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Age quod agis - 2

「………」

『………』


 主従、絶句。

 確かに、開いてすぐ目の前には見慣れた服が掛かっている。

 だが、その奥に。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()が広がっていれば、我が目を疑おうというものだ。


「……なぁ、ビトよ。今、目の前に何が見える?」

『……小生の目に狂いがなければ、部屋かと』

「はっはっは奇遇だな。俺にもそう見える」


 どうやら集団幻覚の類でなければ、これは現実の光景らしい。

 衣装箪笥の向こうに魔法の国が広がっている。そんな映画があったなぁ、などと現実逃避もそこそこに。


「おい! これは一体どうい、う……」


 部屋に乗り込み、いるはずの使い魔少女に文句を言おうとして、途中で尻すぼみになった。

 部屋の内装は有以上にシンプルで、家具は白い机とベッドしかなく、それ以外も机の上の通学鞄くらいしか見当たらない。

 その、数少ない家具のひとつであるベッドの上で。

 フリルで縁取られた薄桃色で可愛らしいデザインの下着だけを身に付けた姿で、天使のような――実際は悪魔だが――少女がすやすやと寝息を立てていた。

 絹のような髪の下ですっと伸びた形の良い鎖骨も、柔らかそうなお腹の真中に凹んだ可愛らしいお臍も、ほっそりとしながらも程よく引き締まったふくらはぎも。

 その全てが今、惜し気もなく有の前に(あらわ)になっている。

 それに服を着ている時は気付かなかったが、触れれば壊れそうな華奢な肢体に比較して、一部――具体的には首と鳩尾の間と、腰から太腿にかけて――の発育は、中々のものだった。


(D……いや、Eはあるか……?)

