面を被った子供。その後ろに付き従うのは、熊よりも巨大なサイズ以外は見覚えのある白狼だった。




「はぁ……」

「どうした、北部」


 渡り廊下の窓に寄りかかり、頬杖をついて黄昏る有に、翔が声をかけた。


「衛本……別に、なんでもない」

「なんでもない人間が、こんなところで黄昏るとも思えんが」


 隣の窓を開けて、翔も背中を預ける。適当に結っただけの長髪が風に揺れる。


「おおかた、また謂れのない中傷でも受けたってところか。天下に名高い【無名の氷狼使い】様?」

「……それ、次に言ったらキレるからな。あと名高いも何もないだろ、無名なんだし」

「おっと、そりゃ失礼」

「ていうか、気付いてはいるだろうって気はしてたけど、なんで知ってんだよ?」


 三年の間、ビトに苦労をかけてまで隠蔽していたのが無駄になったわりには、有の心は荒れていなかった。

 予感はあったし、そもそも既に荒みきっているからだろうが。


「当時中学生くらいなら今は高校生。狼型の使い魔を連れていて、後はそうだな……その使い魔に誠意のない人間に対する憤りか。これだけ材料が揃っていれば、ある程度予想は立つさ」

「……そっか」


 昨日、冥に他人の感情への鋭さを指摘された有だが、この友人ほどじゃないと常々思う。


「そういうこった。で、これは俺の中の問題だから、ほっといてくれていいですよ、っと」


 しかし翔は何も言わず、ただ隣に立っていた。

 しばらく、二人とも黙って風を浴びていた。


「……なぁ」

「ん」


 口を開いたのは有だった。


「使い魔ってさ、何なんだろうな」

「これはまた、えらく抽象的な質問で」


 訊いた有自身、そうだと思う。


「まぁ一般的な感覚でいえば、餌いらずで手間もかからない、賢いペット……ってところか」

「そんなもんだよなぁ……」


 有のように、対等な家族と認識しているのは少数派だろう。

 そもそも、DSが悪魔をどのように召喚するかは公式に解説されたことがない。一部では直感的に気付いた人間もいるようだが。

 一昔前の育成型ゲームの延長、くらいが過半数の認識だ。


「まぁ、だからといって三年前の()()が許されるとは、俺も思わんがな」

「……珍しいな、衛本が慰めみたいなこと言うなんて」

「俺は事実を言ったまでだ」

「それでも、ないよりはマシだわな」


 有の口元にわずかながら笑みが浮かんだ。




「このあとがね、酷かったんだ……」

「……何があったんですか?」


 写真を見たまま、冥が先を促す。


「うん。最初はね、みんな凄いって、Aランクはあんなに強いんだって言って、素直に優勝した子を褒めてたんだ。だけど――」


――【名無しの氷狼使い】は反則(チート)をしている。


 それは今となっては出所不明の噂。勿論のこと、根拠もあるはずがない。

 しかしその尤もらしい甘言は、するりと人々の意識に滲み込んでいった。

 いつしか疑惑は事実のように騙られて、気が付けばあれは公式が用意したデモンストレーション、悪い言い方をするなら『出来レース』ということで落ち着いていた。

 中にはあまりにも一方的すぎて、はっきり八百長とまで言い切るコメントもあったという。

 優勝者に憧れ続こうとするでなく、妬みからその栄光を引き摺り落とそうという姿なき声。何故ならその方が楽だから。


「そんな……そんなこと、出来るはずないのに……!」


 DSは確かに使い魔を創造し、契約を補助する機械だが、想いの供給を効率化こそすれ増幅はしない。強制的にランクを引き上げるようなことをすれば所有者の精神に多大な負荷がかかり、最悪廃人になりかねない。

 現代でも使い魔のランクはひとえに主人の願う心の強さに他ならないのだ。

 しかしそんなこと、何も知らないならそれこそ関係ないことで。


「わたしもそう思うよ。だけど、その噂を信じちゃう人が少なくなかったから……」

「だからって……」


 そんな噂を信じた――あるいは信じていなくとも便乗した――人間の悪意が、当時一四歳だった有に向けられたのだ。いくら素性を伏せていたとしても、耐えられるものではなかっただろう。


「それが原因かはわからないけど、この子も【大氷魔狼】もそれから公式の場に出て来なくなったんだ」


 ずっと疑問ではあった。有がビトのランクを制限していたのか、それがようやく冥もわかった。


「有さん……」




「正直、浮かれてたってのはあったと思う」


 当時を振り返って、そう自嘲する。


「中学二年でAランクの使い魔を従えて、舞い上がってたのは否定出来ないしな」

「まさに中二病だな」

「まったくだ。返す言葉もごぜーません」


 名前も顔も隠して、ビトの本性も隠し通して、決勝戦で解放して圧倒する。その頃の有が思い付く最高に中二的(ドラマチック)で、きっと誰もが自分の使い魔に憧れてくれるだろうという演出。

