Alea iacta est - 9
「……というわけで来週の入学式を過ぎれば、三年生はもちろん二年生の諸君も先輩として見本となれるよう……あの、みんな聞いてるかな?」
体育館での始業式。壇上で話す校長のありきたりな話も、今日に限っては例年以上に生徒たちの耳には届かない。
理由はたったひとつ。冥だ。
紹介の後、すぐに体育館へ移動になったためクラスメイトも話しかける暇がなく。
そして移動中にその姿を見かけた他のクラスの生徒を介して、『とびきりの美少女転校生が二年二組にいる』という噂は瞬く間に学校中に広まっていた。
その姿をこの目で見ようと――あるいはもう一度見ようという好奇の目がクラスの内外を問わず冥に向けられ、中には堂々と壇上に背を向けてまで見続ける生徒までいる。
というか教師もさすがに生徒ほどあからさまではないが、大部分がちらちらと冥の方を見ているのだから末期的である。
(お前ら、せめてもう少しこっそりやれよ。校長もう涙声じゃねえか)
おそらく唯一、冥に気を取られずにいる有は校長に同情を禁じ得ない。
――と。
(有さん、有さーん)
有を呼ぶ声。しかしそれは耳を介さず、頭の中に直接響いた。
(……これ、念話か?)
主人と使い魔はどれだけ離れていても経路を用いて会話をすることが出来る。もちろん、使い魔が言葉を使えるだけの知能があることが条件だが。
(はい。直接お話し出来る機会がなかったので、こんな形で失礼します)
(それはいいよ。けど、どういう状況か説明してもらえる?)
いったいどんなからくりを使えば、昨日召喚されたばかりの悪魔が転校生なんて肩書きを得られたのか。
(それがですね、有さんたちが出られてすぐに、電話があったんです)
(電話……? 誰から?)
何となく、最悪の予想が浮かぶがそれを無視して――
(その、愛美さん……有さんのお母様からでした)
――予想、的中。
(それで、『どうせ有のことだから、留守番とか退屈なことさせられてるんでしょ? そんなのいいからユー学校に行っちゃいなYO!』……と)
(……いやいや。それにしてもおかしいだろ、いろいろと)
この件を含め、その自由過ぎる思考について一度家族会議でよく話し合うべきだろうと決意を固めながら、それでも納得出来ないことはある。
(転入の手続きとか、編入試験とかは?)
(それが、学校に来たら校長先生が『あの北部先生の推薦なら……』とおっしゃってまして。……ちょうど電話が終わったところらしくて、何だか凄い冷や汗かいてましたけど)
(そ、そうか……)
研究者としても多くの論文を書いている愛美があちこちに伝手を持っているのは知っていたが、それにしてもいったいどんな脅迫をしたのか……正直、聞きたくない。
(なら、そのどこからどう見ても黄色人種な姿は?)
(あ、これも愛美さんの案でして。悪魔とばれないように擬態しておけばいいから、と)
(擬態って、そんなこと出来るのか? 解除も出来ないのに)
(私も最初はそう思ったんですけど、愛美さんの言う通りに顕在化した私の器の霊子結合率を二五〇パーセント以上まで引き揚げることで、放出される想念因子の因果引力係数を――)
(あぁうん、わかった。いやわかんないけどわかったもういい)
とにかく、理論上可能ということで冥はそれを実践したに過ぎないわけだ。人格的に問題はあるが相変わらず頭脳のスペックだけは天災的な母親だ。
(あとその時、日本人らしい方が目立たなくていいともアドバイスされたので、言われた通りに少し結合具合も弄ってみました。でも、転校生ってこんなに注目されるんですね)
(……いやそれは間違いなく転校生だからじゃあない)
(?)
どうも冥は自分の容姿がどう評価されるものか、自覚がないようだった。
「……あの、もう終わったんだけど……誰か気付いてくれた?」
一方、念話に集中し始めた有にも見限られた壇上の校長は、「厄日だ、今日は……」と肩を落とすのだった。




