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  2-2

 三橋が安摘から詳しく話を聞く間もなく、騎道が駈け付けてきた。その後を狩峨、そして彩子が追い付いた。

 安摘の前に立ち塞がり、三橋が代わりに口を開いた。

「騎道。お前は知っていたのか?」

 三橋と安摘を、騎道は交互に見返した。

「……光輝が、生きて……?」

「ふぬけ者! お前までたばかれたのか……!」

 すかさず安摘の叱責が、耳を疑い続ける騎道を打った。

「安摘ちゃん。それは誰から聞かされたの?」

 彩子には強く出れずに、騎道を睨みながら安摘は答えた。

「香瑠お姉様……」

「そんな……」

 絶句する騎道。彩子が寄り添い、腕を掴んだ。

「藤井沙織を、連れていったそうだ」

「二人で日本を出るのよ! もうお戻りにならないの!」

 安摘は両手で顔を覆った。子供のように細い肩が、大きく揺れる。

「! 安摘さまっ……」

 狩峨が駆け寄る。

「……触らないでよっ。裏切り者は嫌い。放っておいて!」

「こいつはお前のことを、ずっと心配してたんだ。そんな言い方よせ」

 静かに、三橋は諭した。顔を覆った両手の中でしゃくり上げながら、安摘は呟いた。

「……狩峨。私が帰ってきて嬉しい?」

「勿論です!」

 ……お前な、他に言い方無いのか……?

 それでも喜ぶガキが居るのだから、よしとするか……。

「安摘。お前は二人に会ったのか?」

「ううん。教えられだけ。それも、三日前に。

 今ごろは、もう日本にいらっしゃらないわ……!」

「……三日前……。やっぱりあれが、光輝だったのか……!」

「何? 騎道……?」

「彩子さん、代行と一緒に居て下さい。僕が戻るまで」

 騎道はネクタイを緩めながら、後ずさった。

「お待ち、騎道! どうする!? 引き止められるとでも?」

 顔を上げた安摘が、騎道を追いかけ目前に立った。

「止める! どいて下さい、安摘さん」

 その場の全員が、騎道の言葉に耳を疑った。

 安摘は騎道を見据えながら、軽く頭を振った。

「……お前、そこまで愚かだったとは……」

 安摘の両眼に新たな怒りが閃いた。

 だが騎道は、それを打ち払うような激しさを返した。

「どきなさい!

 光輝が生きているなら、勝手な真似は許されない!」

 背後から腕を引かれ、騎道は少しバランスを崩した。

「……三橋」

「止めてどうする? 好きあってる人間を引き離すのか」

「……仕方ない。こんなことは禁忌だ。

 自分の立場を忘れ、こんな形で逃げ出すなんて狂ってる。一時的な感情に流されている

だけだ!」

 三橋は、声を荒げる騎道に痛ましさを感じた。

「……それって、お前のセリフじゃないぜ?」

「? ……僕の……?」

 言葉の意味が飲み込めず、騎道は三橋を見返した。

 ……僕の…………?

 三橋の瞳に映る自分に、騎道は恐慌をきたした。自分自身を嫌うように三橋の手を引き剥がす。追いすがる手を夢中で押し返す。

「騎道……!?」

 彩子の不安に駆られた呼び声も、騎道には届かない。

「お前、何を怖がってるんだよ……?

 何の為に生きてるんだよ! ロボットかよ?

 禁忌ってなんだよ? 誰に命令されてる……!?」

 三橋は必死で、言葉を紡ぎ続けた。

 始終、感じ続けていた、騎道を縛る見えない鎖。

 三橋は、この時はっきりと目にした。騎道だけでなく、久瀬光輝にも呪縛は絡み付いていた。

 光輝は、その枷を断ち切った。藤井沙織と共に。

 彼女を愛することで、自由を得たのに……!

 騎道は正反対だ。それを完全に否定したいと望んで、心のすべてで喘いでいる。

「お前さ……。一体、なんなんだよ……?」

 騎道は、三橋から身を引いた。触れられたくないと、距離を置いた。

「あいつは幻を見ているだけだ……!

 目を覚ませば、自分が間違っていることに気付くはずだ」

「目を覚ますのはそっちの方だろ!?

