Ⅳ
俺は試合に出る為に、待合室に向かっていた。
見せ物として、剣技を競うのは正直好きではないのだが、この大会で俺が実力を見せつけることがあいつを守る剣となり、盾となることが分かっているので、気分が乗らなくても、出場している。
それに、今回はあの少女の約束もある。この少女が俺のところまで来ようと、来なかろうと、俺は見届ける義務がある。
そんなことを思っていると、人目のない廊下から複数の声が聞こえてくる。しかも、その全てが聞き覚えのある声だった。俺が角からその声が聞こえてくる方向を見ると、一人の少女を複数の少年たちが囲んでいた。
彼らは全て上級階級出で、親のコネで入ってきた宮廷騎士たちだった。確か、彼らは予選の時、あの少女にコテンパンにやられていた記憶がある。それは当然と言えば、当然の結果だと思える。
彼らは宮廷騎士としての実力を持って、入ってきたわけではない。このような実態を作ってしまったのはあの男と俺の存在が原因だと言うことも知っている。
どうせ、彼らがいようと、いまいと何も影響はない。この城、いや、あいつを守っているのは宮廷騎士でも、まして、宮廷魔法使いではない。あの男が作ったシステムとあの男自身の圧倒的な実力があったからに他ならない。
『………お前、自分がやっていることが分かっているのかよ』
一人の少年がそう言ってくる。一方、そう言われた少女は怖がることもなく、強がることもなく、いつも通り、顔色変えずにその少年を見つめている。
『私はただ大会に参加しているだけです』
自分は何も悪いことをしていないと言った様子を見せる。それはそうだ。この少女は何も悪いことはしていない。ただ、彼らの立場が悪くなったのは自分自身の実力のなさが原因となっているだけの話なのだから。
『このまま、お前に勝ち残ってもらうのは困るって言ってんだよ』
そう言って、彼らは少女が動けないようにして、暴力を振るう。複数の少年が少女をリンチする光景は何とも言うことが出来なかった。たかが、少女一人相手に、複数の男でかからなければ、何もできないのか、と。
だから、俺はプライドだけ一人前に高い貴族が大嫌いである。彼らの無意味なプライドの所為で、あいつは治ることのない心の傷を負い、あいつの笑顔が失われることになった。
それなのに、俺は刃向かうことなどできず、見ていることしかできなかった。そんな俺が一番嫌で、力に餓えた。俺は力を得ることは出来たが、あいつを救うことはできないままである。
どうしたら、あいつを救える?あいつは心から笑うことが出来る?
『………殴りたいなら、気が済むまで殴って下さい。それでも、私は大会に出て、勝ち続けます。私はそれくらいの妨害で、退くような人間ではありません。いいえ、何があっても、私は退くことが出来ないのです。私がここで負けたら、彼を裏切ることですから』
その少女はそう告げる。
自分が頑張れば、彼を救うことが出来る。そう、言っているような気がした。
もし俺があの時頑張っていれば、あいつは救われたのだろうか?
***
青い鳥の対戦相手は確かに、強者揃いだったが、あいつはちゃんと勝利を納めていた。それに比例するかのように、黒龍さんの機嫌が悪くなっていく。
青い鳥の機嫌がいい時は黒龍さんの機嫌がいい時などありえないだろう。この二人は似たような性格している。青い鳥が黒龍さんのことをどう思っているのかは知らないが、黒龍さんは青い鳥のことを快く思っていないのはわかる。それは同族嫌悪なのだろうか?
この二人の性格は似ている。
だが、この二人は性質が違う。
自分に運を使っているか、他人に運を与えているか。それだけの違いだが、それだけの違いで、彼らの生き方が百八十度も違ってくる。
あいつはちゃんと勝利を納めている。だが、試合を重ねるたびに、あいつの勝ち方がぎこちないものになっていく。疲れが溜まっている所為と考えるのが一番納得できるものだが、この試合の参加者の中で、一番労力を使うことなく、一番無駄なく、洗練された勝ち方をしているのが他ならぬ、あいつだ。
あいつは普段からエネルギーが有り余っている。下手したら、一般男性なんかより体力はあるのかもしれない。そして、労力を最小限に留めているのだから、あいつはまだ体力が残っているはずである。
なら、あいつはどうしてそんな闘い方をしているのだろうか?
どうして、試合を重ねるごとに、動きが鈍っているように見えるのだろうか?
