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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

企画やつぶやきから生まれたお話

悪に侍る花

作者: 遊森謡子

鬱憤をぶつけるために書いたので荒っぽいです。ああスッキリした。残酷描写は大したことはありませんが、遊森作品にしては……という意味でタグに入れました。

 首都の目抜き通りには、大勢の国民が集まっている。私は少し高い目線から、人々を眺めていた。

 通りをゆっくりと進んでいくのは、戦を終えた軍隊の行列。馬に乗った兵士たちは槍を肩にかけ、討ち取った敵の鎧甲(よろいかぶと)を見せつけるように穂先にぶら下げている。それらがぶつかり合う金属音と、馬具や(ひづめ)の立てる音が、白茶けた石造りの建物に挟まれた通りに満ちている。

 それなのに、静かだな、と私は思った。人のざわめきが、少しも聞こえてこなかったから。

 いつもなら大騒ぎしながら駆け回っているであろう子どもたちさえ、声もなく目を見開いている。


 行列の中程にいるのは、輿に乗った大柄な男。まだ二十代後半のその男は、陽に焼けた顔に三白眼を光らせて薄く笑い、高い目線から周囲を威圧している。鎧の上にマントを羽織り、肘掛けに左肘をつき、両脇に女を二人(はべ)らせて。


 この輿が、現在のこの国、ゼフェニ王国の状況を端的に表していた。

 男は、大国ゼフェニに攻め込んで下克上を果たした小国ウガリスの若き王、ラグディフ。

 ラグディフの右に侍り、腰を抱かれて俯いているのは、陥落したゼフェニの王女ディンファ。

 そして、酒の壷を膝に載せて左に侍っているのは、私──ジェンツィ。十年前にゼフェニに征服されたばかりの、小国シリンカの王の娘。そのゼフェニがウガリスに制圧されたのだから、今は私もこの男の所有物ということになる。


 男が二つの国の女を侍らすのを見て、ゼフェニの人々は思い知っているのだろう。自分たちが誰のものになったのかを。

 そして、女たちの今後を痛ましく思いつつも、後ろめたさとともに祈っているだろう。女たちが新しい支配者の機嫌を損ねることで、国民を巻き添えにしてくれるな、と。

 その気持ちは、よくわかるわ──十年前、九歳の私が同じ視線で、ゼフェニの王とその脇に侍らされた姉たちの姿を見上げたもの。 

 私は人々の視線から逃れるように、ラグディフの膝のあたりを見つめて、時が過ぎるのをただ待っていた。

 

 ゼフェニの宮殿は、すでにウガリスの制圧下にある。高い建物はないけれど、そこは首都でもっとも高い土地にあって、広大な敷地で市街を睥睨(へいげい)していた。

 主宮殿の他にいくつもの小宮殿があり、ラグディフはそのうちの一つを気に入って、己の宮としていた。

「触れを出せ」

 小宮殿の私室。一段高くなった場所に胡座をかいて座ったラグディフが命じると、側近のグリファムはいったんひれ伏してから、従者に筆記の用意を促した。

 ラグディフは続ける。

「ウガリスはゼフェニに統合する。旧シリンカも含め、ゼフェナーン王国を名乗る」

「ゼフェナーン、王国」

 ディンファ姫がつぶやくと、ラグディフは「いい名だろう?」と彼女を太い右腕で引き寄せた。

 ディンファ姫は彼の胸に手を添え、濃い睫を瞬かせてラグディフを見上げた。

「はい……力強い名ですね」

 そして、私の方に視線を走らせる。

 ラグディフの左手が持つ杯に酒を注いでいた私は、酒壷を置くと、

「ええ、本当に」

と媚びるように微笑んでやった。

 貴女に促されなくたって、同調くらいして差し上げるわ。

 ディンファ姫も私も、むき出しの肩に羽織った薄物から布の胸当てが透けて見え、腰に巻いた布の割れた裾から足を晒して、王女らしからぬ踊り子のような服装をさせられている。……屈辱だ。

