心がわりのきっかけ
第4章 変化し始めた心情
夏期オリエンテーションの帰りのバスの中、鈴は心配気に、蒼は少し顔を青くしてこちらを見ているみたいだ。当然というか…まあ、私は何故かうなされている。もちろん寝ているからだが。というか寝ない限りうなされることはないのだが、寝ないというのは私にとってとてもできるようなものではない。しかもうなされているときには、恐ろしい寝言が連発されるらしく、当然だが一緒に寝れるような人がいるわけも無く、寝るときはいつも人気のない家の地下倉庫に移動させた自分の部屋のベッドの上か、学校で仮眠を取りたくなったときだけは、人気の無い使われなくなった教室で鍵をかけてから机に伏せて寝るようにする。つまり、普通は他人に寝顔を見られることもなければ、寝言を聞かれることもないのだ。行きのバスみたいな心身のどちらかが元気なときに目を休ませたりするぐらいの軽い眠りなら、寝言を言うこともないのだが、今のような心身ともに疲れ切った状態で眠ってしまうと寝言を言ってしまうのだ。止めるには私を起こすしかないのだが、強制的に起こそうものなら、殺人的なパンチが飛ぶ…らしい。姉が私にはいるのだが、その姉が前夕方ぐらいに私がうっかりリビングで眠り込んでしまったとき、動かそうと体に触れた瞬間体が軽く3メートルーうちの家で言えば少し離れた壁に激突する距離ーぐらい飛ばされるぐらいの殺人的なパンチをみぞおちに繰り出され、朝まで気絶させられたそうでそれ以来、私は地下倉庫にベッドを移動させられ、そこ以外では寝てはいけないと親に命じられてしまったのだ。このような事になりたくなければ、私が目を覚ますまで放っておく以外に方法は無いのだ。少なくとも今現在では。しかし、私の寝言は小さい声でブツブツと呟くぐらいで他人にあまり迷惑をかけない程度らしく今の所、鈴と蒼以外にはこの知られたら嫁に行けなくなりそうな秘密…寝言を聞かれているわけでは無いため、今はうなす原因のあの事件の忌々しい記憶が脳内で映画のようにプレイバックしている現状と戦うしか無い。戦うと言っても本当に武器を持って戦争するわけでは無く、この記憶が脳内を占領し、現実世界に一生戻ってこられ無くなってしまい、植物状態になってしまうのだ。だから、早く目を覚ましたいのだが、体が言う事を聞かない。あと、30分ぐらいは眠らないと起きられなさそうだ。
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ー蒼目線ー
バスまでおぶって杏里沙を連れてきて、なんとか杏里沙を立たせてバスに乗り込んでから、10分ぐらい経過した頃だった。俺の右耳に聞き捨てならない呟き声が入ってきた。
「ヤメろ…触れてくるな。…くっ、そこは…あにゃ……ん、くすぐるな。耳ばっかりなめるな、気持ち悪い。あぁ?じゃあ、他ならいいのかだって?ふざけんにゃね…んよ。首筋はヤメろ…殺すぞ…ウッ…私が本気を出せばお前なんて、一撃であの世行きさ。ふっ、もっと狂え。狂った人間を見て嘲笑うのが僕の趣味でね。あ?何服引き裂かせろって?やれるもんならやってみろ。もう縄はとっくに解いてんだよ。たく、早く狂ってくれない?面白くないんだけど。怖いとか言ってんじゃねーよ。早くしろ。そうだそうやってビリっとな、はい、よく出来ました!はぁ、顔真っ赤にさせてないで触れば?こっちだって欲求不満だから襲われてあげたんだよ。」
ん?この声は杏里沙だよな。でも、明らかに声のトーンと喋り方が男っぽい。まさかと思って顔を覗き込むと明らかに口が動いている。モゴモゴとだったが、眉間にシワがよっている。あの事件のことでうなされているのが喋っている内容で分かるが、それにしても内容が内容だ。狂った人間を見て嘲笑うのが好き?てか一人称が僕になってるし。襲われてあげた?欲求不満だから?てか引き裂かせるの強要してるし。
え、まさかあの事件のせいで男性恐怖症になってるのって、二重人格者になってしまって事件を起こさないようにするための自己制御のせいなのか?ってことは杏里沙が恋愛しない?のは付き合ったやつを散々虐めて狂わせてその様子を見て嘲笑う姿を他人に見られるのを防ぐためか?…だが一人称が僕ってことはボクっ娘になる女がもう一人の杏里沙の人格なのか?それとも男がもう一人の杏里沙の人格なのか?