試合中、滅多に表情を出さないあいつが一瞬、表情が引き攣ったように見えたのを俺は見逃さなかった。
あいつは噛みしめて、剣を振るう。
もし大会で、怪我を負った場合、医療班によって、治療をして貰える。だが、あいつにはできない。あいつの体質故か、治療魔法や補助魔法の効き目は普通の人と比べると、効きづらい。だから、あいつは体力を消費しても、相手の攻撃を受けないことを優先してきたはずだ。現に、あいつは試合中では断罪天使相手でも、怪我を負わずに、勝利した。だが、逆に言ってしまえば、あいつは大怪我を一つでも負えば、それだけで致命傷になりうると言うことだ。
もし、銀色狼の件で、大怪我を負って、死にそうになったのが俺ではなく、あいつだった場合、間違いなく、あいつは他界していただろう。
今、あいつがどれくらいの怪我を負っていようと、死ぬような怪我ではなかったとしても、それでも、あいつはハンデを背負って、戦っていると言える。
この状態で、あいつが決勝に行ったとしても、コンディションがいいあいつでも倒すことがむずかしい翡翠の騎士相手にハンデを背負ったままでは勝つことができないのは誰が見たって分かりきっていることである。
この大会は生死を賭けたものではない。いわゆる、娯楽。あいつが優勝しても、優勝しなくても、あいつは勿論、俺にも関係ないはずだ。
だが、俺は八年という年月もあいつと一緒にいる。だからか、俺は感覚的には気付いている。
あいつは無意味や無駄なことをする奴ではない。どんなことだって、意味があって行動していると言うこと。
あいつは馬鹿高い化粧品の為に出場しているのではない。その目的もあるのかもしれないが、それだけで行動する奴ではない。
あいつは不器用である。一つのことしかすることが出来ない。だから、あいつは他にしたいことがあっても、今、しなければならないことを最優先させる。
そう、最近、あいつがしていることを思い出すんだ。
こいつがこの大会に出て、ここまで頑張っているのはそれだ。
そこまで考えれば、俺がどんなに鈍感でも分かる。そこまで分かれば、どんな馬鹿でも分かる。
そう、あいつはまた俺の為に頑張っている。こんなに不利な状態でも、頑張っている。
どうして、そこまでがんばれるのだろうか?そう思うが、あいつなら、こう答えるだろう。
みんなに幸せになって欲しいから。
あいつの救いようもない馬鹿さ加減には呆れる。だが、そんなあいつだからこそ、俺は救われた。再生人形やカニスも救っていた。
あいつは試合を終えると、お辞儀をすると、舞台から降りる。そして、あいつは俺を見ようとしない。
いつもなら、私は大丈夫、安心して下さい、と言わんばかりに俺を見ると言うのに、断罪天使戦以降、顔を見せようとしない。
あいつが俺に顔を見せようとしないのは俺に隠し事があるからに他ならない。あいつは嘘つきで、隠し事をする。だけど、俺に対して、引け目や罪悪感がある場合は違う。その時は決まって、俺の顔を見ようとしない。
この日、あいつはベスト8に進出した。それは喜ぶべきことだと分かっているが、俺は正直に喜ぶことが出来なかった。
この日の夜、国のお偉いさん達が参加するパーティーに勝ち残った戦士達も招待される。とは言え、自由参加となっている。翌日に備えて、ゆっくり休みたいだろうから、と言う配慮らしいが、ほとんどの戦士達は参加するようである。美味い飯にありつけるのだから、余程のことがない限り、辞退はしないだろう。
俺は今回だけ参加を免除されている。まだ、礼儀作法がなってない奴を出して、恥をかきたくないそうだ。確かに、今の俺がパーティーに参加しても、赤っ恥をかくだけである。
その為、俺が青い鳥の部屋を訪ねると、案の定、あいつが出た。そして、俺の顔を見た瞬間、すぐに扉を閉めようとする。
「………お前はどうして、扉を閉めようとすんだ?」
俺がそう言うと、
「………貴方は酷い人です」
こいつはそんなことを言ってくる。
「お前よりはいい人だと自覚していたんだけどな」
俺は強引に部屋に入り、こいつをベッドに座らせる。そして、ズボンの裾を捲って見ると、予想通り、数か所に痣が出来ていた。
「………この痣は試合で出来たもんじゃないよな?」
俺がそう尋ねると、こいつは俯く。その行動を肯定と捉えて、俺は溜息をつく。どうして、こんな怪我を負わなくてはいけないのか、と言うことも気になるが、そんなことを尋ねても、こいつは答えてくさないだろう。
「この怪我は負わなくても良かったものじゃないのか?」
俺が畳みかけるように尋ねると、こいつは先ほどと同じように答えない。
いつも思うことだが、こいつは本当に難儀な性格をしていると思う。こんな不器用な人生を送っていたら、いつか、こいつの身体が持たなくなってしまうだろう。
なのに、こいつはそう分かっていながら、変える気など全くない。こいつは自殺願望なのか?それとも、他殺願望者か?