 お前にそんな権利はないぜ。いい加減にしろ!」

 顔を逸らす騎道。聞き流そうと、唇を強く引く。

 拒絶の殻に、三橋は苛立ち、騎道の胸元を掴んだ。

「誰が誰を愛そうが、そいつの自由だ! 誰にも引きとめられない。簡単なことだろ? 騎道!?」

「……」

「お前はどうなんだ? そんな愛し方ができるのかよ!?」

 揺れ続ける黒縁眼鏡の奥にある瞳。食いしばった口元。

 制服を堅く握った三橋の拳に、騎道はガッチリと手を重ねる。引き離そうと力を込めた。三橋は譲らない。

「……騎道? 私、知ってたの」

 耳を疑い、騎道が彩子に顔を向けた。

「……いつ? いつ、知った?」

「昨日の朝、送ってくれたのが彼だった……」

「なぜ、言ってくれなかった!?」

 なじり、詰め寄ろうとする騎道を、三橋が体で阻む。

「口止めされたわ。日本を離れるまでは、黙って……」

「どうして君まで……!!」

 騎道の叫ぶような責めに、彩子は肩を強張らせた。

「よせ、騎道っ……!」

「あなたのこと、最初から嫌っていなかったって言ったわ。

 こう姫を愛したこと、沙織さんを愛したこと。後悔していないって……。

 あの人、笑っていたわ。幸せそうだった」

 三橋に阻まれながら、騎道は身をよじるようにして吐き捨てた。

「そんなのは幻想だ! クリオンに結婚生活なんて無理なんだよ。それを見越しているから、黙って行かせたんだ。

 彼が仕掛けた最悪の罠なのに!

 あいつ……、大バカだ……」

「騎道! 光輝にとっては沙織さんは『運命の女』なの。

 信じない……? あなたは信じたくないだけでしょう?」

 力尽きたのか、騎道は抵抗を緩めた。

 ほっと息をつく彩子。三橋は、まだ不安だった。

「……放してくれ、三橋……」

「あ、ああ……」

 内心、三橋は身構えていた。騎道の表層に噴き出し続けていた、怒りと困惑の感情が、一瞬で拭い去られた。

 すべてが騎道の内部に向けられ、騎道の心を切り裂くのではないか……と。

「! 騎道……!」

 身を翻し、騎道は歩き出した。彩子が追いかける。

「一人にしてくれ。彩子さん。

 ……代行に会うだけだ……」

 堅く、完全な拒絶を残し、騎道は一人立ち去った。

 声も出せずに、三橋は立ち尽くした。

「……困っちゃうわね。こういう時、騎道って全部隠して、一人で先に行っちゃうんだもの」

 彩子の声に、三橋は救われたように瞬きをした。

「あれじゃ、どうやって手を貸したらいいのか、あたしたち、わかんなくなるのにね」

 そっと、冷えた腕をさすりながら、彩子は肩をすくめて見せた。微かに、言葉を震わせたのは、寒さのせいではないだろう。動揺を残しながらも、気丈さを保つ彩子に、三橋は息を飲んだ。

 ……変わったな……。

「騎道の奴、動転し切って手が付けられないな……」

「秀一」

 騎道の消えた方向を振り返りながら、駿河秀一が姿を現した。

「話を聞こえた。大丈夫か、彩子?」

 うなずいて返す彩子。騎道より、彩子が心配で駿河が賭け付けてきたのは、これではっきりした。

「そっとして、あげるしかないわね……」

 自分自身を納得させるように、彩子はつぶいた。

 駿河は彩子の視線を捉え、安心したようにうなずいた。

「私、ここで騎道を待っているから。ありがと、秀一」

「……。何かあったら、いつでも呼べよ」

 手を振って断ろうとする彩子の肩に、駿河は自分の制服を着せかける。

 ……こいつも、知ってるわけか……。

 三橋の存在を無視し続け、引き返す駿河。

 避け続ける駿河の態度に、三橋は直感した。

「……何よ、あれ。泣きたいのは、私の方なのに……」

 立ち入るスキの無さに、唖然としてただけの安摘は、静まり返った中にポツンと呟いた。

 騎道の剣幕に押され、安摘は、毒気を抜かれた子供っぽい顔に戻っていた。

「お前の望み通り、騎道の一番弱い所を突いたんだ。

 ……これで、お前も満足しろよ」

 きゅっと唇を噛んで、安摘は罰の悪い顔で三橋を睨んだ。

 考えていた以上の騎道の反応に、罪悪感さえ感じていた安摘。べっと舌を出して、三橋が鼻で笑い飛ばしてやると、戸惑いながら肩の力を抜いていった。

「俺、行ってくるわ」

「三橋……」

「エセ学園長と殴り合いするなら、加勢してやんないとさ」

 軽口を叩いて、三橋は早足に校舎へと向かった。

 遠ざかる後姿を、彩子は見えなくなるまで見守った。

「安摘様、屋敷に戻りましょう。お疲れのはずです」

 主人を心配する声に、彩子は安摘を振り返った。

「……あれが、彩子お姉様の愛し方ですか?」

「?」

 きつく強張らせた安摘の顔立ちは、14歳の少女とは思えないほど大人びて、彩子を責めていた。

「ひどいと思います。好きな人に嘘をつくなんて……!」

 思わず、彩子は目を伏せていた。

「……わかっているわ。でも騎道は知らない方が、幸せな気がしたの……。

 だってあんなに……、苦しんで……」

 久瀬光輝が、しばらく教えるなと言った訳が、今、わかった。

 その光輝の気持ちは、騎道には届かない。

 彩子の胸の中で、重く切なく沈んでいった。


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