「そして俺がゼフェナーン王国の初代国王だ」

 ラグディフは厳かに宣言し、口の端を上げた。

「おめでとうございます」 

 グリファムがもう一度、頭を下げる。ディンファ姫と私も、いったんラグディフから離れ、おめでとうございます、と平伏した。頭を下げるたび、耳に下げた重い飾りが冷たく頬に触れる。

「では明日、各地に触れを出します」

「うむ。下がれ」

 ラグディフは酒杯を置き、私たち二人を両脇に引き寄せた。これからお楽しみの時間だと、グリファムに見せつけるように。

 立ち上がるグリファムを横目で見ながら、私は少々、彼に同情した。

 ラグディフには、片手の指では足りない数の兄弟姉妹がいるそうだけど、グリファムはその末の子らしい。まだ十七──正当な血筋のウガリスの王族なのに、長兄に顎で使われちゃって、お気の毒。父母が同じだからラグディフに似てはいるけれど、ちょっと線が細いし目つきが神経質そうだし、いじめられっ子気質なのかもね。

 下がろうとするグリファムと、一瞬、視線が合った。その視線の中に哀れみの色を見つけ、私は目を逸らす。

 ──鏡を見たかと思った。ええ、そうよね、私があなたを哀れむのと同じように、私もあなたに哀まれるような境遇。人の心配より自分の心配だわ。


 グリファムや従者、女官たちが退出し、扉が閉まった。ラグディフの私室であるこの部屋に、私たち三人きりになる。

「ラグディフ様……」

 側近や女官たちの視線がなくなり、ディンファ姫の目の色が熱を帯びたものに変わった。

「とうとう、この日が参りましたのね」

「お前の働きのおかげだ、ディンファ」

 ラグディフは、ぱっ、と左腕を私から離し、たくましい両腕でディンファを抱いた。

「お前ももうすぐ、王妃だぞ」

「そんな……ウガリスの王妃様に申し訳ないわ……」

「妻をウガリスから呼び寄せる気はない。大国ゼフェニが俺の物になったのだ、ゼフェニの王女が俺の子をはらんだら、王妃にして何の不思議もあるまい? 国民に、俺の支配を見せつけるためにもな」

「嬉しい……早くそうなるように、お情けを下さいませ」

 部屋の奥にずどーんと据えてある、紗に包まれた低い寝台に、二人はもつれ込むようにして姿を消した。寝台の頭側に置かれたランプが、絡み合う二人の姿を影絵のように紗に映し出す。


 私は部屋の隅から衝立を引きずってくると、騒がしい寝台の足下側に立てていやらしい光景を遮った。床に置かれたままだった酒器を盆にまとめて脇に押しやり、肩にかけていた薄物の端っこを耳につっこんで耳栓にし、クッションを枕にして敷物の上に直接横になる。

 あぁ、ばっかばかしい!

 心の中で毒づいた。

 そもそも、ラグディフがゼフェニの王を倒すことができたのは、王の娘であるディンファがラグディフに様々な情報を流した上、王に微量の薬を盛ったからだ。戦場で一騎打ちに持ち込まれれば、ふらつく身体は為すすべもなかった。

 娘がどうして父親を陥れたのか、親子の不仲の理由なんて知ったこっちゃない。とにかく企みは成功した。父親は何も知らないままラグディフの刃に倒れ、ゼフェニの王族としては大変な不名誉となる火葬によって、灰になった。

 ディンファ姫は、征服された国の悲劇の王女なんかじゃない。ラグディフと同じく『勝者』なのだ。

いつ二人が知り合ったのか? 私にはそれもどうでもいい。しかしラグディフは、そのあたりから今までのいきさつを国民に知られるのを避けたがった。女の力で勝たせてもらったっていうより、本人の知略と武力でゼフェニをモノにしたんだっていう方が、そりゃあ体裁がいいでしょう。ウガリスではあまり人望がなかったそうですし? 道理で、ウガリスへの愛国心が感じられないわけだわ。王国の名も、周辺諸国の手前ゼフェニの威を借るために『ゼフェナーン』として、ウガリスのかけらも見あたらない。

