Ⅶ
『この姿で、貴方の前に現すのは初めてです』
決勝前、あの少女は趣味の悪いアイマスクを外して、俺の前に現れた。
青髪青眼の少女。俺はこの少女の素顔を見たのは今回が初めてだろう。だが、俺はこの少女のことを知らなかったわけではない。
“青い鳥”。その名前を聞いた時、半信半疑だった。師や兄弟子だった彼の言っている人物なのか、どうか、と
だが、この少女の言動、何よりも、この少女の持っていた細剣が彼らの言っていた人物であることを悟った。
師が言っていた。命が尽きるまでに一度戦ってみたい相手、だと。
彼が言っていた。自分の命がどうなっても守りたい相手、だと。
他人などどうでもよさそうなこの二人がここまで思うのだろうから、どんな人間だろうか、と思い、会ってみたら、ただの小娘だった。いや、只ではない、トラブルメーカーである。
でも、この二人にそこまで思われるのも納得できるような気がした。
『約束をしてくれませんか?』
そう言われた時、俺はお前を試そうと思った。
お前はあいつに幸せを運んでくる存在か、どうかを………。
だから、俺を倒して見せろ。俺はお前を殺すつもりで行く。
***
翡翠の騎士とカニスの戦いもハイレベルだと感じたが、この戦いがまさかそれ以上の白熱した戦いが見られるとは思わなかっただろう。
俺はここに来て、やっと青い鳥の真価を垣間見たような気がする。
翡翠の騎士が一方的に攻撃しているように見えるが、それは違う。あいつは敢えて攻撃していないのだ。
翡翠の騎士の攻撃を巧みにかわし、翡翠の騎士の隙を探しているのだ。
おそらく、あいつはただかわしているだけだと思うが、その姿は大空を自由に舞う鳥を彷彿させる。
それほど、優雅で、可憐だ。
こいつの動きは全てを魅了させる。
今までのこいつの戦いにはそれがなかったのか、と思うが、今までの相手がこいつの真価を発揮させるほどの相手ではなかっただけの話だろう。
こいつは格上であれば、格上であるほど、磨かれていく。あいつには強さの限界がないのではないか、と錯覚するほど底が知れない。
あいつの強さは限界を知らないところなのかもしれない。
限界を知らないから、自由に飛び回ることが出来る。
限界を知らないから、何処までも挑戦していくことが出来る。
こいつは翡翠の騎士の隙を見つけたようで、その隙目がけて、突いてくる。素早い動きで、翡翠の騎士の体勢を崩しにかかってきた。
こいつは慎重派かと思えば、そうではない。確かに、慎重に動く時もあるが、ちゃんと勝負所が何処なのかを見極めることが出来るので、勝負に出る時は勝負に出る。
だが、国随一の剣士として名高い翡翠の騎士がそこで崩されるほど甘い人間ではない。体勢を整えようとして、距離をとってくれたら、正直ありがたい話だが、彼は敢えて勝負に乗る。
あいつの攻撃を全て剣で弾き飛ばしていく。その神技には驚嘆してしまう。そして、再び、翡翠の騎士が攻撃、あいつが回避に回る。
この戦いはまさに、我慢比べ。焦りは禁物。どちらかが焦りでもしたら、その時、勝負が決まる。
とは言え、この戦いはどれほど続くか分からない。長期戦になるとしたら、男性と女性との体力差が出て、青い鳥の不利となるだろう。
今までの戦いなら、あいつは最小限の動きに抑えたと思うが、流石に、翡翠の騎士程度の実力者では最小限の動きに抑える余裕などないだろう。
本当は剣で止めるなり、受け流した方が無駄な体力を抑えることが出来るとは思うが、あいつの持っている細剣では彼の剣を止めることは勿論、受け流すことなど出来るはずがない。だから、避けているのだろうが。
このままではあいつが負けるのは時間の問題である。
あいつがここで負けたって、鏡の中の支配者の件とは違って、負けたからと言って、この城から出ていくことはないし、教会側に回ることもない。
だけど、俺はあいつに負けて欲しくなかった。いや、この試合だけは勝ってほしかった。どうして、そんなことを思うのか分からない。直感と言えば、直感だ。
このままでは負けると感じたのか、あいつは左腕を出して、次の瞬間、予想外の行動に出た。
左手で彼の剣を受け流していく。当然、素手で彼の剣を受け流したのだから、左腕からは血が流れる。
流石の翡翠の騎士もこいつの行動は予想外のものだったらしく、彼らしくない隙を見せることになってしまう。
その隙を見逃すあいつではない。お返しだと言わんばかりに、細剣を仮面の剣士の脇腹目がけて突き刺していく。
翡翠の騎士は予想外の怪我を負った為、距離をとる。
あいつの左腕は大量の血が次から次へと流れ、翡翠の騎士は脇腹からかなりの量の血を流す。
誰がこんな光景を予想していただろうか?
一方は敵なしの国一の剣士。その一方は無名の新入りの宮廷騎士の少女。
はっきり言って、実力的には翡翠の騎士の方が明らかに上だ。それなのに、こいつは引けを取らない戦いを繰り広げられるのか?