そんなことを思っていると、扉を叩く音が聞こえた。何故か、こいつは出ようとしない。どうしてだろうと思っていると、
『………俺がわざわざ来てやってきたのに、居留守か。いい度胸してんじゃねえか。てめえら』
何故か、悪逆非道の俺様黒龍さんの声が聴こえてくる。何故、彼がのところへ来るのか、不思議でたまらない。
すると、魔法でぶっ飛ばしたのか、扉がくの字に曲がって、吹っ飛んでくる。そこにはやはり黒龍さんの姿があった。
この後、パーティーがあって、彼も出なくてはいけないのに、ここにやってきたのか、分からない。
「………どうして、来たんですか?」
こいつがそう尋ねると、
「………これを飲めば、怪我が治るということはねえが、痛みは引くはずだ。飲む、飲まない、てめえの勝手だがな」
彼はそう言って、青い鳥に紙袋を渡す。彼の言葉に、俺は勿論、あいつも驚いた様子を見せる。
まさか、彼がそんな優しいことを言うなんて、一生に一度あるかどうかである。どうやって、彼がこいつの怪我を知ったのか、気にはなるが………。
「………翡翠の騎士に頼まれたのですか?」
俺はそれを聞いて、黒龍さんの方を見ると、
「よく分かったな。と言うか、こんなことを俺に頼むのは奴くらいしかいねだろうがな」
こいつの言葉を肯定する。
「お前が奴に何をしたのか知らねえが、奴に勝てると思わねえことだな。奴に鏡の中の支配者のような死角はねえ。てめえだって分かっているはずだ。奴の剣の腕前は帝王と同等だ。まあ、奴らは同じ野郎に師事していた仲だしな」
黒龍さんはそんなことを言ってくる。俺はそれを聞いて、絶句する。翡翠の騎士が執行者に関わりがある?
「確かに、彼は帝王と同等だということを知っています。ですが、貴方は知っていましたか?奇遇ですが、私も彼らの師事していた方とは面識がありますし、一時期ですが、剣術の指導をしてもらったこともあります」
それを考えると、私も彼といい試合が出来る可能性があると思いませんか、とこいつはそう言う。青い鳥さん、俺は初耳だぞ。お前は剣術の指導を受けたことはないと言っていなかったか?
「ふん。どうせ、明日、お前は奴の実力差に絶望することになるだろうしな」
夢見ることが出来る今が幸せかもしれないな、と彼はそう言って、部屋から出て行ってしまった。勿論、あの人が部屋を修理していくこともない。
「………それ、どうすんだ?」
俺は黒龍さんが持ってきた紙袋を指す。黒龍さんはこいつを排除しようとしていたので、薬と偽って、毒薬を仕込んだ可能性も否定できない。
だが、あいつは紙袋をキッチンまで持ってきて、コップに水を入れると、その薬を口の中に入れて、水で飲み込んでしまった。
こいつは疑い深いので、得体の知れない薬を飲むとは思わなかった。
「………お、お前、それ飲んで大丈夫だったのか?」
俺がそう尋ねると、
「大丈夫です。彼は小細工を使うような卑劣な人間ではありません。私を排除するつもりなら、実力差を見せつけて、私の戦意を失くすくらいです」
こいつはそう言いきる。
こいつがそう断言するなら、大丈夫だと思うが………。
「………お前は何をするつもりなんだ?」
こいつは何の意味なく、自分の身体に無理を強いるような真似をする奴ではない。だから、こいつが無茶をするということはこいつにとって必要なことである。
「………前、貴方に言いました。黒龍を倒すためには同士が必要だと。私がこの大会に出たのもその為です」
「つまり、お前が仲間として引き入れようと、翡翠の騎士と言うことか?」
黒龍さんの言葉からすると、間違いなくそうだろう。もし彼を仲間に引き入れることが出来るなら、心強い。
「………そうですと言えば、そうですし、違いますと言えば、違います」
「何とも、曖昧だな。じゃあ、お前は誰を引き入れようとして、この大会に出ているんだ?」
俺がそう尋ねると、あいつはこう告げる。
「エイル国王陛下です」
俺はそれを聞いて、絶句した。
こいつが黒龍を倒すのは国王に俺を諦めさせるためだと言っていなかったか?
「お前は本当に何をしようとしているんだ?」
俺はそう尋ねても、こいつはこれ以上答えてくれなかった。
誤字・脱字等がありましたら、よろしくお願いします。
次回投稿予定は10月10日となります。