Ⅱ
俺はあいつを守れるような男になりたかった。どんなことがあっても、あいつには笑顔でいて欲しかったから………。
だからだろう。いつからし始めたのかは思いだせないが、気付いたら、剣を握り、素振りをしていた。
屋敷の使用人たちは俺に勉強するよう言ってきたが、その度、俺は勉強を抜け出して、剣の素振りに明け暮れていた。
そんなある日だった。俺はいつも通り、屋敷から抜け出して、見様見真似で剣の素振りをし、傍らには俺の素振りをしている姿を眺めているあいつがいた。
あいつは俺と違って、新しいことを学ぶことが好きのようで、勉強を抜け出すことはなく、ちゃんと決められたノルマーを終わらしてから、俺の所にやってくる。
俺が素振りしているところを眺めていたって、面白いところなどないだろう、と尋ねると、あいつは俺が素振りしている時が生き生きしていて、格好いいとぬかしやがった。
まあ、あいつにそう言われるのは気分が悪いものでもなかった。
だが、その日だけはいつもと違っていた。俺が素振りをしていると、草むらからかさかさと言う音が聴こえて来た。
森の中には獣がいるみたいだが、俺達人を襲ってくることはあまりなかった。だが、万が一、獣が襲ってきたら、あいつは対抗する術などない。
俺は素振りを止め、その音がした方へ行く。あいつも俺の後ろに隠れて、様子を窺う。そして、恐る恐る草むらを見ると、そこには獣はいなかった。その代わり、フードを深く被った少年が血塗れになって、倒れていた。
俺が見ても、その少年の命が危ないと言うことは分かった。とは言っても、あいつは勿論、俺にもその少年を運ぶ腕力など持ちえていない。使用人の助けを呼んだほうがいいと思い、あいつにこの少年を頼んで、俺は使用人に呼びに行った。
その時、俺達は気付くことはなかった。この出来事が後に俺達の運命に深く関わることなど………。
***
『―――お前達の勇敢さをとくと見せて欲しい』
王の言葉で開会式閉じる。開会式が終わるとすぐに、Aブロックから試合が始まる。
Aブロックには腕の立つ剣士も何人かいるようだが、翡翠の騎士とは次元が違った。俺は翡翠の騎士が戦っている姿を見るのは初めてだったが、ここまで実力の差が浮き彫りになるような闘いは見たことがなかった。
洗練されたフットワークに無駄のない動き。相手は城に所属するものではなかったものの、予選を勝ち抜いたのだから、そこそこの腕を持っているはずである。だが、大人が赤ん坊の手を捻るほどの、それは戦いと言えるものではなかった。
この戦いを見て、王が彼に信頼を置くのも頷けるものである。そんな化け物相手に、あいつは勝つつもりでいるらしい。だが、彼の実力を知れば知るほど、あいつの辞書には無謀と言う言葉を知らないのかと言いたくなる。
もし彼といい勝負する奴がいたら、それはBブロックにいるカニスかもしれない。娼婦館の一件で、彼と戦うことになったが、俺は彼の剣の腕前は見たことがなかった。彼の剣は翡翠の騎士ほど洗練されたものはないが、彼の闘いは野生の獣の闘いを連想させる。まあ、それは彼の血には狼の王と評される獣の血が流れているからかもしれないが。
それに、カニスは闘いを楽しんでいるように見える。黒龍さんの依頼とは言え、断罪天使はとにかく、カニスは依頼を果たす義務はない。そもそも、カニスが黒龍さんの依頼のことを知っているかさえ怪しい。カニスは武道大会で、いろいろな剣士と手合わせしたくて出たようだ。もしかしたら、翡翠の騎士との手合わせを楽しみにしているのかもしれない。翡翠の騎士を除いたら、彼が参加者の中ではトップの実力者なのは間違いない。
おそらく、彼と翡翠の騎士の対戦は注目してもいいと思う。そう思うと、執行者一の剣の腕前を持つ帝王と翡翠の騎士との戦いを一度でも見てみたかったものである。青い鳥のことを考えると、出なくて良かったと思うが、帝王と翡翠の騎士の闘いは類稀なる凄い試合になったと思うと、残念でならない。
続いてCブロックに入り、あいつや断罪天使がいるDブロックに入ると、そのブロックは他のブロックよりレベルの高い試合になる。解説者の話によると、このブロックには翡翠の騎士以外の優勝候補が軒を連ねているそうだ。偶然とは思えない組み合わせだ、と解説者は叫んでいる。
それは当然だろう。俺は横にいる黒龍さんをちらっと見る。彼によって、そのようなブロックにしたのだから………。
『初戦最後の試合を迎えることになりました。初出場ながら、予選で強豪達に引けを取らずに戦いを魅せ付けてくれたシデン選手。出来る男は外見にも出るのでしょうか?』
解説者の紹介に、断罪天使は眉を顰めながら、舞台に上がっていく。すると、観客席から、彼の名前が挙がる。勿論、女性限定だが。彼は美青年と言ってもいい顔立ちをしているので、女性たちが騒ぐのも理解できる。まあ、本人はあまりそう言うのは好きではないと思うが。
『そして、彼の相手を務めるのは宮廷騎士からの初出場!!この大会では紅一点。青い鳥選手です。何とも、変わった名前ですが、魔法使いなのでしょうか?あのアイマスクは翡翠の騎士に憧れてしているのでしょうか?何とも、謎めいた女騎士です』
解説者に酷いことを言われた青い鳥はと言うと、
「………このアイマスクが翡翠の騎士と同じくらい酷いというのですか?このアイマスクは店の人が勧めてくれたんです。このアイマスクはあれほど悪趣味ではありません」
憤慨した様子で、解説者に反論する。すると、試合が終わり、王の傍にいた翡翠の騎士は眉をひそめて、あいつを睨んでいた。
