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もっといちずにっ☆-放課後ラブタイム-

作者: 丸尾累児



 ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴る。



 それと同時に担任が号令を指示した。

 すぐさま日直が「起立、礼っ!」と声を張り上げ、それに併せてクラス全員が頭を下げる。それから、担任が教室を出て行くと、ようやく授業から解放されたことに安堵するようにざわつき始めた。



 お待ちかねの放課後だ。

 ある男子生徒はそそくさと部活へと急ぎ、ある女子生徒は寄ってきた友達と会話を始める。




 そんな中、一人の少女が廊下側の中ほどに座する男子生徒に向かって歩いて行った。




 青みがかった黒髪を左の耳元でリボンを使って結び、まるで毛皮のマフラーのようにその長い髪を首元からしたたらせている。顔の形は柔らかに曲線を描いて整っており、目は一重でクッキリとした虹彩が瑞々しい輝きを放っていた。



 その少女は目的の机の前に立つと「あの……」と弱くか細い声で口を開いた。



「三田村君、今日委員会の仕事だから……」



 そう言い放つ春森いちずは図書委員だ。




 毎回遅くなることがあるから、彼氏である三田村誠一に迷惑を掛けているんじゃないかと不安になっている。なぜ迷惑かというと、誠一も誠一でいちずが心配だからという理由で自主的に居残りをしているからだ。




 しかし、誠一はいちずの気持ちなど知る由もない。



「あ、そうなんだ。じゃあ俺も居残るよ」



 と空気の読めない発言をする。


 そのことにいちずは自分がうまく伝えられないからだと自責して黙り込んでしまった。



「……どうしたの?」


「あのね、毎回悪いするの。私のためだけに残ってもらうなんて、なんだか三田村君の自由時間を奪ってる気がするから」


「そんなこと無いよ。春森はガンバってるんだし、俺はオマエと帰るのが楽しみだからさ」


「そう言ってくれるのはうれしいけど……。でも、お姉さんのこともあるんでしょ?」



 いちずの言う姉とは、誠一の実姉明菜のことである。




 何度か面識はあるものの、具体的にどんな人かまでは知らない。ただ「自分よりもおっとしてるな」と思った――それがいちずの印象だった。




 誠一曰くとても手のかかる姉らしい。昔から鈍くさくて、なんでも弟頼みで、子離れならぬ弟離れできない人とのこと。そんな話を誠一から聞いて、いちずは「可愛らしいお姉さんなんだなぁ~」と二人の間柄を微笑ましく思った。


 だが、当の誠一は違う。



「姉ちゃんのことは放っておけばいいよ。どうせすぐにケータイに掛けてくるんだし」


「そんな風にお姉さんのことを言ったらダメだよ。三田村君の大切なお姉さんでしょ?」


「そりゃまあそうなんだけど……」



 と辟易したような態度を見せた。


 けれども、姉弟であるという点を問われると「そこまでイヤじゃない」というような含みも持たせる。いちずはそのことを感じ取り、誠一が本心ではお姉さんのことが好きなのだろうと思った。



「もう少し気を遣ってあげた方がいいんじゃないかな? 三田村君を頼りにしてるんだし」


「だけど、こっちとしては頼りにされ過ぎてて困るんだよ」


「私だったらうれしいな……お姉ちゃんいないし」


「春森はひとりっ子だっけ?」


「……うん。仲のいい姉妹とか憧れちゃう」


「そんなにいいモノじゃないって。朝は俺が起こさなきゃならんし、女のくせに料理が苦手とか言っちゃうんだもん」


「三田村君、それはなんでも言い過ぎだよ」


「いいんだよ。姉ちゃんって、それぐらい言わないとなんにもやってくれないし――それより、春森が終わるまでやっぱり残るよ」


「そんなの悪いよ……」


「なにも気にしなくていいって。ただ単に俺が春森と一緒に帰りたいだけなんだからさ」


 

 誠一が屈託のない笑顔を見せる。



 それを見て、いちずは胸がキュンっと高鳴った。

 なんだかんだで自分のことを考えてくれる誠一は改めて自分の彼氏なんだと実感できる。なにより、そうした笑顔を見ることで、自分の中にある「好き」という感情が本物なのかどうかを確かめられたからだ。



 だから、いちずは誠一の好意に甘えることにした。



「……うん、わかった。じゃあ時間掛かるかもしれないけど、教室で待ってて」


「オッケー。終わったら一緒に帰ろう」


「うん」



 と小さく頷く。




 それから、いちずは「じゃあ」と軽く手を降って誠一の元を去った。





    ----------------------------------------------------------------------





 ガラガラ――と音を立てて、扉が閉じられる。



「じゃあ私が鍵を置いてくるから、春森さんは三田村君のところへ行ってあげて」


「で、でも……」


「彼氏なんでしょ? 早く行ってあげなよ」


「すみません……」


 と申し訳なさそうに同じ図書委員の上級生に会釈をするいちず。


 図書室を閉めるにあたり、上級生の好意で先に帰らせてもらえることとなった。いちずは一礼して別れの挨拶をすると、クルリと身を翻して教室に向けて走り出した。




(教室で三田村君が待っている……)




