1-2
彩子は騎道の体を気遣って、真っ直ぐ騎道の自宅に戻った。
騎道は、もうなんともないと笑うだけ。
「僕には、そういう能力もあるから……」
瀕死の状態から、丸一日足らずで健康体を取り戻す能力。
彩子には、実感できない力だけれど、騎道が無事であるならそれでよかった。
「ねぇ。その問い15って、難しいでしょ?」
居間のソファに二人は居た。彩子はカーペットに座りテーブルに広げたプリントを睨んでいた。騎道は、彩子と背中を合わせるようにしながら、テーブル代わりにしたソファに課題のプリントを広げている。
白い子猫のティオが、テーブルの上で、彩子の手元を不思議そうに見ていた。時々、珍しそうに、シャープ・ペンシルの先に小さな手を差し出す。彩子はすかさず引っ込める。
子猫とのじゃれあいに、くすくすと彩子は笑い転げた。
「あ。外、真っ暗になったのね。
ねえ、どうする? 騎道? ……眠ってるの?」
そっと振り返った彩子は頬を膨らませた。ソファに乗せた腕に伏せて、騎道は全く動く気配がないのだ。
「やだ。ひどいのね。
……。あたし、もう帰っちゃおうかな」
ひくんと、背中が揺れた。騎道が顔を上げる。
「眠ってなんていないよ? ずーっと待ってた。いつ彩子さんが、僕に気付いてくれるのか」
「なあに? 気付くも気付かないもないでしょ? こんなに近くに居て」
「ティオばかりに話しかけて、かまっていただろ?」
「だって、騎道はここに居たじゃない」
むきになって彩子は言い返した。
「ふーん。僕がそーっと姿を消しても、気付かなかった気がするけど?」
「わかるわよ。ちゃんと……。……絶対わかるもん」
あんまり、自信はないけど……。
「騎道の方こそ、私なんて居なくてもいいんじゃない?
ずーっと黙って、私のこと放っておいたじゃない」
「僕? 僕はちゃんと、彩子さんのことを気にかけてたよ。
さっき、何を聞こうとしていたのかだってわかる」
「だめっ。ズルしないでっ」
彩子は身を引いて、目を怖くした。
「シナイシナイ。力を使わなくたって、よーくわかる」
自信満点に、騎道はニッコリした。
うぐぐ……。よーく考えてから、彩子は言い返す。
「私だって、騎道が今、何が欲しいと思ってるかわかるわよ?」
「え? ……そう?」
目を丸くし、騎道は明らかに驚いた。
それに気を良くした彩子。大きくうなずいた。
「うんうん。はっきりわかる」
「……うーん。よし。
紙に書こう。1、2の3で、お互いに見せよう」
「うん」
子供みたい。そう思いはするけど、二人ともムキになっていた。プリントを裏返して、そこに大きく書き込む。
頭を傾げて、ティオが金色の目で二人を見ていた。
「じゃ、1、2の3!」
『夕ご飯のおかず何にしようかな?』
『夕ご飯、何のおかずかな?』
「!!!」
彩子のプリントを覗き込み、大袈裟に目を見張る騎道。
「すごいや、彩子さん。僕の心が読めるんだ」
騎道の幸せ笑いに反して、彩子は目尻を吊り上げた。
……あー、もうっ。おとぼけナイトっっ。たくっ。こいつは食べ物の事しか考えてないっ。あたしはなんなのよっ。
「何がいいの? お夕飯」
「彩子さんのお父さん、オムライス好きかな?」
「さあ。雑食だからなんでも大丈夫よ。刑事なんだもの」
「じゃ。オムライス。それとエビフライとカニクリームコロッケも。付け合せはホワイト・アスパラがいいな」
立て板に水の如くオーダーが流れ出てくる。
「素直にお子様ランチって言ったらら?」
指差し確認っ。
「……。旗はいりませんよ~?」
まだ、言うか……?
「じゃ、支度して。買い出しに行くわよ」
「その前に。彩子さんは、何が食べたいんですか?」
「あ、あたしは……」
言葉を濁して、彩子はプリントを片付け立ち上がった。
「昨日も僕のリクエストだったよ? 次は彩子さんの番だ」
「いーのっ。私はなんでもいいんだからっ」
ティオが、両手を揃え行儀良く彩子を見上げている。
自分も、という、ティオなりのおねだりだった。
ティオを抱え上げ、彩子を見上げる騎道に押し付けた。
……私は、騎道が好きなものを一緒に食べるの。それでいいのっ。