Ⅴ
血塗れになった屋敷。
壊れたように笑い続けるあいつ。
呆然と見ているしかできなかった俺。
その日、大量虐殺が起きた日で、あいつの心が死んだ日でもあった。
俺はそんなあいつを助けたくて、力を欲した。力に餓えた。
あの時のあいつを化け物と言うなら、あの時の俺は獣だった。
あいつを守る為の力が欲しくて、あいつを傷つけるものを壊し続ける力に餓えた。
だから、俺はとある人物に師事することになった。
今思うと、彼の壊れ加減は逸脱していたが、あの時の俺には関係なかった。
彼が持つ誰も近寄らせない絶対的な強さ。俺が欲したモノはまさにそれだった。
あの時の俺はそれだけ手に入れば、他はどうだって良かった。
そう、彼がどんなに狂っていても、どんなに壊れていても、俺には関係なかった。
どんなに苦痛が伴っても、どんなに凄惨な光景が広がっても、俺には関係なかった。
俺に必要なのは力のみだったから。
それさえ、手に入れることが出来れば、俺は悪魔にでも命を売る覚悟はあった。
けれども、俺はあの時欲した力を手にいることが出来たのだろうか?
今、俺はあいつを守ることが出来ているのだろうか?
***
二日目が始まりを告げると、流石、終盤まで大会に残った猛者達である。どの試合もレベルの高い闘いである。
どうやら、黒龍さんがくれた薬は毒薬ではなく、本当に痛み止めだったようで、あいつは戦いを有利に進め、勝利を収めた。
これでベスト4まで絞られたことになる。そこには青い鳥以外に、翡翠の騎士とカニスまで残っている。
そして、次の試合はどの試合よりも注目が高いはずである。実質的の決勝である。
カニスVS翡翠の騎士。
片や、宮廷騎士の実質上のトップに君臨している国随一の剣士で、片や、大会常連者達を寄せ付けない戦士。
この試合は今までの試合とは比べようのないほど荒れるだろう。
『準決勝を始めたいと思います。初出場ながら、ここまで勝ち残ったカニス選手。ここまでの剣士は滅多にはいないと思います。そう、彼は荒れ狂うような狼』
解説者にそう紹介されて、カニスが姿を現す。観客の歓声など気にせずに、歩いていく。
『そんな彼を返り討ちにしようとしているのは我らの国最強の剣士、翡翠の騎士。彼にとどめを刺して、決勝に進むことが出来るのだろうか?』
翡翠の騎士も姿を現し、舞台で互いに顔を合わし、剣を抜く。そして、レフェリーの合図と共に、互いに向かって走る。
彼らの動きについていける人間は果たして、この会場に何人いるだろうか?
それほど、彼らの動きは尋常ではなかった。
剣が擦れる音は響くが、その動きと音が合っていない。
これは光速の域の闘いと言ってもいいかもしれない。
『これほどハイレベルの戦いは見たことがありません。解説者である私でも、動きが見えません』
解説者はそう叫ぶ。
『ですが、決勝に勝ち残るのはたった一人。何とも残酷な運命でしょう』
確かに、そうだろう。黒龍さんにしては、配置ミスとしか言いようがない。あいつを本気で潰す気でいたなら、あいつの初戦の相手を断罪天使ではなく、カニスにするべきだったのだ。
『剣技で圧倒する翡翠の騎士選手か?スピードで圧倒するカニス選手か?展開が見離せません!!』
確かに、カニスと翡翠の騎士では剣術の腕前で比べると、翡翠の騎士の方が明らかに上である。だが、カニスは身体能力でそれらをカバーしている。それに、カニスは風精である。風の因子達がカニスの意思関係なく力を貸している為、身体能力以上のスピードを出すことが出来ている。この大会は魔法を使うのは禁じられてはいるが、カニスのように常時魔法を使っているような例ではどうしようもない。と言っても、それに気づいているのはごく一部だけだと思われるが。
ただ気になることがあるとしたら、カニスの周りにいる風の因子が昨日より若干少ないことだ。若干なので、気のせいかもしれないが。
その時、攻撃を仕掛けたのは翡翠の騎士だった。カニスは長期戦で強みを持つ剣士らしいので、今、彼が勝負に出たのは正しい判断である。
