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『黒犬が欲しい』

 あいつは魔法協会本部から戻ってきた時に、そう言ってきた。どうやら、あいつは黒犬と呼ばれる黒髪黒眼の少年の魔法に魅入られたようだ。

 あいつがそのような発言をしたのは初めてだったので、俺は怪訝そうな表情を浮かべていると、

『………黒犬?確か、赤犬のところの秘蔵っ子か』

 それを聞いたあの男は驚いた様子もなく、そう返していた。

 赤犬と言えば、かつて宮廷魔法使いとして働いていた女魔法使いだ。彼女はこの男が作った残酷としか言いようがないシステムによって、師匠と幼馴染を失うことになったそうだ。

 そんな彼女が愛弟子をここに寄越そうとは思わないはずだ。

『そこまで欲しいなら、お前が頼めば、あの犬が断れるわけがないだろう』

 あの男は猛禽類を連想させるような笑みを浮かべていた。それを見て、俺は何とも言うことが出来なかった。

 この男はあいつの為なら、自分の身でさえ、神であろうと、悪魔であろうと、捧げることのできる奴である。この男はあいつの為に捧げ、喰い殺した人間は数知らず。かつて、この男がとても気に入っていたと言っても過言ではない“蒼狐”と言われていた魔法使いを贄として捧げている。

 今回も、この男は黒犬をあいつの為に贄に捧げようとしている。だが、俺は壊れたこいつと狂ったこの男を止めることはできない。

 そして、あの少年は喰い殺されるとは露ほど知らず、俺達の前に現れた。

 だが、少年は一人ではなかった。傍に、顔の半分ほど覆うアイマスクをしたおかしな少女がいた。アイマスクの奇抜は俺が付けている仮面と同等か、それ以上である。

 とは言え、試験を受けに来た時も、同じアイマスクをしていたので、驚きはしない。

 俺が赤犬と呼ばれた女性のもとへ行き、黒犬を宮廷魔法使いにするよう、申し出た時、あの少年を宮廷魔法使いにするために出した条件として、この少女を宮廷騎士にすることだった。

 その為、あいつは特別にその少女に宮廷騎士の試験を受ける資格を与えた。あいつは試験資格を与えはしたものの、あの少女を宮廷騎士にする気はなかったようだ。

 しかし、当日、あの少女はあいつの思惑を見抜いていたのか、宮廷騎士と一対一で闘い、勝ったら、合格にするように言いだしたのだ。それは宮廷騎士の試験を高難易度に引き上げるものだったが、この場合、実力勝負で、それには小細工を施すことが不可能になる。

 結局、この少女は俺が選んだ、貴族のボンボンがほとんど占める中でも、腕の立つ宮廷騎士を倒してしまった。これで、あの少女を宮廷騎士として、迎えるしか道が無くなった。

 あいつも、あの男も、敵対した場合、排除すればいいと考えていたが、後に、それが間違いだったと嫌でも味わうことになる。

 あの少女は俺達が想像するほどの化け物だったと言うことを………。


***

 武道大会当日、城の敷地内にある大きな闘技場はたくさんの人で賑わっていた。この大会は年に一度のビックイベントの一つであり、この大会の覇者はこの国一の剣士だと言うことになる。

 そして、俺はトーナメント表を何回見ても、“青い鳥”と書かれていた。あいつが城の中の予選を突破したと言ったのは間違いなかったようである。

 あいつはDブロックにおり、一方、この大会に優勝すれば、5連覇になる翡翠の騎士はAブロックである。つまり、あいつが翡翠の騎士に当たるのは決勝まで登りつめるしかない。

 予選を行ったとは言え、この大会は二日かけて行うことになっている。一日目で8人に絞り、二日目で全てを消化すると言う予定だ。

 俺は宮廷魔法使いなので、この大会には関係ないのだが、この大会は国が勢力を挙げて行う祭りである為、その期間だけ宮廷魔法使いの仕事は免除されている。だが、俺は王の傍にいるよう、黒龍さんから命じられていた。

 彼曰く、大会には隣国のお偉いさん達が来るらしく、今回、彼らは単に大会を見に来たわけではなく、巷で噂になっている天才少年(つまり、俺のことらしい)が宮廷魔法使いになったので、どれくらいの実力を持っているのかを見にも来たらしい。

 その為、俺は閉会式で、魔法を披露しなければならない。話によると、かつて、赤犬さんや“蒼狐”と呼ばれていた魔法使い、つまり、鏡の中の支配者(スローネ)も行ったことがあるらしい。赤犬さんに相談したところ、普通は自分の得意な魔法を行うらしいが、俺の魔法は特殊だから、他の魔法を行え(勿論、幻術魔法は禁止)とのことだ。

 そういうことなので、俺は観客やお偉いさんが納得するような魔法をしようと思って、悩んでいる最中でもある。

 そんな訳で、俺は王と黒龍さんの近くにいる。余程の達人クラスと当たらなければ、あいつはいいところまで行くだろうと思っている。

「………開会式まで時間があるから、あの小娘のところに行ってきたらどうだ?」

 すると、あの黒龍さんの口からありえない言葉が出てきた。

 明日は槍でも降って来るのではないだろうか?