俺にはもうわからない。考えるのをここでやめにしないとなんだか自分が危険な気がした。そんなことを考えると顔が青ざめていくのがわかった。
これが最初の場面での蒼の表情の裏にあった心情だった。鈴は単純にうなされる杏里沙が心配なだけみたいでこの寝言は聞こえてない気がした。
話は変わるが俺について少し説明しておきたい。
俺は夏山 蒼。ちなみに鈴は加賀美 鈴という。
で、俺は中学に入ってから顔付きが急に大人びて、声も落ち着いたテノールに変わった。そのせいか、自分では言いずらいが、モテる?ようになった。そのため、当然のように沢山のラブレターが毎日ポストに入っていて、あの事件の日も沢山のラブレターを…あまり他言したくないが、紙袋に入れてガムテープで開かないようにして近所の公園のゴミ箱に捨てた帰りだった。悲鳴が聞こえた気がして、その声の方に行くと、何やら男が茂みの中に女を連れ込み、暴行を加えるみたいなことがあったらしく、女の服が下着だけにされていた。耐えられなくなって男の隙を突いて悲鳴をあげたみたいだ。案の定人がいるのに気がつかず、犯行の続きをしようと服に手をかけようとした瞬間、俺はとっさに男の手を蹴り上げ、男が後ろに転がる寸前で、みぞおちに一発、前に倒れこむ直前で、首筋にチョップ。男は気絶した。で、女を見ると、さっきは分からなかったが、なんと幼馴染みの杏里沙だった。公園近くの茂みのせいか、公園の街灯の光が杏里沙を艶めかしく、何も言えない雰囲気と色気が漂っていた。
理性を確かにして、動けない様子の杏里沙をおぶり、気を失った男を引きずって近くの交番に向かった。
まあ、その後はよく刑事ドラマであるような流れで男は逮捕され、少年院に送られた。
その日以降、杏里沙は男性恐怖症になった。当たり前だろう。あんな事をされたなら。
ちなみにモテるのは、今でも続いている。
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元に戻ります。
30分後、やっと悪夢の時間が終わった。なんで自分がうなされているのか私は分かっている。
自分が二重人格者で、もう一人の自分がボクっ娘女子で百合っ子気味の佐々波 リリィということ、男子は虐めてもいい玩具、女子は弄ぶのを楽しむ存在って思ってる性格?の女子って事を自覚してる。しかし止めようがない。小5でその人格が完全に形成された。その時から、裏人格が暴走を始めた。女子を屋上に呼び出してキスするふりして、耳に息を吹きかけたり、着替えをしようとする女子の裏に回ってスカートを下に下げたりなどなどをやる度に止めることが出来なくなっていき、ついにあの事件が起こった。まあ、さすがにこの時は私が何とか裏人格にシャットダウンして、止めたけど、その日から男性恐怖症ってことにして、男子を遠ざけた。極力鈴と蒼とだけ喋るようにして、ボロが出ないようにしている。そろそろバレそうだ。
目がやっと覚めた。顔を怯えた顔で見つめている蒼と目があった。その距離わずか5センチメートル。やっとピントがあって見つめられているのに気がついた。
起き上がろうとした瞬間唇に柔らかい、それでいて甘い香りが鼻をくすぐる。驚いて目を閉じてしまった。
少しして感触が無くなった。目を開けると鈴は顔を真っ赤にして、窓の外を見て知らんぷり。
蒼は顔を真っ赤にして、唇に指を触れさせ、今さっきの事を整理してるのかボッーとしてた。
私は裏人格の時でも唇は守ってきた。いつか現れると信じているこの裏人格を消せるぐらい私の事を愛せる人のために。なのに、うっかりそれを事故とはいえ、本気で好きってわけじゃない幼馴染みの蒼にあっさりとあげてしまうなんて…自分のした事が頭をふっとよぎり、思わず顔を真っ赤にさせて、唇を思わず舐めた。感触がまだ残っている。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
後々、このハプニングがきっかけで私の心の闇…というか裏人格を保護している心の壁に小さく亀裂が入った事を悟るのだが今の段階では分からない。
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ー蒼目線ー
今、事故だが好き?な女の子とキスをしてしまった。自分にとって、これが初めてのキスだった。
ラブレターは貰っても廃棄してたし、告白は全部断ってた。そのため今まで付き合った事もない。キスをした事もない。
今さっき、触れ合った唇が不意に震えだした。いや、泣き始めたの方が分かりやすいか。この事実に驚きすぎて、泣き出してしまった。って所だ。
みんながいつの間にかこっちを向いていた。多分さっきの事故を見られたのだろう。みんな顔が赤い。
とりあえず
「ご、ゴメン…その心配で観察してたら、杏里沙が目を覚まして、離れようとしたら、杏里沙も起き上がろうととして当たってしまった…というか、その…悪い。俺はちょっと訳ありで泣いてるだけだ。気にするな。これは事故だ。あの、本当に申し訳なかった。」
頭を下げられるだけさげた。
「いいわよ。別にこっちも訳ありで考え込んでるだけだし、泣いてるの気付かなかったから別にいいよ。訳あり同士これからも仲良くね。」
そういって手を差し出した。
俺もすぐさま
「もちろんだ。よろしくな、杏里沙。」
そういって手を握って、握手した。
みんな一安心したみたいに目をそらし、違う話題でそれぞれ話を始めた。
関心がそれ、安心していると顔の赤味が引いてきた。
好きだ。といつか言おうと俺は心に誓い、長い長い2時間のバス移動の終わった車内から出た。
空は快晴。ただし少し歪な形をした小さなハート型の雲を一つだけ残して。