やさしいおもいで。
親友の小説を引継ぎすることになりました。
感性や表現が似ている私にお願いしたいということでしたので、頑張ることにしました。
よろしくお願いします。
遠くで剣を振る音が聞こえる。
コトコトと釜戸でお米が炊ける音。
塀の向こうでは町の子供たちの賑やかで甲高い声。
全ての音が私の子守唄。
縁側にあるご主人様の座布団は私のお気に入りの場所。
お日様の匂いとご主人様の匂いの座布団だいすき。
ぽかぽかぽかぽか・・・。
あったかいなぁ。
しあわせだなぁ。
「白いの。そこにいたのか。」
少し離れた廊下の角から私を見つけて声をかけてきたご主人様。
ほんとは聞こえてたんだ。
でもね。
でも。
聞こえないフリをした。
そしたらきっとご主人様は私のところに来て、自慢のふわふわの毛を優しく撫でてくれる。
「白いの。ああ、寝てたのか。ここは日当たり良好だからなぁ。」
ほらね。
ご主人様はそう言って笑いながら私の頭をゆっくりと撫でてくれるの。
『白いの』これが私の名前。
ご主人様は私を『白いの』と呼ぶ。
『シロ』普通はそうつけるよね。
でもこの名前とっても気に入ってるんだ。
「にゃあ。」
「起きたのか。白いの。お前はここに来てもう何年も経つのになかなか大きくなれないな。」
そりゃそうだよ。
だって私は化け物だもの。
見た目はただの小さな真っ白な子猫だけど、本当はもう何十年も生きてる。
いつか会った仲間が言ってた。
私たちの種族の寿命は分からないって。
だって、寿命で死んでしまった仲間は1匹もいないらしいから。
今までで1番長く生きられているのは違う大陸のなんとかっていう国の長老さんで1600歳
までは数えてたけどもう数えるのやめちゃったんだって。
それでも見た目はとっても若いらしいから、まだまだ先まで生きられるんじゃないの?って
言ってたくらい。
だから30年ほど生きてる私なんて、まだまだ生まれたての子供みたいなものなんだって。
普通の猫なら2回生まれて猫生を謳歌できる年数だけど、私が大人になれるのはあと何百年も
先のことになるみたい。
って・・・あれれ?
私はいつ仲間に会ったんだっけ・・・?
ご主人様と過ごしてたもっともっと後のはず・・・。
・・・ああ、そっか。
これは私の夢・・・。
ご主人様は死んじゃったんだもん。
そうだ。
人間同士の争いでご主人様は死んじゃったんだ。
あの屋敷も戦で焼け落ちて、それでも私は生き延びて黒い骨組みだけになってしまった場所で
待ち続けたけど、とうとうご主人様は帰ってこなかったんだ。
「白いの?まだ眠いのか?ほら、そろそろお前の大好きな魚が焼ける頃だ。」
ご主人様は夢の中でも優しいままだね。
小さな私はご主人様の手のひらに収まる大きさで、それでも大切な宝物を扱うように両手で
抱き上げてくれる。
あたたかいご主人様の腕にまたウトウトとしてしまう。
だめ・・・。
今目を閉じてしまったら、この優しい夢が覚めてしまう。
それでも抗えない睡魔に私の瞳からは一粒の雫が滑り降りた・・・。
ご主人様がいなくなってからも私はこの地を去ることは出来なくて、多分100年以上は経過している。
その間にこの日本という国はどんどん変わっていって、今では高い建物がたくさんあって、私の大好きな空は四角くなっていった。
それでも私の身体はまだまだ小さいままで、あと何百年経てば大きくなれるのか分からない。
ご主人様がいなくなってしまってから10年ほど経った頃、私の仲間だという猫に会ったけど、あれっきり仲間といえる猫には会えてない。
どこか人のいないところで隠れ住んでいるのか、それとも私以外はもう残っていないのか、それさえも分からないまま生きてきた。
その猫が言ってたんだ。
私たちは【神猫】という種族なんだって。
神様に愛されて、より長い年月を神様の作った世界で生きられるように特別な力を授かった生き物、それが私。
それがどんな力なのか知ったのは、今から70年くらい前。
人間たちが起こした国同士の戦争。
その戦争に巻き込まれたのは6人目のご主人様。
怪我をしたご主人様の命はもう消えかけていたけれど、私はまた主を失うのかと思うと怖くなってしまったの。
『しなないでっ!』そう強く願った時には、私は3歳前後の人間になってしまっていた。
耳としっぽだけは残ってたけど・・・。
ご主人様の傷口に触れると、致命傷だった傷口はどんどん小さくなっていって、その後には被爆した時焼け落ちた服と染み付いた血以外は綺麗さっぱりなくなっていたの。
これでまたご主人様と暮らせると思ったけど、褒めてもらえると猫に戻って擦り寄ったそんな私に投げつけられた言葉は『化け物』だった・・・。
初めて知った力は、人間になれる力と傷を治癒できる力。
初めてした失敗は、人間になってしまったこと。
初めてした後悔は・・・最初のご主人様を助けられたかもしれないと気づいてしまったこと。
私がもっともっとはやく気づけていたら、ご主人様は戦で死ななかったかもしれないのに。
そうすれば、6人目のご主人様に言われた言葉と同じ言葉を投げつけられていたかもしれない・・・。
けれど、そうじゃなかったかもしれない。
そう思うと、苦しくて、泣きたいのに涙を流す術も忘れてしまっていて、泣けないことにまた苦しむ毎日・・・。
かみさま。
あなたの愛した神猫が望んでも、わたしを殺してくれないのですか・・・?
「みぃ・・・。」
そんな気持ちを乗せて、ひと鳴きした時・・・。
ピシピシ・・・。
「っっ!?」
目の前の空間が卵の殻が割れるようにピシピシとひび割れて、そこにはぽっかりと黒い空間。
ここに飛び込めば、わたしはもう、辛くない?
苦しい気持ち、もうなくなるの?
自分の小さく真っ白な前足を踏み出して、きゅっと目を硬く閉じると思い切り地面を蹴って飛び込んだ・・・。