「………どう言う風の吹きまわしですか?」

 俺は眉をひそめて、彼を見る。彼がそんなことを言ってくると言う事は何かろくでもないことを画策しているのではないだろうか?

「あんな小娘には何もしてねえよ。俺は策略とか謀略と言ったことは好かねえ。気に入らねえ奴は実力で捻じ曲げてやる主義だ。俺が何もやらなくても奴がやっつけてくれると思うが、あいつの実力を見せつける機会を与えてやることはねえ。本当はあの男が出場してくれれば良かったが、あの連中から二人も出してくれたことを喜ぶべきか?まあ、あいつが何を企んでいるか知らねえが、小さいうちに芽を摘んどくことに越したことねえからな」

 彼は意味深なことを言ってくる。どうやら、彼の話からすると、腕が立つ剣士を二人ほど投入したようだ。

 彼がそこまで、注意するのはあいつの策で、俺が鏡の中の支配者(スローネ)を倒したからに他ならないとは思うが、それにしても、彼はこいつに対する敵愾心は異常ではないかと思う。

 俺はそんなことを思っていたものの、彼が誰を投入したか分からない今では、彼の申し出通り、あいつのいる待合室に行って確かめるしか方法はない。

 俺は王に断りを入れて、待合室に向かった。すると、待合室から聞き覚えのある声が聴こえて来た。

『―――てめえは青い鳥に協力するんじゃなかったのか?ああ?』

 女性の声は恐らく、と言うか、間違いなく、俺の師匠である赤犬さんである。彼女はの応援としてやってきたのは分かる。だが………、

『確かに、そう約束はしましたが、お兄さんが龍さんの要請を断れると思っていますか?お兄さんが断ったら、どんな目に遭うか想像できませんし、彼が教会に要請するにはお兄さん経由でもなくても、いくらでも出来ます。キューちゃんが参加しなかっただけでも、幸運だと思ってください』

 その後、ぎゃあああ、と悲鳴に近い声が響いてくる。何故、この待合室からの声が聞こえる?俺の幻聴か?

 俺は嫌な予感がして、扉を開くと、そこには赤犬さんに踏みつけられているの姿と、何故か、お菓子を食べながら、まったりと世間話をしている断罪天使エクソシアと、何故か、教会に保護されたはずのカニスの姿があった。

 鏡の中の支配者(スローネ)が剣を握って、戦う姿など想像も出来ないが、断罪天使エクソシアやカニスは剣の扱いに長けている。俺の予想が間違っていなければ、黒龍さんが言っていた投入した二人の剣士はこの二人だと思われる。恐らく、あの連中とは執行者のことを指していたのだろうが、断罪天使エクソシアはとにかく、カニスは執行者ではない。そもそも、カニスは教会の象徴である神子様だ。そんな人物がドンパチしていいのか?

「あの彼が貴方を傍から離れることを許可したのは驚きです。わざわざ、私のことを心配して来てくれたのは嬉しいです。どうぞ、お菓子でも食べますか?断罪天使エクソシアが持ってきてくれました」

