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その3

 

「おう、今日もご苦労だったな!」


 衛士の詰め所にひったくり犯と被害者のオッサンを連れて行き、先輩と共に取り調べを行い調書を書き上げたオリヴァー。日暮れ前に机に向かって、本日の業務日誌を書き込んでいた背中を突如として遠慮も容赦もなくバシバシと叩かれて、思わず「いってぇ……」と呻きながら犯人を恨みがましい目つきで見上げた。


「お、なかなか良い顔で誘うじゃねえか。よしオリヴァー、今夜、一杯どうだ?」


 ひったくり犯確保しかる後に持ち主に盗まれた袋を無事にお返し出来た、今日の捕り物を褒める意味でだろうが、無駄に痛い。ムキムキマッチョな係長から手加減無しで叩かれて、オリヴァーは無言の不満を目に込めたのだが、係長は微妙に鼻の下を伸ばしながら、指で杯を傾ける仕草をした。

 ここでタダ飯タダ酒にありつけると、喜び勇んで同意したりすれば、お酒の後部屋に連れ込まれて貞操が危ない。

 勤めている職員の大半から弄られているオリヴァーではあるが、同時に諸先輩方から一夜のラブも狙われていたりする。係長から虎視眈々と狙われているらしき尻を、椅子の上でもぞもぞと気まずく動かした。


「係長、それはパワハラです」

「む?」


 ありがたい事に、オリヴァーが仕事でよく相棒を組む頼りになる先輩、ヒースがすかさず割って入ってくれたお陰で、どう言っても角が立つお断り文句を口にせずに済んだ。

 が、一夜のラブに心惹かれたらしきマッチョオヤジはメゲない。


「……オリヴァー、俺が大人の夜の過ごし方を教えてやろう」


 スッとオリヴァーの肩に軽く腕を回し、張りのあるバリトンで彼の耳元へと無駄に甘く囁く。瞬間的にゾワゾワッと、オリヴァーの全身に鳥肌が立った。

 オリヴァーは何故か、嗜好的に合わない相手から誘われる事が多いが、下に回るのは死んでもごめんだ。むしろ彼は、マリアンのような可愛らしい女性を愛でたいと考える質だった。


「やれやれ。係長、それじゃあセクハラではないですか?」


 今度はオリヴァーの隣の席の先輩……アゼルが笑いながら口を挟んできて、係長は「ここは可愛こちゃんを口説くのに向かん職場だ」と笑いながら、自分のデスクへ立ち去って行った。

 係長の興が削がれたようで、オリヴァーとしては大助かりだ。ああ、法の番人の職場、万歳。


「先輩、助かりました。ありがとうございます」


 ホッと安堵の溜め息を吐きながら、さり気なく庇ってくれた先輩達にお礼を口にすると、彼らは揃ってニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「なぁに、嫁さんの貞操の危機に駆けつけられんのが悔しいと、お前の可愛い旦那が嘆いてるからな」


 と、ヒース。


「オリヴァーが上司の誘いを断りきれなかったら、お前の夫のコリン君が泣くだろう?」


 アゼルも「良いことをした」とばかりに晴れ晴れと言い放つ。


「だから、アイツは俺の旦那じゃありません!

ってか、俺はどっちかっつーと嫁さんを貰う方……」


 先輩二人の、あたかも既成事実であると断定して畳み掛けてくるような同情めいた台詞に、オリヴァーは机をダンッ! と叩きながら宣言した。『誰が男に嫁ぐか!?』という不平を口にしたい一心で。


「なんだ。やっぱり、コリン君は旦那じゃなく嫁に貰うのか。式には呼べよ」

「神官の結婚式は、主催が神殿だろ? 派手になるんだろうな。タダ酒が今から楽しみだ」


 ……オリヴァーとコリンは将来を誓った間柄などではないと、主張するのに段々疲れてきた。

 そして、本日発覚した新たな事実として、何故に先輩方がああもコリンの味方に回るのかと不思議ではあったが……式で振る舞われるであろう、上質なタダ酒がお目当てであったらしい。


