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その4

 

 その日も、午前中の聖務……日の出前から起き出して神殿内清掃の後、祈りの間にて聖書の朗読……を終えたコリンは、汗を軽く流してから差し入れの軽食を用意し、先日わざわざオリヴァーが持ってきてくれたバスケットに詰め、意気揚々と街へ続く道を下りて行った。目立つ黄金色のストラは予め、キャンディスから受け継いだ『街中お忍び用』の薄い水色の物に取り替えてある。


 人が着ている衣服や装飾品というのは、記号のようなものだとコリンは思う。

 粗末な衣を纏って頭から泥を被っていれば、多くの街人は見向きもしない。逆に、細部にまで拘り飾り立てた姿で練り歩けば、唖然とした顔で見送られる。

 街の人々が認識しているのはストラの色であって、『コリンという人物』ではない。更に言うならば、法衣を纏っているから丘の上の見習い神官だと考えられているのであって、コリンがごくありふれた洋服を身に着けていたならば、気に留める者など居やしない。


 早足で丘を駆け下り、コリンはいつものように真っ直ぐに衛士詰め所に直行する。その途中、大通りに毎日露店を出している顔見知りの店主さんと、軽く挨拶を交わしつつ……


「おっと、待ったコリン坊!」

「え? どーしたのおじさん。オリヴァーに用事?」


 コリンが神殿から詰め所に通い詰める姿は、すっかり毎度の日常風景として馴染んでおり、今更特に何か引き留められたり見咎められたりなどしない。むしろそう、こうして駆けていくコリンにオリヴァーへの言付けを頼む程、彼らの仲は知人に知れ渡っていた。

 しかし足を止めさせた露店の店主は隣の店の主と一度顔を見合わせ、そして真剣な顔でコリンを覗き込んでくる。


「その様子じゃあ、コリン坊は聞いてないな?

今日オリヴァーの奴がドジ踏んで、病院に担ぎ込まれたって話……」


 店主の言葉に、コリンは頭をズガンと横から殴られたような強い衝撃に襲われた。思わず彼の胸元をひっ掴んで詰め寄る。


「それ、どこの病院!?」

「お、落ち着けコリン坊。

病院に向かったのは明け方の話らしいから、今頃はきっともう、詰め所に戻ってるんじゃないか?」

「どんな様子か、知らせてくれよ」

「分かった」


 露店の店主さん達の言葉に頷くコリンに、彼らは「これは、俺達からの見舞いだ」と、小さな果物籠を差し出してきた。

 オリヴァーの身を案じる噴水広場の露店店主一堂からの見舞いの品を預かり、コリンは先ほどよりも真剣かつ全速力で衛士詰め所に駆け出した。


 どうして、この足はもっと早く駆ける事が出来ないのだろう。14歳の当たり前の少年ならば、鍛えれば鍛えただけ筋肉や体力がつくし、上背だってもっと伸びていたはずで。けれどもコリンは未だ中途半端な身体を持つが故に、少年らしいしなやかさも、少女らしいまろやかさも、どちらも持っていない。実年齢よりも若干幼ささえ感じさせる、ただの子供っぽい体つきでしかない。


 それでも、がむしゃらに息を乱して駆け付けた衛士詰め所のドアを乱暴に開け放ち、走ってきた勢いのまま中に転がり込む。


「おり……! ゲホッ、ゴホゴホ!」


 詰め所の中に視線を巡らせ愛しい恋人の姿を探しつつ、彼の名を叫ぼうとした喉は、先ほどからの全力疾走による酷使に反乱を起こし、あっさりと声を裏返らせ咽せてしまう。

 床の上に這いつくばり、口元を押さえるコリンの背を、誰かが心配そうに撫でてくれた。涙目で見上げて確認すると、コリンの傍らに膝をついて様子を確認してきているのは、コリンとオリヴァーの仲を知る衛士達だった。


「大丈夫かい、コリン君?」


 背中を撫でてくれていたのはオリヴァーと頻繁に組むヒースで、同僚と同じくコリンの顔を心配そうに覗き込みつつ、転がってしまったバスケットを差し出してきたのはアゼルだ。


「コリン君、君はオリヴァーに会いに来たんだろう。

申し訳ないがオリヴァーは今、ここにはいない」

「じゃ……まだ、病院?」


 アゼルがゆっくりと首を左右に振りオリヴァーの不在を告げてくるので、何とか呼吸を調えたコリンは今現在の居場所を知るべく質問してみると、ヒースとアゼルは揃って悲壮な表情を浮かべた。


「いや……処置は終わってね。

ただ、病院ではもうこれ以上はどうしようもないと……そうなったら医者にゴネても変わらない。だからせめて自宅に」

「ヒース!」

「あ、ああ。いや違う。何でもないんだよ、コリン君。

君は気にせず、今日のところは神殿に帰りなさい」


 スッと、コリンの全身から血の気が引いていく。

 アゼルはヒースの失言に焦ったようにサッと顔色を変えて窘め、ヒースもまた同僚の声にようやく『何か』に思い至ったように、慌ててコリンに取り繕ってきた。今のヒースの言い方では、まるで、まるで……


 詰め所の中は、普段の賑やかさが嘘のようにしんと静まり返っていて……愕然と顔を凝視していたアゼルが、堪えきれないといった体でコリンから顔を背けながら片手で覆い、肩を震わせる。ペンが落ちた物音さえ響きそうな静寂の中、アゼルが鼻を啜る小さなスンという音が、やけに大きく聞こえてくる。


「ヒース……オリヴァーは、オリヴァーの家はどこ?」

「コリン君、駄目だ。君にそれを教える訳には……」

「ヒース、コリン君にはきっと、それを知る権利がある」

「アゼル!」


 ヒースに詰め寄ると、彼は両手でコリンの肩を押しやって黙秘を貫こうとする。けれども、顔を覆って俯いたままの彼の同僚が、辛そうに声を震わせつつ遮った。


「俺だって、コリン君にはあんな姿のオリヴァーを見せたくないさ。

だが……全てが終わってから、丘の上に送り出されたオリヴァーとの対面を考えたら」


 大神殿に送り出される、そこは冠婚葬祭の式典が行われる場であり、遠回しに表現された意味するところは明らかだ。


「ヒース、アゼル、お願い!

オリヴァーのところに行かせて!」

「コリン君……

分かった。オリヴァーの家までの地図を書いてあげるから、少し待っていてくれ」


 ヒースはしばしの葛藤の後に頷き、自分のデスクに大股で歩み寄ると、引き寄せたメモ帳にサラサラとペンを走らせ始めた。


「送っていってあげれずすまない、コリン君。

しかしこんな時だからこそ、我々エイクリード街衛士隊は、業務を遂行しなければならないんだ……例え、何があろうとも」


 アゼルはそう、自分に言い聞かせるかのように弱々しく呟き、腰の脇でぎゅっと拳を握り締めた。そして一度もコリンを振り返る事なく、パテーションで仕切られた奥の垂れ布の向こう、給湯室の方へと足早に消えて行く。

 コリンはヒースから差し出されたメモを、両手でそっと受け取った。そこに示された詰め所からオリヴァー宅までの概略図と住所、それを頭の中でエイクリード街の地図と照らし合わせる。


(待ってて、オリヴァー。オレが今すぐ助けに行くから!)


 コリンは無意識のうちに、利き手を耳たぶにやっていた。守り石である緑水晶の硬質な感触に、精神が研ぎ澄まされてくる。

 大丈夫だ。例え未分化のみそっかすの身でも、絶対に、上手くやれる。やってみせる。



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