プロローグ
俺と対なるあいつ。あいつと対なる俺。
俺とあいつはいつも一緒だった。
俺以外に守ってくれる奴がいないあいつ。
あいつ以外に大切な人がいない俺。
町外れの森の奥にひっそりと立っている屋敷が俺達の世界のすべてだった。確かに、屋敷には何人かの召し使いがいたが、それでも、俺達は二人ぼっちだった。
だけど、俺達は幸せだった。少なくとも、俺は幸せだった。
どんなに寂しくても、あいつさえいてくれれば、耐えることが出来た。
だが、あの時、あんなことさえなければ、別々の道に進むことはなかっただろう。
そう、あの時、あいつが壊れることなどなかった。
俺はあいつの壊れていく姿を見ることしかできず、止めることはできなかった。
だからだろうか?昔、俺はあいつの笑みが大好きだったのに、今、俺はお前の笑みを見ると、恐怖に駆られてしまう。
***
「私は武道大会に参加します」
鏡の中の支配者との闘いで勝利した代償として、五日間自宅(自室)療養を強いられており、今日は久々の宮廷魔法使いとして、仕事をすることとなった。とは言え、まだ俺は仕事と言う仕事をまだやらせてもらっていないし、黒龍さんの話によると、一カ月くらいはやらせてもらえないらしい。
とは言っても、俺がやらされるだろう仕事は王族の家庭教師や王族の行事の出席などと言った表の仕事だけではなく、王にとっての危険人物の排除などと言った裏の仕事もやらされることになる。その為、青髪青眼の電波少女、自称・幸せを呼ぶ鳥、他称・不幸を呼ぶ鳥である青い鳥とともに、このシステムをぶち壊すため、この城のラスボスこと黒龍さんを退治する為、行動している最中である。
そう言っても、その黒龍さんは俺や青い鳥の二人で倒せるほど甘い相手ではない。あの鏡の中の支配者も足元も及ばない相手である為、慎重に準備をする必要があるわけである。
黒龍攻略の準備は私が手配します、と自信満々に言っていたので、こいつの好きなようにさせていたのだが、久しぶりに、食堂でこいつと会った時の第一声にど胆を抜かれた。
確かに、王主催の武道大会の話で持ちきりだった。毎年、宮廷騎士や軍の兵士から参加者がおり、一般からの参加も自由である。だから、こいつが参加するのはおかしいことではない。
だが、お前はそんなことに参加するよりも、他にやらなくてはいけないことがあるのではないか?
俺は怪訝そうにこいつを見ると、
「私がこの大会に参加することにはちゃんとした理由があります」
こいつは肉を頬張って、そう反論してくる。
「ほお、その理由とやらはどんなもんだ?」
こいつがそう言うからには何処かがぶっ飛んだ、ろくでもない理由だろう。
「私の実力がどれだけあるのか測りたいのです。どれくらい、貴方の力になれるのか知りたいのです」
こいつにしてはまともの答えだ。確かに、黒龍さんと対峙するまで、こいつの実力がどれだけなのか知る必要がある。
今まで、こいつの実力を知る機会がなかったので、今回はいい機会になるだろう。だが……、
「………で、本音は?」
「私はお金が必要です。私の愛用していた化粧水が切れました。それで、買おうとしたら、100000エルだったので、私の所持金では買えませんでした」
こいつは残念そうな様子を見せるが、俺はそれを聞いて、頭を覆いたくなった。
ちょうど一か月前、とある事情から娼婦館で働くことになった時、女装した俺より綺麗になる為、そこの亡きオーナーから支給されていた化粧品を、娼婦館から出た後も愛用していた。そんなに、綺麗になりたい願望があったのか、と半ば感心、半ば呆れて、その光景を見ていた覚えがあるのだが、まさか、その化粧品はそんなに高いものだと思わなかった。
「………んなもの、金持ちでもないお前がそんな金を稼いで、続けるはずがないだろ。諦めろ」
その化粧品が例え、効き目のあるものだろうと、なかろうと、一般家庭並の金銭感覚を持つ俺やお前のような一般人が買えるものではない。
「でも、私は綺麗になりたいのです。そして、貴方のように、モテモテウハウハになりたいのです」
こいつはそんなことを口走る。
「俺がいつの間に、モテモテウハウハになったんだ?」
こいつは何を見て、そんな願望が芽生えたのか是非とも教えてもらいたい。
「貴方がライセンスを取った時、村中の女の子が貴方に告白してきました」
確かに、俺がライセンスを取った次の日、村中に知れ渡っており、今まで俺のことなんか興味がなかった女の子達が我先にと、俺に告白して来て、困ったものだった。結局、その中で、前から気になっていた村長の娘のメアリーと付き合うことになった。
だが、それは昔のことで、二か月前、こいつの俺を両親に紹介する発言で、俺達は破局したのはもう周知のことである。
「そして、宮廷魔法使いになると決まった時、王都中の女性が貴方に言い寄ってきました」
俺が宮廷魔法使いになることが決まった頃にはもう王都中に知れ渡っていたようで、王都に足を運んだ時、女性の波に押しつぶされそうになった。
これは俺の見間違い、もしくは、俺の心残りが生んだ幻覚だと思いたいのだが、そこに、「もう一度、やり直してもいいわ」と、メアリーが叫んでいたような気がしたのは気のせいだろう。
