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彼(?)は夢見る聖職者

 

 初めの警告通りに、オリヴァーが聖騎士の詰め所に連行されていってしまった。

 先ほどまで門前に待機していた生真面目なマーシャルから、いくら寛容を旨とするガイアを奉っていようと、ああいった行為は人前では差し控えるべきだし見逃せない、というお説教を神妙な顔で受けているオリヴァーは、なんだか可笑しい。

 『彼氏』になったばかりの彼の隣で、横からほっぺたをつんつんとつついてちょっかいをかけると、オリヴァーは眉をしかめて「こら」と短く窘めながらコリンの指を払う。めげずにもう一度つんつんと突っつくと、「やめんか」と呆れた溜め息と共に、コリンの両頬を摘まんで左右に引っ張ってきた。


「をりはー、いひゃい」

「このアホガキが、こんな時まで戯れつくな」

「らっれ、をれををっほふんらみょ」

「……何言ってっか分かんねえ」

「あー、ミスタ? 神子様と愛を深めるのは、こちらの話が済んでからにして頂きたい」

「はーい、スミマセン」


 せっかく構ってくれたというのに、またマーシャルが咳払いと共に邪魔入りをしてきた。彼の方に向き直って、慌てて生真面目な表情を取り繕うオリヴァー。


「神子様、随分楽しそうですね」


 ひたすらに「お騒がせして申し訳ない」「反省してます」を繰り返すオリヴァーの横顔をうっとりと眺めていたコリンに、マーシャルと同じ時間帯に門番を務めていたフレディが呆れた溜め息を吐いた。


「あ、顔が勝手に笑っちゃって」

「周囲の空気をピンク色に染めてますよ、神子様。まあ、お幸せそうで結構な事です」


 毎日のように、オリヴァーに会いに門を駆けてゆくコリンの姿をよく見掛けていたフレディは、気のない祝いを述べた。わざわざストラを見習い神官のそれに取り替えてまで頻繁に街に下りてゆくコリンの行動を、彼はそもそもあまり好ましく考えていない。


「これからは節度ある行動をお願いしますね」

「ええ、勿論」


 どうやらようやく、マーシャルのお説教が終わったようだ。コリンはガタンと席から立ち上がり、オリヴァーの腕を掴む。


「オリヴァー、オレの部屋に行こ?」

「仕事は良いのかよ、お前」


 掴まれた腕とマーシャルにチラチラと視線をさ迷わせつつ、オリヴァーは気まずそうに遠回しな遠慮を見せた。せっかく想いが通じ合った記念すべき日であるというのに、彼はまたぞろ、距離を開こうとしている。


「こなさなきゃならねえ聖務があったら、オレは今頃、周囲をがっちり固められて軽く軟禁状態になってるぜ?」

「神子様には逃亡の前歴がございますゆえ」


 せっかくオリヴァーと話しているのに、マーシャルが横から余計な口を挟んでくるので、コリンはベーッ! と舌を出した。

 「行こ行こ」と、問答無用で彼氏の腕を引いて歩き出す。この大神殿の中はコリンに馴染み深い場所であるせいか、オリヴァーは溜め息を吐き出してされるがままに付いて来る。周囲を物珍しそうに見回し、すれ違う聖職者達が軽く会釈を寄越してくるので同じように返し……また溜め息。


「なあコリン。俺は神殿の仕組みだとか位とか常識にはとんと疎いんだが……『神子様』ってのは、やっぱ有名人なのか?」


礼拝に訪れた一般の人々が入れる区画を通り抜け、聖職者達の修行の場や生活空間の棟に入ると、すれ違う人々は神官だけになる。そんな彼らがコリンを見るなり軽く礼をとる姿に、オリヴァーは気まずさを覚えたらしい。


「別に、『オレが』有名なんじゃないよ。皆このストラに敬意を払ってるだけ。

『神子様』ってのも、オレ一人じゃないしね」


 礼拝堂の裏手に当たる、噴水が水しぶきを煌めかせる吹き抜けの中庭や、建物同士を繋ぐ大理石の回廊を抜けて、新しい棟に入って行った辺りで、周囲の様子を観察していたオリヴァーは、装飾や調度品に「どこもかしこも随分金が掛かってんな」と、鼻を鳴らして感想を漏らす。


