0 フロム・USA
「ヒロ!? 取れるぜ。今からでも、TOKIO行きの直行便は予約できる。フライトは二時間後だ」
二人用の寮室に、育ち盛りの少年が五人。満員だ。内一人が、ノート・パソコンを膝に乗せ、ヒロを伺う。
残り三人の視線が、張り出し窓に腰掛けた、黒い短髪、黒い瞳の少年を見返す。欧米人の彼等に比べれば、ひどく華奢に見える肩幅。身長もコンプレックスにならない程度に低い。
「どうした? さっきまでの剣幕はどうしたんだ?」
厚い唇に褐色の肌。バスケ向きの体躯を持つ一人が、静かな低音で促した。ベットの上で、中国系の少年が抱えるパソコンを肩越しに覗き込んでいた白人少年が、焦れたように舌を鳴らす。それでも、窓際の日本人は動かない。
「手配しろ、フェイ」
「グレン? 決めるのは、アキヒロだ」
ドアに一人持たれていた、ストレートの金髪を肩に流した少年が制した。不満顔で、白人少年が両手を上げる。
「イエス・サー」
「……俺が行ったら、女を死なせる……」
癖の無い発音で、必要最低限の単語を選び賀嶋章浩は口を開いた。1年近くで身につけた、彼等4人とのコミニュケーションの仕方。難しい言い回しなど必要ない。人種の違いすら意味をもたない仲間たちに、言語の違いはさほど障害にはならない。
ただ、今だけはどう説明すればいいのか悩む。
背負ってきたものの違い、歴史の違い。それは言葉にはし難い。ギャップを痛感した。
日本とアメリカ。地理的な隔たりにさえ打ちのめされる。
「それでも、お前らなら行くのか?」
日に焼けた精悍な頬。軍隊並みの訓練で鍛え、絞られた身体。
凄味さえ身につけた、刺すような眼光が友人たちを見渡した。
「当然だ! 行って、この手でかっさらうのさ」
吼えて、拳を突き出した血の気の多いグレン。白い頬を真っ赤にしている。フェイは息を詰め、ヒロを見つめていた。同じ黒い瞳が、少しは悟っているらしい。
女王の国のレアードは、言葉の意味を理解しようと涼しげな瞳を向けている。ネイティブ・アメリカンのカーク。彼は、祖先の魂と対話するかのように目を閉じていた。
「日本人は『気』ってもんを悟るんだ。
悟る……ああ、ちくしょう、単語が出てこねーぜっ」
乱暴な日本語に、ヒロの混乱が滲んだ。
「カラテ技と似たようなものだ。相手の気配、間合い、チャンスだ。そう言ったものを、感じとれるデリケートな人種なんだよ!」
「君を動揺させた電話に、それを感じたのか、ヒロ?」
滑らかなクイーンズ・イングリッシュが確かめる。
「ビシバシ来てたぜ。あいつの本気が……!
嘘は無い。俺がのこのこ出向いたら、間違いなく彩子は死んじまう」
「……サイコ……」
この日まで、彼が決して口にしなかった名前を、仲間は知った。その瞬間、地球の裏側に居る少女は、他人ではなくなった。友が想いを寄せる者。逢うことはなくとも、彼女もまた絆の一人になる。
「だから日本へは戻らない。
このままキッパリ、縁を切るさ」
友人たちの落胆が、背中に突き刺さる。
目を閉じた。右手を強く握り込む。
……。一番大切なことが、手遅れだった。
「ヒロ。日本人のことはまだまだ理解できないが。
君の行動は、尊敬する」