「………とにかく、私がどんな事情で戦うにしても、私の実力を自分自身が知ることは必要だと思います。剣術の手ほどきを受けてから、動きが良くなったような気がします。もしかしたら、私は強くなっているかもしれません」
「そんな簡単に強くなったら、何年も修練を施してきた連中に申し訳なくなるだろうが」
こいつなら、あり得てしまうような気がするが、こいつも人の子だと思いたい。
「………何か、腸が捩れそうなほど面白そうな話が聴こえて来たんだが、気のせいだよな?」
清楚な白フードに包んでいると言うのに、実は悪魔の申し子ではないかと疑ってしまうほどの性格の悪さを持つ俺様自分ルールで生きる最強の魔法使いこと黒龍さんはいつもの如く、たくさんの料理を持って、俺の隣に座る。
「武道大会は大きな大会だからな、一般、兵士関わらず、参加者は多い。だから、宮廷騎士や兵士達も一般枠と同じように予選があったはずだ。てめえみたいな新入りのただの小娘如きが予選に受かったら、この国ももう終わりだな」
黒龍さんはを一瞥して、肉をかじる。
確かに、こいつがどんなに強くても、何年も訓練を施された兵士は勿論、宮廷騎士達を差し置いて、こいつが勝ち残るはずがない。だが、
「では、この国は終わっているみたいだな」
突然、別の声が聞こえ、後ろを振り向くと、そこには翡翠の騎士がいた。彼はもう食べ終わったようで、空の皿がトレイに乗っている。
すると、流石に、黒龍さんも翡翠の騎士の言葉を信じられないのか、怪訝そうに、
「………ああ?まじか?お前ら騎士共はいつの間に腑抜けになったんだ?」
そう言ってくる。
「その原因の一つがお前にあることを言っておく。お前がいる所為で、宮廷騎士の存在意味が無くなっているからな。宮廷騎士のほとんどは成り上がりのボンボンだ」
宮廷騎士のトップにいるであろうこの男がそう断言するのだから、本当のことだと思うが、こんなところでそう言ってもいいのだろうか?そう思っていると、宮廷騎士の軍服を着た男達がこっちを睨んでいる。
「そんなら、一度、宮廷騎士と軍に所属する腕利きの兵士どもと入れ替え戦でも行うよう、王に提案するか?そしたら、ずいぶんマシになんだろ」
黒龍さんは興味なさそうにそう言うと、翡翠の騎士を睨んでいた宮廷騎士たちの顔が一斉に青くなる。
「それなら、宮廷魔法使いの方も、軍の腕利きの魔法使いと入れ替え戦を行うのも筋だろうな。そっちもお前の所為で、貴族のボンボンが入り込んでいるそうだしな」
「確かに、俺のところにも三下魔法使いが混ざっていたな。いい機会だから、そうすっか」
彼がそう言うと、宮廷魔法使いの方も顔を青くする。
宮廷魔法使いや宮廷騎士はエリート中のエリートが入っているものだと思っていたが、実際は親の権力で入ったものが多いらしい。何と言う嘆かわしい世の中になったものだと思う。
でも、待てよ。俺が軍の魔法使いにわざと負ければ、俺は宮廷魔法使いにいる必要は………、
「………てめえ、よからぬこと考えてねえか?もし入れ替え戦が行われて、軍の魔法使いに負ければ、宮廷魔法使いを辞められるとか思っていたら、大間違いだ。てめえが負けた場合、俺が自然死風に殺してやるから、覚悟しておけ」
黒龍さんが低い声でそう囁いてくる。どうやら、俺が生きてこの人の呪縛から解き放たれるにはこの人をどうにかする以外手がないようだ。
「まあいい。お前が小娘と当たったら、小娘に社会の厳しさを教えてやれ。小娘に舐められっ放しは不愉快でたまらない」
あんなにあった料理がもう無くなっており、そんなことを言い残して、席を立って、カウンターに行ってしまった。
黒龍さんの言いたいことは大体分かる。彼が手塩を掛けて育てたらしい鏡の中の支配者がこいつの策に嵌まり、俺に負けてしまった。その時点で、こいつに舐められていると感じていてもおかしくはない。
だが、こいつが本当に彼を舐めているのなら、こんな周りくどい真似をせずに、倒しに行くだろう。
「………あの男は本当に面倒なことばかり押し付けてくれる」
一方、翡翠の騎士はそんなことを呟き、青い鳥の方を見て、
「お前のことだから、意味がないと思うが、訓練が控えているのだから、少し控えろ」
それだけ言うと、彼もいなくなってしまった。
「………お前はあの二人に何かしたのか?」
国が誇る宮廷騎士と宮廷魔法使いの二人にそこまで言われる奴はおそらくこいつくらいだろう。黒龍さんはとにかく、翡翠の騎士にああ言われたのだから、ろくでもないことをしでかしたと思うが……。
「私はいつも通りの行動しかしていません」
普通なら、いつも通りの行動をしていれば、心配することはないのだが、変人奇人のトップに君臨すると言ってもいいこいつのことだ。こいつのいつも通りほど、心配してしまうものはない。
この言葉を聞いて、俺は嫌な予感が脳裏に過る。
嗚呼、またこいつは俺に不幸を振り撒くのではないか、という予感が………。
感想、誤字・脱字等がありましたら、よろしくお願いします。
次回投稿予定は10月6日の予定です。
11/10 誤字・脱字修正