「ふーん……お前以外にも、『神子様』居んだ?」

「うん。まだ分化してないのは、オレと生まれたばっかりのミリーだけだけどね。

外にお嫁に行った人も合わせると、この大神殿生まれの神子は今、ざっと50人ぐらい?」

「想像してたより意外と多いな」


 身分差だか生まれ育ちだか、コリンには今一つ掴みきれていない、オリヴァーの中での隔意で、コリンが神子である、という事実はかなり厄介な現実であるらしい。生まれが多少特殊なだけで、決して、オリヴァーとの仲を阻むものではないと、安心して欲しかった。

 だから笑ってよ、オリヴァー。口から出かかった不安を飲み込んで、コリンは笑顔で「こっちこっち」と引っ張って行く。歩哨に立っている聖騎士に手を振って、オリヴァーを自室がある棟へと招いた。

 コリンが暮らしている部屋は、神子として生まれた者が集められた建物であり、住人や彼らが招いた客人以外の者がこの棟に近寄る事は許されていない。発見されると同時に、問答無用で歩哨から追い返される。


「随分と物々しい警備だな。何かあったのか?」

「ううん。この辺は毎日こんな感じ。神殿長様や最高司祭様の執務室があの奥で、こっちの廊下の先はお姫様 (おひいさま)達の部屋だからね」


 あっち、こっち、と、指でそれぞれ廊下の先を示したら、傍らの彼氏は「ぶっ!?」と吹き出した。因みに『お姫様』というのは、女性に分化した神子のお姉様方の事だ。性格や気性がまさしく『お姫様』なので、コリンは姉貴分の彼女達を誰かに表現する際、そう呼んでいる。


「……初日から大神殿の中枢部に足を踏み入れた俺。明日の朝日は無事に拝めるのか……?」

「オリヴァーもここいらは探検しようとせずに、真っ直ぐオレの部屋だけに立ち寄った方が良いよ?」

「……二度と来たくねえ……」


 せっかく、彼氏を初めてお部屋に招いたのに。肝心のオリヴァーはまだコリンの部屋に入ってもいないと言うのに、早くも帰りたそうにしている。

 ぷうと頬を膨らませて、コリンは自分にあてがわれている部屋に早足で向かい、「ここがオレの部屋」と、勢い良くドアを開け放つ。


「あ、いや、よく考えてみると、今日いきなり部屋にってのは早すぎ……」


 今更な言い訳を口にしながらさり気なく後退りしだしたオリヴァーの背後に回り込み、腰が引けている彼を全力で自分の部屋に押し込むコリンであった。

 強引に押し込めたせいで床に転がった彼氏を踏まないように気は遣いつつも容赦なく跨ぎ越して、コリンは調理台付きのカウンターに向かった。コリンの部屋は、ドアを開けるとそこがもうリビングを兼ねている広々としたダイニングルームで、入室して真っ先に目に入る向かい側はガラス張りのテラス。リビングとしても使われているこの部屋のソファにゆったりと腰掛け、庭とエイクリードの眺めが一望出来る造りになっている。他はお風呂と手洗い、そしてやや手狭な寝室のみ。

 因みにこれはどの神子に割り振られた部屋も似たり寄ったりな構造で、要するに派手なのは客人を招く事があるこのメインルームだけで、他の生活空間は見習い神官達とそう大差は無い。


 小さな保冷庫の中に保管しておいた水をグラスに注ぎ、兄貴分からの頂き物である果実をサクサクと切って皿に盛り付け、トレーに乗せてテーブルの上に運ぶ。その間、自分の中の何かと葛藤し、戦いの末に諦めたのかヨロヨロと身を起こしたオリヴァーは、ソファに近寄ってきた。


「どうぞ、座ってオリヴァー。こんなのしかないけど」


 よくよく考えてみれば、コリンはオリヴァーと部屋に二人きりになるだなんて初めてだ。

 照れくささを感じながら眺めの良い方のソファを勧めると、彼も今更ながらにその点に思い至ったのか、ぎこちない動きで腰を下ろした。コリンはすかさず、オリヴァーの隣にぴったりと座る。



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