彼だって、あのアイマスクをしている奴に、悪趣味と言われたくはないだろう。
『おっと!!青い鳥選手。翡翠の騎士のファンを敵に回すような発言をしました。彼女がこの試合で敗退しなければ、いや、決勝に進むことになったら、面白いことになるかも知れません!!』
解説者はそんなことを言ってくる。すると、今度は黒龍さんが不機嫌な様子を見せる。はっきり言って、そのような展開になったら、彼の機嫌が悪くなることだろう。
『初戦最終試合を始めたいと思います。両選手、準備はいいでしょうか?』
レフェリーを務める兵士がとを見て、尋ねる。すると、彼らは互いに頷く。
『では、レディーファイト』
レフェリーの合図により、断罪天使は得物である太刀を手に取り、青い鳥に向かって、走りだす。だが、青い鳥は腰にある細剣を手に取らず、その場から動かない。俺はそれを見て、怪訝に思う。
「………あいつは何をするつもりなんだ?」
俺は思わず呟く。
『青い鳥選手!!シデン選手に怖じ気付いたのか、動きません』
解説者もそう叫ぶ。おそらく、観客もそう思ったはずだ。だが、あいつはいつも通り、期待を裏切る行動に出てくれる。
断罪天使があいつに向かって、斬りつけようとすると、あいつはその瞬間、跳躍して、彼の太刀の上に着地すると否や、彼の頭を蹴り飛ばす。彼は予想外の蹴りで、体のバランスを崩し、倒れ込み、尻もちをついてしまう。体勢を戻そうと、立ち上がろうとすると、あいつの細剣の剣技が彼に注がれる。彼はどうにか避けるが、体勢を戻せていないは押され気味である。
この光景は予想もしていなかった。確か、あいつは誰にも教えを乞うていない素人剣士ではなかったか?1,2週間、宮廷騎士の訓練を受けたとは言え、ここまでの実力を身につけることが出来るのだろうか?
一方、黒龍さんは思いもしない展開に驚愕の表情を浮かべているようである。執行者として、特別な訓練を受けているはずの断罪天使が一方的に、やられる光景など想像もしていなかったのだろう。
彼はバリバリの魔法使いタイプであり、あいつはバリバリの剣士タイプである。その時点で、相性が悪いのに、剣での闘いを強いられるこの大会ではに不利なのは当たり前である。
鏡の中の支配者の言葉を借りるなら、断罪天使はあいつより弱いから、この展開になった。
とは言え、彼が本当の実力を出して、あいつに挑むのなら、おそらく負けるのはあいつだと思うが。
「………これは予想できる範囲のことなのだろうな」
翡翠の騎士はそんなことを呟いてくる。すると、黒龍さんは彼を睨み、
「ああ?それはどう言うことだ?」
怪訝そうに尋ねると、
「あの男は本来剣士に向いた身体ではない。今まで、剣士として戦うことが出来たのは魔法の力を用いていたからだ。いわゆる魔法剣士という奴だ。そんな奴から、魔法抜きで、戦えと言うのが無謀と言うしか言いようがない」
翡翠の騎士はつまらなそうに答える。それは彼の言う通りだ。あいつは彼の剣術と雷撃で不利な闘いを強いられていたが、剣技だけなら、あいつはいい勝負をしていた。
それに、あいつが一度戦った相手に遅れをとるような奴でもない。
あいつと組み手をしている赤犬さんが前にこんなことを言っていた。
『あいつは一度戦って負けたとしても、二度戦えば、あいつは負けない。それはある種の才能としか言いようがないが』
彼女にそう言わしめたのはあいつの観察眼の賜物かもしれない。確かに、あいつのボランティアで戦って、負けたところは滅多に見たことがない。負けそうになっても、引き分けに持っていく。
もしかしたら、あいつは戦いの天才なのかもしれない。
その時、あいつは剣技に体術を加えて、じりじりと追い込み、最後は蹴りを入れて、の首筋に細剣を当てる。すると、断罪天使も勝ち目はないと判断したようで、「………参りました」と言い、試合が決まった。
その瞬間、観客から、歓声が沸く。初戦からここまでハイレベルな戦いを見ることが出来るとは思わなかっただろう。黒龍さんは「………ッチ」と、舌打ちをしていたが、仕方ないだろう。彼は断罪天使が勝つと思っていたのだから。
この後、彼は用が出来たと言って、席を外した。おそらく、鏡の中の支配者に断罪天使が負けた分の制裁を行う為だろう。それを思うと、彼には心底同情する。
最近、鏡の中の支配者は赤犬さんや黒龍さんにお仕置きされる機会が多いのではないのだろうかと思ってしまう。
黒龍さんの姿を見送った後、翡翠の騎士は俺を見て、
「………あいつのことが気になるのだろう。おそらく、あの男はしばらく帰ってこないと思うから、会いに行くといい」
その間にでも飯でもとるといい、と言ってくる。確かに、あいつのことが気になっていたのは事実だが、彼からそんなことを言ってくるとは思わなかった。
試合の間は俺の仕事はないようで、俺がここにいようと、いまいと関係はない。彼の提案を無下にするのも悪いので、
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせてもらいます」
俺は翡翠の騎士にお辞儀をして、そして、王にもお辞儀し、傍から離れる。すると、何故か、王の表情が曇ったような気がした。どうして、そのような表情をするのか、俺には心当たりなどなかった。
俺の気のせいだろうと思い、俺は席から立ち、俺はあいつのもとに向かう。
あいつに会ったら、素直に伝えてやろうと思う。
『頑張ったな』と。
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次回投稿予定は10月20日となります。