 そのことを考えると、これ以上嬉しいことはないように思える。



 走ることが苦手なはずのいちずだったが、誠一のことを考えると速まる動悸も、胸の息苦しさも、気にならなかった。むしろ、気持ちの軽やかさになって背中に羽根でも生えたかのようだ。

 いちずは飛ぶがごとくの勢いで誰もいない廊下を駆け抜けた。


 それから、教室の扉を開けて待ちわびているはずの誠一に声を掛けようとする――が、当の誠一と目線を合わせることはなかった。






 なぜなら、誠一は机の上に突っ伏して眠っていたからだ。






 いちずは残念に思った。


(せっかく走ってきたのに迎えてくれないなんて――)


 そう思うと走ってきた疲れも相まって二重の負荷が身体にのし掛かってきた気がした。

 すぐに誠一のところへ行き、身体を揺すってみる。



「三田村君、起きて……」



 しかし、誠一はグッスリ眠っているのかなかなか起きる気配がない。

 困ったいちずは眠る誠一をただ見続けるしかなかった。



「……どうしよう……」



 ポツリとつぶやく。


 しばらく、困惑の表情を浮かべるいちずだったが、徐々に眠る誠一の顔が愛らしく思えるようになってきた。

 いちずは隣の席からイスを引っ張り出し、誠一の真横に座ってその顔を眺め続けた。



 しばらくして、誠一は目を覚ました。



「おはよう、三田村君」


「――あ。春森、帰ってきてたんだ」


「うん、さっき図書委員の仕事が終わったから……」


「そっか……ってあれ? つーことは、俺が起きるまでずっと待ってた?」


「うん……気持ちよさそうだったから、つい」


「なんだよぉ~起こしてくれたっていいじゃないか~」


「一度は起こそうとしたんだよ。でも……」



 と言いかけた直後、いちずは黙り込んだ。




 なぜ黙ったか――それは自分が誠一の顔を眺めていたなんて恥ずかしくて言えなかったからだ。




 だから、いちずは顔を真っ赤にして俯いた。

 誠一と目線を合わさないようにして黙っていようとしたのだ。しかし、そんなことが誠一に通用するはずがなく、すぐに問い詰められてしまった。



「でも、なに……?」


「……い、言えない……」


「笑わないから言ってよ」


「……無理……」


「うーん、春森がどんなことを思って、起きるのを待っててくれたのか気になるんだけどなぁ~」


「そう言われても……」


「ねえ、ホントに笑わないから言ってみてよ」


「……ホント?」


「ホントにホントだって。春森は俺が信じられない?」


「わかった。三田村君がそこまで言うなら……」



 と言って、顔を上げるいちず。


 少しだけ息を吸い、ゆっくりとしたペースで深呼吸する。

 それから、自分が寝ている間にしたことを明かしてみせた。



「あのね、私三田村君の寝顔を見てたの……」


「俺の寝顔を?」


「……あの……その……とっても可愛かった……から……」



 それを告げるだけでも恥ずかしい――いちずは再び俯いて目をつむった。



 刹那、教室中が重苦しい雰囲気に包まれる。

 まるでいちずと誠一の間に厚い壁ができたみたいになって、二人が顔を合わせることを阻んだ。それはしばらくの間続いたが、ぶち破るように誠一から話しかけたことでなくなった。



「――あ、あのさ」


「……うん……」


「スゲエ嬉しいよ……。なんか誰かにそういう風に言われたの初めてだからさ」


「あ……」


「だから、もっと恥ずかしがらずに言ってくれていいよ。俺、絶対笑ったりしないから」


「う、うん……」



 その言葉は実に暖かかった。


 いちずにとって誠一は彼氏であることは間違いない。だが、それ以上に絶対信じられる人という印象を深めた。

 それゆえに心底に芽生えたホッとするような気持ちをずっと握って離したくなかった。


 いちずが笑みを浮かべて言う。



「三田村君」


「ん、なに?」


「……その……ありがとう……褒めてくれて……」


「いや、そんなつもりはないよ。むしろ、逆じゃん。春森が俺の寝顔を褒めてくれて、俺は正直に嬉しかったんだ」


「ううん、そんなことないよ。私なんでも恥ずかしがっちゃうから、三田村君にそう言われて少しだけ勇気が沸いて嬉しかったの」


「そっか……。じゃあお互いに褒められて嬉しかったってことなのかな?」


「……かもしれないね……」



 そう言ったとたん、二人はクスクスと笑った。


 なんでもない事柄だったが、互いに思うところがあったのだろう。それだけいちずにとっても、誠一にとっても、お互いを信頼できる人間だと確かめられたのだ。



「それじゃあ帰ろっか」



 と誠一が告げる。



 いちずは黙って頷き、教室の鍵を持った誠一の後に続く。





 そして、二人は教室の鍵を閉めると手をつないで職員室までの道を歩いた――







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