『……我が主』

「はっ……!」


 白狼のどこか冷めた声で現実に呼び戻される。いやまぁ、有も思春期の健全な男子高校生なわけで。

 などと言い訳を考える頭を振って気を取り直し、


「おい、起きろ。起きろって」


 なるべく首より下を見ないようにして、冥を揺り動かす。


「んっ……あれ? 有、さん……?」


 ぱちぱちと数度瞬きをして、ゆっくりと冥が起き上がる。


「はふぅ……どうしました?」


 ベッドの上でぺたんと女の子座りをしながら、眠たげに目を擦る下着姿の美少女。

 年齢イコール彼女イナイ歴を絶賛更新中の有は、刺激が強すぎるその扇情的な姿に目を反らす。


「どうしましたじゃなくてだな。なんなんだこの部屋は」


 世の奥様方が知れば泣いて喜び買い求めるであろう超収納と化した入口(クローゼット)を指差す。


「っていうか、権能使ったのか? 全然気付かなかったぞ」

「……あぁ、なるほどそのことですね」


 有が訊きたいことを察したのか、未だ眠たげな顔で冥は説明を始めようとして――


「待った」


 有はそれを制止した。


「ただその前に、もっと重要なことがある」

「……?」

「いいから服を着ろ――!」


 とうとう我慢の限界というように、有はあらんかぎりの声で叫んだ。





「……えっと、有さんは時間と空間が同じものだっていうのはご存知ですか?」


 召喚された時と同じ衣装を再構成して、ベッドに座り直した冥。

 制服もそうだが彼女の衣服も冥自身の存在の一部らしく、顕在化を解除出来なくともある程度形を変えるくらいなら呼吸と同じくらい容易いらしい。

 その顔は、ようやく目が醒めて状況を理解したからかすっかり紅潮している。羞恥心は人並みにあるようだ。


「……いや、生憎とご存知じゃないな」


 先程のやりとりはなかったものとして、有は話を促す。とはいっても冥ほどではないがこちらも普段に比べれば顔が赤く、熱っぽい。


「なら簡単に説明するとですね――」


 曰く、時間と空間は比例する。一分で移動できる距離より一時間で移動できる距離の方が長いのは当たり前のことだ。

 つまり空間の広さとは時間で定義することが可能で、そしてメフィストフェレスは時間を操る悪魔。


「――というわけで、このクローゼット内部の時間律を引き延ばすことで、少しだけ拡張させてもらいました」

「少しだけ、ねぇ……」


 はたしてその表現が適当かどうか。


「……あの、日本では居候は収納の中に寝泊まりするんだと思ってましたけど、また何か間違えてしまったんじゃ……」

「そりゃ未来から来た青ダヌキくらいだ。にしても、いつ権能を使ったんだ?」


 確かに四六時中冥のことを見ていたわけではないのでそのいずれかの内に施工したのだろうが、少なくとも有が気絶したり気だるさを感じたことはなかった。


「あ、それはちょっとした裏技でして」


 そういって冥が差し出した掌に、真珠色に輝く小さな結晶が幾つか乗っていた。


「今日一日、有さんから供給される想いをこっそり蓄えておいたんです」


 悪戯が成功したような笑いを浮かべる冥。加えて『想い』という言い回しに、何ひとつおかしなことを言ってないにも関わらず有の鼓動がわずかに早まる。


「これは?」


 その変化に気付かれないように注意して、大きめのものをひとつつまみ上げる。見た目は鉱物のようなのに、ほんのり暖かい。


「純化した想念の結晶です。そこまで大きなエネルギーはないですけど、これを使えば有さんに負担をかけずにこれくらいは出来るんですよ」

「へぇ……」

『いやいやいや』


 漫然と眺める有と違い、鋭く射抜くような視線のビトが首を振る。


『そこまで? とんでもない。それひとつでDランク程度の悪魔なら半月は主人の供給を断たれても実体化出来るでしょう』

「……マジか」


 それを聞いて、ふとある考えが浮かぶ。


「なぁ。ちなみにこれ一個作るのって、どれくらい手間なんだ?」


 いかに冥が強大な悪魔だとしても、こんなものをましてや複数用意してまったく負担がないということはないだろう。


「そ、そんなに大したことはないですよ? ちょっと身体がだるくなるくらいで……」


 嘘だ。後半はその通りだろうが『大したことない』は嘘だと察知して、同時になるほどと有は独り納得した。

 冥があれほど眠くなったのは、勿論初めての学校に気疲れしたというのもあるだろうが、裏でこれを作る為に自分のエネルギーにする分を削っていたからだろう。


「はぁ」


 小さく嘆息する。

 有としては試験が終わったら簡単な権能を使った訓練をする予定だった。しかし今こうして部屋を用意し、それでなお想念結晶が余っているということは、それを用いた権能の発現を見越しているということになる。

 多少無理してでもそんな準備をしたのは、そうまでしてでも正しく使い魔として仕えたい――そんな考えからだろう。


「まったく。押しの弱い顔して、とんだ頑固者だったな」

「はい?」

「いんや、こっちの話。それよりこの家具と、あと照明はどうしたんだ?」


 部屋の秘密はわかったが、それだけだと机とベッドの説明が付かないし、電気も引かずに明るいのも不自然だ。


「あ、それは今朝お母様から『物置にある使ってない机と鞄、あと書斎の隅の折り畳みベッドなら使っていーよ』と言われまして」


 何故そこで客間を使わせる発想に至らなかったのか。これも次回問い詰めようと心に刻む。


「照明の方は、有さんのお部屋の明かりが素通りするようにちょっと壁と天井に手を加えてみました」

「ってことは、今俺の部屋の電気を消したら真っ暗になるのか?」

「そうですね。あ、でも気になさらないでくださいね。こうみえて私も悪魔のはしくれ。夜目は利く方ですから!」


 得意気にそうは言うものの、どちらにせよ不便には違いないのではなかろうか。

 かといって、ここまで手間をかけたものを無下にして客間に押し込むのも、それはそれで忍びない。


「……よし、こうしよう」


 少し考え、有が提案したのは。


「明日の午後、ちょっと買い出しに行こう。他にもいろいろ必要なものもあるだろうし」

「え? ……い、いえいえ! そんな、大丈夫ですよ! これだけいただけば充分ですから!」


 両手を振って大慌てで断ろうとする冥に。


「昼も言ったけど、こうなったのはこっちの――いや、九割母さんのせいだから、金は気にしなくていいぞ?」

「いえ、そういうことではなくて……」


 しばらく「あーうー……」と呻いていた冥だったが。


「……私は使い魔ですから、学校にまで行かせていたただいたのに、ご主人様やそのお母様にこれ以上していただくのが畏れ多いといいますか……」

「……あぁ」


 つまり、自分にそこまでの価値はないと言いたいのだろう。

 確かに世の中には使い魔をぞんざいに扱う人間がいないわけではないし、そこまでいかなくとも慰みものとして見る風潮もある。冥の中にある『使い魔の立ち位置』はそういうものを参考にしているのだろう。

 翳った顔で笑う冥に、有は――


「てい」

「いたっ!」


 軽くその額にデコピンをくれてやった。


「な、なな、何を……?」


 目を白黒させる冥。


「あのさ、日本(うちのくに)にはこういう言葉があるんだな――よそはよそ、うちはうち、ってな」

「……ぇ?」


 その時、冥の目に映った有の顔はどこか寂しげで、それでもなお、いやむしろその寂しさを薪として、願いはより一層燃え上がっているようで。


「今は理解出来なくていいよ。とりあえず、明日だけでいいから俺の我儘だと思って付き合ってくれ。な?」

「……はい」


 どうしても断ることが出来ず、気が付けば冥は首を縦に振っていた。


「ありがとう。それじゃ、おやすみ……冥」

「あ……」


 その時になって、ようやく冥は名前で呼ばれて、


「……はい。おやすみなさい、有さん」


 泣き笑いのような顔で、出ていく有を見送った。

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