 こいつはそう言って、俺にお菓子を渡す。

「ああ、ありがとう」

 俺がそう言って、お菓子を受け取るが、

「じゃなくて、こいつら、大会に出るんだろう!?どう考えても、勝ち目ないのに、なんで落ち着いてんだよ。と言うか、カニスはこの大会に出していいのか?」

 断罪天使エクソシア達を指して、そう叫ぶ。まあ、こいつが初戦敗退しようと、何も変わらないのだが。

「貴方の言うとおり、断罪天使エクソシアはとにかく、カニスが出てくるとは思いませんでした。私も教会側が彼をこのような大会に出すとは思っても見ませんでした」

 教会側が彼を危険な目に合わせるようなことをさせるとは思いもしません、と青い鳥は言うと、

「………それはそうですよ。龍さんの依頼とは言え、教会は勿論、お兄さんもカニス君を出すつもりはありませんでしたよ。ですが、彼がとても出たそうにしていましたから」

 鏡の中の支配者(スローネ)はカニスを見ると、カニスは嬉しそうに剣を磨いている。

「まあ、命の危険があるものではありませんでしたし、お兄さんもエクちゃんもいますから、なにがあっても、対応はできますしね」

 鏡の中の支配者(スローネ)は言う。死闘を繰り広げるわけではないし、そもそも、カニスは凄腕の剣士なので、危ないことにはならないだろう。

「カニスが出てきたのは予想外でしたが、それでも、私が優勝するのは不可能と言うことはありません」

 こいつはそう言い切る。お前、本当に優勝する気でいたのかよ。時々、こいつの前向きすぎる思考には驚かされる。

「………その根拠はなんだよ」

 俺がそう言うと、こいつは机の上にトーナメント表を出して、

「私がそう言える根拠の一つは断罪天使エクソシア、いや、今はシデンと名乗っているそうですが、彼は私の初戦の相手です」

 Dブロックを指す。すると、こいつの相手に“シデン”と書かれている。

「ですが、カニスはBブロックで、彼が順調に進めば、準決勝に翡翠の騎士と当たります」

 こいつはそう言って、Bブロックを指す。確かに、そこにカニスと言う名前がある。俺はそれを見て、おかしなことに気付く。黒龍さんはこいつを潰す為に、断罪天使エクソシア達を投入したのだろう。断罪天使エクソシアがこいつの初戦の相手であることは彼の企み通りだと思うが、カニスはBブロックにいる。こいつを潰そうと思ったら、カニスをDブロックにしているはずである。

断罪天使エクソシアはとにかく、カニスも戦うことになったら、非常に苦しい戦いになったと思いますが、彼があっちに行ってくれて助かりました。できれば、翡翠の騎士を弱らせてもらいたいものです」

 こいつがそう言うと、断罪天使エクソシアはこいつを睨む。どう考えても、こいつは彼を軽んじている。前も、こいつは彼より上だと言っていたしな。

 確かに、そうしてくれれば、こいつは随分優位になるが、そんなに簡単に行くものなのか?

「確かに、カニスと戦うことはなくなったとはいえ、私は有力な宮廷騎士と剣士たちと当たります。ですが、カニスと比べたら、楽と言えば、楽です。本当はカニスをDブロックに押し込もうとしたと思いますが、何かがあって、それが出来なくなったのだと思われます」

 俺はそれを聞いて、赤犬さんに関節技を決められているところである鏡の中の支配者(スローネ)を見る。

 この男なら、そう言うことを出来ると思うが………、

鏡の中の支配者(スローネ)が頼んでもいないのに、そう言うことをやってくれるほど気が利く人間ではありません」

 こいつはそう断言する。

「………じゃあ、誰がそんなことをするんだよ?」

 彼以外、そういうことが出来そうな人間も、そんなことをしようとする人間も心当たりはない。

「さあ、私も分かりません。幸運だったと片付けた方がいいと思います。まあ、一番の幸運はやはり帝王キュリオテテスが出なかったことだと思いますが」

 こいつはそんなことを呟いてくる。確か、は執行者の中でも随一を誇る剣士と言う話だ。確かに、そんな化け物が出てきたら、こいつに勝ち目はなかったと思うが………。

「………あいつは執行者の中でも、異端だ。こいつは教会に命令されても、気に入らなければ、蹴るからな。確か、殺戮王キュリオテテスに引導を渡したのはあいつだ。執行者の部下だった奴が引導を渡した奴は歴代の中で、あいつだけだ」

 不可抗力で、殺した奴はいるようだが、とは鏡の中の支配者(スローネ)を見る。

 鏡の中の支配者(スローネ)は先代だった彼の師匠を殺してしまったそうだ。

 とは言え、自分の上司だった人を殺すとはその帝王(キュリオテテス)とか言う奴は危険すぎないか?

「………あれは先代に非があったようなものですから、彼を異端と言うのは語弊があると思います。そもそも、執行者や教会と言った組織自体、世界にとって、異端ですから」

 鏡の中の支配者(スローネ)は赤犬さんに関節技をかけられている最中だと言うのに、会話に参加してくる自体、彼の頭はぶっ飛んでいると思う。

「そう言えば、だが」

 剣の手入れが終わったのか、剣を鞘に戻すと、カニスは口を開き、

「彼にどうして、大会に出ないのか、と聞いたんだ。そう言った大会に興味があると思っていた」

 この国一の剣士と言われている翡翠の騎士が出場していると聞いていたから、と、彼はそう言う。

 どうやら、帝王キュリオテテスは強者と戦うことが好きなお方らしい。

「『オレがあんな見せ物に出る必要がある?分かり切ったものに出るほど、オレは暇じゃない』だそうだ。彼は目立つのはあまり好きな人じゃないみたいだったから、納得できたが」

 すると、青い鳥は何とも複雑な様子を見せ、

「………私は彼に助けられたようです」

 そんなことを言ってくる。

 こいつは喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からずに、この感情をどう処理すればいいのか分からないと言った様子を見せていた。

 その時、開会式を知らせるアナウンスが待合室にも流れる。

 黒龍さんに開会式までには戻れと言われていたので、俺は断罪天使エクソシア達に一言言って、王のいる特別席まで走っていく。

 だから、俺は知らなかった。この大会で、いろいろな人達の想いが交錯していることなんて………。


誤字・脱字等がありましたら、よろしくお願いします。

次回投稿予定は10月13日となります。


11/10 誤字・脱字修正

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