 そしてディンファ姫も、自分が母国を売ったなんて当然、自国民に知られたくないでしょう。これからも旧ゼフェニで暮らしていくんだものねぇ。裏切り者とののしられながら玉座に侍るより、「か弱い私には何もなす術がないの」って顔で、同情されながら愛され王妃やってる方がいいわよね。

 そこで、彼ら二人が思いついたこととは、こうだ。

 ディンファ姫一人がラグディフの側にいれば、国民に疑われるかもしれない。それなら、他にも女がいればいいのだ。

 ラグディフはゼフェニ王を討ち取ってすぐ、二十歳のディンファ姫と、大臣の元へ政略結婚で嫁いだばかりだった私を差し出させ、側に置いた。こうしておけば、女好きの国王に侍らなくてはならない王女として、姫は同情される。ついでに私もね。

 私をさっさと差し出した元夫も、まさか私が国王の横に侍って悪役に花を添えるだけで、夜は手もつけられずに放ったらかしだなどとは思ってないでしょうよ。

 さっきのグリファムも、私を哀れみの目で見てたけど、私がどういう意味で情けない目に遭っているかまでは知らないでしょうね。


 ──このままじゃ、まずいわ。

 眠れないまま冴え渡る頭の中に、暗雲が立ちこめ始め、背筋が冷えてくる。

 ディンファ姫に子ができれば、彼女はめでたく王妃。その時、私は? そのまま目くらましとして側妃にされ、飼い殺しにされて一生を終える?

 いいえ。王妃になったディンファに邪魔に思われて、ひっそり暗殺される。きっと。父親にさえ薬を盛る女よ。しかもその薬はシリンカ王家の秘薬、下手したらこちらが濡れ衣を着せられる。

 ディンファ姫がラグディフに飽きられれば状況は変わるかもしれないけど、そんな可能性にすがっているうちに殺されたら元も子もない。

 じゃあ、どうする?

 私は考えた。まず思いつくのは、私がディンファ姫を蹴落とすことだ。ラグディフを誘惑して、自分が王妃の座に着くこと。

 はい、無理。地位も美貌も上のディンファ姫が、ラグディフにべったり張り付いていて、今だって警戒しているのか事あるごとに睨みをきかせて来るんだもん。私がそんなこと企んでると知られたら、死期が早まるだけだわ。


 ……待って。

 表向きと内情は違う。それを利用できない?


 耳栓越しにかすかに聞こえてくるアハンウフンは、もはやちっとも気にならなかった。私は考えに集中した。

 一部の人間以外は、今この瞬間も、ラグディフがディンファ姫と私を二人とも抱いて楽しんでると思ってる。つまり……私が先に孕んだって、表向きはおかしくないのだ。


 要するに、よ。暗殺されるより前に、ディンファ姫より先に、子ができればいいのよ。

 ラグディフもディンファも、ラグディフがディンファだけを寵愛していることは知られたくないはずだ。私が他の男の種を孕んでも、おおっぴらに責めることはできない。むしろ私に子ができれば、ディンファだけを寵愛していることがますますバレにくくなる──そういう風に話を持っていって、取引すればいい。私の生活を保障して、と。

 子さえ、できれば。しかも、殺されるより早く。

 私は視線を動かし、私室の扉を見つめた。

 この扉の向こうは、控えの間。何かの時のために、側近のグリファムが控えている。ぶ厚い扉越しだから、ディンファ姫の嬌声が聞こえてるかどうかはわからないけど、明日の触れの文面を考えてうなっているはず。

 そしてグリファムは、ラグディフに似た、同じ血筋の弟……

 私は目を見開いたまま、夜が更けるのを、ただ、待った。


 盛り上がっていた寝台がようやく静かになった、しばらく後。

私は、そろそろと起き上がった。耳を澄ませると、寝息が聞こえてくる。

 そっと立ち上がり、扉を押し開くと、ランプの灯りが差し込んできた。

 控えの間の小卓で、自分の書いた文面を読み返していたらしいグリファムが、はっと顔を上げてこちらを見る。

「ジェンツィ姫」

 しっ、と口元に指を当て、私は控えの間に滑り出ると扉を静かに閉めた。

「お仕事、ご苦労様」

 わざと彼の前を通って、肩も露わな自身を見せつけておいてから、私はグリファムから少し離れた場所に横座りに座った。あのディンファ姫の目くらましとして選ばれた女、存分に鑑賞してもらうわ。いつもはラグディフの前で平伏してばかりだから、見られなかったでしょ?