 そして、その結果が――


「何も残らず……いやむしろ残らなけりゃよかったんだけどなぁ……」


 残ったのは不名誉な汚名。誰が言い出したのかもわからず、今さら名乗り出て(そそ)ぐことも出来ない。

 だから、それはきっと烙印なのだろう。


「調子に乗った(ばち)、か……」


 それも、自分が言われるのは甘んじて受け入れる覚悟はもう済んだ。

 けれど。


「俺はいい。けど、それを逃げ道に使い魔を蔑ろにするのは、やっぱり認めたくない」

「……なるほどな」




「きっと、北部くんが苦手なのは、使い魔と向き合えてない人なんだと思うな」

「向き合えていない……?」


 それはどういう意味だろう。


「例えば、昨日のその人って負けた後、どんな感じだった?」

「えっと……確か、もっと強い使い魔がよかったとか、その、この人みたいに楽が出来たら、とか……あ」


 つまり、有は。


「うん。そういうのって、使い魔に全部押し付けちゃって、自分は何もしようとしてないんじゃないかな?」

「……そっか、そういうことですね 」


 きっと、有はそうした態度が許せなかった。

 使い魔は主人の願いそのもの。そのことに気付けない、気付けるように真っ直ぐ向き合うこともない。それがやるせなかった。


「春休みの最後の日だけどね。北部くん、美化委員の仕事を手伝ってくれたんだ」

「休みなのに、ですか?」

「休みなのに、だよ」


 しかも舞花(クラスメイト)ではなく、ちょっと顔見知りなだけの隣のクラスからの要請だったにも関わらず。


「北部くんって、その人が本気かどうかに凄く敏感なんだ。それで本心からの頼みごとには、出来る限り応えてあげちゃうの」

「……本気」


 昨日の有の言葉を思い出す。


――名乗った瞬間にな、思ったんだよ。なんでこの子はまるで自分に言い聞かせるように名前を名乗ったのか、って。


 あの時の冥は自分の在り方に固執して、自己暗示のように言っていた。だから本気でないと悟られた。

 一方で、有の使い魔になりたいという本心からの嘆願は、受け入れてしかも家族とさえ呼んでくれている。


「そう、ですね……有さんはいつでも、真っ直ぐに向き合ってくれる人でした」

「うん。でも、そういう考え方が出来る人って、残念だけどあんまり見ないよね。わたしもさすがにあそこまでは真似は出来ないなぁ」

「私もです。というよりきっと、有さん以外の誰にも出来ないと思います」

「だよねー」


 それでも、有が生き方を変えることは出来ないだろうと二人は思う。

 特に冥は、有が持つ莫大な願いの一端に触れてしまったから。


「ねぇ冥ちゃん。冥ちゃんは北部くんのこと、好き? あ、勿論人として、って意味だけど」

「……はい!」


 この話を聞いて改めて思う。有を初めての主人に選んでよかった、と。


「だったら、冥ちゃんも北部くんには正直に接してあげてね。そうし方がきっと北部くんも気が楽だと思うから」


 その頼みに、冥は不安の色が消えた顔で力強く頷いてみせた。




「ま、好きにすればいいんじゃないか?」

「軽っ。……それが出来れば苦労もないけどなぁ……」


 考えてみれば昨日冥によそはよそ、うちはうちと説いておいて、自分がまったく出来てない。


「変わってない……子供(ガキ)のままだったのは俺も同じか」

「何を今さら。俺もお前も、まだ一七にもなってないガキだろ?」

「そうだな……」


 結局は、有も賢しらぶっていただけなのだ。

 理解されないことに苛立って、自分の信念から逃げようとして、なのに逃げきることも出来ずに停滞して澱みに沈んでいた、救いようのない半端者。

 まだ、勘違いしていたとはいえ自分に正直な冥の方が可愛げがある。


「……なんか悪いな。こんな下らない話に付き合わせて」

「なに。お前が普段通りでないと、からかい甲斐もないからな」

「そこは冗談でも友達だからとか言っとけ」

「なら訊くが、もし俺がそう返したらどう思う?」

「気持ち悪い」

「即答出来るだろ? そういうことだ」

「自覚あるならちょっとは改めろ」


 とは言うものの、有は自分とまるで正反対な翔の性格を嫌ってはいない。

 舞花が他人を疑うことを知らないように、翔は自分を偽らない。それが有には心地よかった。


「有さーん」


 呼び声に振り向けば、冥が小走りでこちらに来ているのが見えた。

 と、有の胃が小さな音で空腹を告げた。


「そういえば、まだ昼飯食べてなかったな」


 悩み考えても腹は減る。時間は進む。変わらないものはない。


「俺も、いい加減前に進まないと、なっ」


 軽く反動をつけて窓枠から離れる。


「有さん、衛本さんも。そろそろお昼食べましょうって舞花さんが」

「おぅ。悪かったな、待たせて」


 そう言って、しばらく冥の顔を眺める。


「あの、有さん?」


 どこまでも真っ直ぐで、純粋な、有のもう一人の使い魔。


「いや。今はいい。それより戻ろうぜ」

「……はい。私もうお腹空いちゃって――」


 互いに何か言いたげで、それでも努めて普段通り、連れ立って歩く二人の後ろ姿を見ながら。


()()、か。さて、それはいつになるのかね……」


 訳知り顔でそう呟いて、やや距離をおいて翔もその後に続いた。

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