翡翠の騎士は孤高の狼王の剣一点に絞り込んで何回も打ってくる。流石のカニスもこの激しい斬撃には耐えられなかったのか、翡翠の騎士から距離をとろうとするが、それを許す翡翠の騎士ではない。
体勢を整えることが出来なかったカニスは若干動きが乱れつつある。このままでは彼のガードが破られるのも時間の問題である。
だが、カニスはこのままやられっぱなしで終わるようなことはなく、剣術だけでは勝てないと判断したのか、彼は器用に蹴りを取り入れ、翡翠の騎士の劣勢だったのを同じ土俵に戻す。
観客は息を呑んで、彼らの闘いを見入る。どちらが勝っても、おかしくはない闘いだ。だが、この試合で一人が脱落する。
そして、彼らは激突するわけだが、次の瞬間、観客を裏切る光景が広がった。
カニスの手から剣を放し、あれほど翡翠の騎士の攻撃を捌いていたカニスが翡翠の騎士の一撃をもろに喰らってしまったのだ。
深手を負ったのか、それとも、別の原因なのか分からないが、彼は舞台の上で倒れ込む。
それには観客は唖然し、何よりも、翡翠の騎士は一番驚愕の表情を浮かべる。
『おっと!!カニス選手。これはどういうことだ!!』
解説者は叫ぶ。ここまで、白熱した試合をしていたのに、こんなあっさり試合が終わってしまったので、彼がそう叫ぶのは分かる。
『まさか、まさかの展開です!!と言うことで、翡翠の騎士の勝ちと言うことになりました。予想外の展開ではありますが、翡翠の騎士の決勝が決まりました』
解説者はそう言うが、観客の中ではざわめきが止まらない。
確かに、納得はいかない終わり方ではある。
『拍子抜けな終わり方ではありましたが、次の準決勝を始めますが………。え?こちらもユーリ選手が棄権した?おっと、準決勝で、まさかの棄権ですか?何とも波乱万丈な展開です。と言うと、翡翠の騎士の決勝の対戦相手は青い鳥選手です。何とも、これは翡翠の騎士選手VSカニス選手と同じくらいの注目の対戦かもしれません。決勝戦は予定通り、午後に開始します』
解説者がそう言うと、隣にいた黒龍さんは、
「カニスとか言う男が何を思ってリタイアをしたのか分からねえが、あの小娘の対戦相手の棄権は当然の結果だろうな」
そんなことを言ってくる。
「………どう言うことですか?」
俺がそう尋ねると、
「はっきり言って、奴は実力なんて持たずに入ってきたボンボンだ。そんな奴がここまで勝ち残れるはずがねえ。奴の対戦相手は買収されたんじゃねえかと言う疑いがかかっている。昨日、あの小娘に怪我をさせた連中の中心は奴らしいしな」
彼がそう答えてくる。確かに、あいつは金で買収出来る人間ではない。何たって、あいつは金が欲しくて出場しているわけではない。
だが、あんな行動しておいたと言うのに、準決勝に出ないと言うのはおかしいのではないのか?自分が勝てるように、あいつに怪我を負わせたのではないだろうか?
「………まあ、そいつは自分のしでかしたことを病院で噛みしめている頃だろうがな」
彼はそんなことを呟く。それを聞いて、俺は納得する。どうやら、彼が制裁を加えたそうだ。
確かに、黒龍さんは実力主義で、薄汚い行為は嫌いそうだから、よほど、そいつの行動は許せなかったのだろう。
「と言っても、俺も小細工したわけだから、人のことは言えねえから、殺しはしなかった。あんな奴は殺す価値も言った方が正しいかもしれねえが。つうか、あの小娘が決勝上がってしまった時点で、小細工した意味も成してねえじゃねえか」
気分がわりいから、空気を吸ってくる、とだけ言い残し、王の傍に俺を残し、いなくなってしまった。
この後、どんなシナリオが残っているのか分からない。だけど、俺は信じてみようと思う。
あいつがいつものように奇跡を起こし、自分自身を勝利に導くことに………。
感想、誤字・脱字等がありましたら、よろしくお願いします。
次回投稿予定は11月17日となります。