「どうなさったんです……眠れないのですか」

 グリファムは書類を置いて、私の方に向き直った。私と合わせようとした視線が、少し揺れる。

「そうなの……」

 私は俯き、ちょっと身体をひねってため息をついた。切なげに見えるように。首筋と胸元を晒すように。

「ラグディフ様、今日は、二人を相手にするには少しお疲れだったみたい。……私……物足りなくて」

 視線を、グリファムの方へ流す。彼の喉が動くのが見えた。


 ──これでいい。

 グリファムの身体を受け止めながら、時間が過ぎるのを、ただ、待った。

 何度か彼に身を任せ、子さえできれば。ラグディフに似たウガリスの血筋の子を産めば、表向きはラグディフの子。私は生き延びられるのだから。

「ジェンツィ姫……」

 私を後ろから抱きしめ、肩越しに耳に唇を押しつけながら、グリファムがささやく。

「貴女は、ディンファ姫などよりよほど美しい……貴女こそ、王妃にふさわしい」

「そんな」

「貴女は、僕の手を取った……それなら僕も、覚悟を決めましょう」

「えっ……」

 何? 何を言っているの?

 身体をよじって見上げると、グリファムの顔は、今までと違っていた。神経質そうだった視線は、翻って、細かな策略を巡らすものに。卑屈そうだった声音は、抑えつけられていたものを跳ねのけて、歓喜に。

 この暗い情熱は、私が彼に身を任せたことで生まれたの……?


 それから、いくらも経たないうちに。

 グリファムは旧シリンカの王族を味方に引き入れ、私が何度目かにグリファムの元を訪れた夜に、ラグディフの寝室に突入させた。ラグディフとディンファは討たれ、ゼフェナーン王国はグリファムの支配下に入った。

 私の母国シリンカは王国として復活し──グリファムはそれを条件に、旧シリンカを味方につけたらしい──ゼフェナーンの属国となった。ウガリスもだ。

 シリンカの王族には不満の声もあったけれど、グリファムがシリンカ出身の私を王妃にしたことで収まった。

「ディンファより先に男子を産んで、王妃になりたかったんでしょう?」

 私をいつも側に置くグリファムは、そう言って私の腰を抱く。

「貴女のためなら、何でも叶えましょう。何を望みますか?」

 私は黙って微笑みながら、グリファムに寄り添った。

 ……この、大人しそうだと思った男が、まさかこれほどの行動を起こすなんて。

 生き延びられればいいとだけ思って、身を任せた。でもそれが、屈辱を与えた男を死に追いやり、母国を名前だけでも復活させ、そして私は今や王妃。しかも巷では、私に横恋慕したグリファムが行動を起こしたということになっている。彼は「間違ってはいない」と笑うけれど。


 ラグディフという悪に添えられた、ただのお飾りの花だったはずの私。でも、グリファムの隣では、もっと咲き誇ることができるのだろうか。

 例えば……そう、王国の版図をもっと広げ、ゼフェナーン帝国を名乗ったら? グリファムは初代皇帝、私はその帝妃だ。


「ねえ、グリファム……」

 私はその考えを伝えるべく、グリファムの肩口に頬を寄せると、彼を見上げるようにして口を開いた。

 彼がいつも、花のようだと例えるこの唇を、ほころばせて。


【悪に侍る花 完】


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暴虐将軍たぬきからきたらまさかのドロドロでした。 最高です 復讐と劣等感がエンドレスになりそうですね この世界で夜寝てたら殺られそう でも戦争ある世界線ってこうなんだろうなって思いました
[良い点] まさかの逆転劇。ドロドロな人間関係からの意外な顛末に感心しました。 [一言] さて、誰が煽られ乗せられたのか、誰が煽って乗せたのか。 主人公の生き残りたい為の行動が下風に置かれた弟の野心に…
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