「コリンと結婚なんか、しません。恋人にも友人にもなりません」


 きっぱりと断言したオリヴァーに、下っ端をからかう事で結託したヒースとアゼルは、嫌な笑みを浮かべたまま互いに目配せ。本能は『逃げろ』と告げてきているが、生憎とまだ業務日誌を書き終えていない。

 アゼルは実にわざとらしく、隣席の足下を注視した。


「ふむふむ。時にオリヴァー君、それでは君の机の足下に置かれているバスケットは何かなぁ?」


 アゼルの手によってヒョイと持ち上げられたそれを、ヒースは「おおっ!」と感嘆符を漏らしつつ、向かい側の席からビシッとバスケットを指差す。


「ああ、これぞまさしくコリン君がいつも差し入れを詰めてくれている、愛のバスケットだね!」

「だけど我が同僚の君よ、オリヴァー君はコリン君とはなんの関係も無い、赤の他人だと主張しているよ!」

「なんと、それは大変ではないか、我が同僚よ!

それではオリヴァー君は、コリン君の持ち物であるこのバスケットを、預かったのでも借りたのでもなく、盗み取ったという事に他ならない!」

「そうだね、だって彼らは何の関係も持たない赤の他人同士なのだから、コリン君の私物をオリヴァー君が持っている道理がない!」

「なんという事だろう。まさか、栄えある我々エイクリード街衛士隊から、窃盗犯を出してしまうとは……!」


 彼らの芝居がかったやり取りに、詰め所内での注目は存分に集まっている。打ち合わせ無しとはなんとも信じがたい、朗々と台詞が溢れて止まらない寸劇を、オリヴァーはげんなりと聞き流しながら、本日の日誌を書き終えた。

 このお二方は、絶対に職業選択を間違えている。


「そのバスケットは、コリンが投げ捨てていったのを拾っただけです」

「つまり、落とし主は既に判明している紛失物だね!」

「ならばオリヴァー君、それはなんとしても持ち主に返さなくてはならないね」


 溜め息混じりに説明したオリヴァーに、先輩方は目をキラーンと輝かせて、すかさずバスケットを押し付けてくる。今すぐ、丘を登って神殿に向かえと言わんばかり。


「このままオリヴァーがバスケットを持っていては、拾得物の着服にあたるな」

「衛士の身で横領……資格剥奪の上、禁固刑何年だ?」

「何十年だろうな? 公務員の不正に、近頃お国は厳しいからな。ああ、人生の大半を牢で浪費……不憫なりオリヴァー」

「先輩、これこそパワハラじゃ……?」

「何を言う。我々は庶民の味方であり清廉潔白を旨とする、エイクリード街衛士隊!」

「そう、我々は些細な犯罪も見逃さない!」


 一度平常に戻った先輩方は、再び芝居がかった語り口に変化してしまった。奥のデスクの係長などは、先ほどからこちらのやり取りを「仕事をサボるな」と叱責しても良い立場のはずであるのに、腹を抱えて爆笑している。

 それどころか係長は、


「なんだ、オリヴァーは売約済みだったのか。もう誘えんな」


 と独り言を漏らしていて、果たして怪我の功名と喜ぶべきか、勘違いですと訂正するべきか実に悩ましい、決断までの制限時間が短い究極の選択を迫られる。


「よって、オリヴァー君。君は今日、必ずこのバスケットをコリン君に届けなくてはならない」

「何故ならば君は街の治安を守る衛士だからだ」

「そして本日、君は昼勤で我々は夜勤なのだから!」


 決断しきれずに躊躇っている間に先輩方の台詞が被さってきたせいで、なし崩し的に前者を採用した形になったオリヴァー。

 それはひとまず横に置くとして、ビシッと指を突き付けてくるヒースとアゼルに合わせて、夜勤にあたる衛士の他の先輩方からの「そうだそうだ」という野次まで飛んでくる。

 ここで突っぱねたら、周囲の先輩方も加わりその場のノリと勢いでオリヴァーを留置場にぶち込みかねない。一晩空けたら悪い冗談として釈放してくれそうな気もするが、昼間自分でとっ捕まえたひったくりのオッサンと、仲良くブタ箱で夜を明かす……嫌な経歴になる事は間違いない。

 ……ああ、法の番人の職場は、サイアクだ。



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