こいつは運や奇跡を呼びよせるからと言ってしまえば、それだけだ。だが、運や奇跡が勝手に来るわけではない。こいつは神でも、神に愛された子ではない。
こいつは無理矢理、運や奇跡を呼びよせるのだ。人はそれを無謀だと言う。
とは言え、本当は誰でも運や奇跡を呼ぶことが出来る。だが、誰も実践していないだけの話だ。
そう、こいつは運や奇跡がやってくるまで、諦めていないだけである。来るまで、負けないのだ。
だから、いつか奇跡や運がやってくる。
だから、あいつは幸せを運ぶことが出来る。
そして、翡翠の騎士は痛みをこらえながら、あいつに向かっていく。こいつも翡翠の騎士に向かっていく。
お互いダメージを食らったからか、若干動きが鈍っているが、それでもどうにか目で追えるくらいの速さである。
こいつは左腕を敵の攻撃を受け流す剣と利用する。言ってみれば、あいつは二刀で闘っている。
あいつの体力が尽きるのが先か?
あいつの血が尽きるのが先か?
あいつは時限式爆弾を背中に背負って、戦っている。
早くしないと、爆弾は爆発してしまう。
それは翡翠の騎士も同じようである。あいつからの出血量と彼の出血量はほぼ同じ。
時間が経っていくにつれ、翡翠の騎士と青い鳥の動きは鈍っていく。
それと反比例していくように、あいつと仮面の騎士の攻撃のヒット数が増えていく。
あいつが彼の右腕を突き刺せば、彼もあいつの右腕を斬りつける。
彼が足を斬りつければ、あいつも足を突き刺す。
あいつの軍服が自分の血で血塗れになると、翡翠の騎士の軍服が自分の血まみれになっている。
あいつの身体は限界が来ていると言うのに、あいつはまだ立っている。
それは翡翠の騎士の身体も限界が来ていてもおかしくないと言うのに、彼もまだ立っている。
あいつはもう剣が握れないと悟ったのか剣を捨て、蹴りを入れていく。すると、仮面の騎士の件も吹き飛び、彼も蹴りで応戦していく。
これを見ると、子供の喧嘩でもしているかのようにも思える。
それでも、彼らは動きを止めない。ここからは意地の張り合いだ、と言わんばかりの様子で、避けることもしない。
誰かが拳で殴れば、拳で応戦し、誰かが蹴れば、蹴りで応戦していく。
俺は青い鳥の姿を見る。
奇跡や運を呼ぶことが出来るのはあいつが負けず嫌いだから、と言うのは分かる。
では、あいつが幸せを運ぶことが出来たのは何故だろうか?
あいつが幸せを運ぶことが出来るのは、相手の笑顔があるからなのではないだろうか?
人は言う。守りたい人がいるから、頑張ることが出来る。あいつは勿論、翡翠の騎士も同じことである。
だが、これは翡翠の騎士にはなくて、あいつにだけあることだ。
あいつは幸せを運ばなくてはいけない人がいれば、いるほど頑張れる。
幸せを求める人がいるから頑張れる。
幸せを運びたい人がいるから頑張れる。
それがあいつの原動力になり、どんなことにでも諦めない気力が出来ていくのではないだろうか?
俺はそれをサポートする為に、一緒にいる。
俺はあいつと一緒に、1エルの価値にもならないことをしているのだ。それと同時に、どんなにお金を積んでも貰えないものも貰っている。
だから、俺は今、あいつに出来ることをしなくてはならない。
あいつの戦いには介入できない。
でも、それ以外のことなら出来る。
俺は王の特別席から少し離れた解説者席に走っていく。黒龍さんの声が聞こえてきたような気がしたけど、今は気にしてはられない。
ハイテンションで叫んでいる解説者のところへ行くと、彼は俺のことを言っているような気がしたが、気にしてられない。
俺が今できることをしなければ、後悔してしまう。
しなくて後悔するよりは、して後悔する。それが一番だと、俺は経験的に知っているから。
俺は思いっきり叫ぶ。
あいつに想いが届くように叫ぶ。
お前はいつも言っているだろ?
私は幸せを呼ぶことが出来る。勝利を呼ぶなんて、私には朝飯前だって。
だったら、もたもたしてないで、ちゃんと起こせよ。
『―――お前は幸せを呼ぶ鳥なんだろ!!』
その瞬間、俺の想いが届いたのだろうか?
あいつの蹴りが仮面の騎士の顎にクリーンヒットし、彼は宙に舞い、地面に叩きつけられる。
打ちどころが悪かったのか、彼は動くかなかった。
『おっと!!これはまさか、まさかの展開か!!翡翠の騎士選手、ダウン。勝者………』
解説者は俺からマイクを奪い取り、言いきる前に、青い鳥も倒れてしまった。
ここまで、気力を持たせたのだから、もう少し気力を持たせておけよ。そう思うが、俺は自然と口が緩む。
どちらにしろ、今回もちゃんと奇跡をおこせたじゃないか。
こうして、波乱の大会は優勝者がいないと結果で閉幕することになった。
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次回が《青い鳥と嘆きの騎士》の最終話となります。よろしければ、最後までお付き合いよろしくお願いします。
次回投稿予定は11月31日となります。