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彼はお堅い(?)公務員

 

 主神ガイアは、祈りを捧げる人々に恩寵を授けて下さる。

 政治を牛耳る特権階級が一方的に与るものでなく、日々つましく暮らす民草が無心に感じる大いなる存在への畏怖でもなく。貧富や身分に関係なく、神からの恩寵は等しく遍く世界に降り注いでいた。

 そう……『人間』という姿を象って。



「あなた様は選ばれたのでございます」


 街中の大通り、雑踏の合間。どうしてその時、耳がその声を捉えてしまったのだろうかと、何故殆ど無意識に、危機感も警戒心も抱かず安直に反応して振り返ってしまったのかと、彼が後々まで深く悔やむ事になる……それがオリヴァーにとって、コリンとの初遭遇の瞬間であった。



 オリヴァーはエイクリードの街の衛士だ。当年とって17、この街で衛士の職務に就いている仲間達の間では最年少にあたる。

 そんな彼は勤務時間の真っ只中に該当する昼日中、こっそり机の影から衛士詰め所の入り口を見やり、(先輩、ソイツ追い返してくれないかなー)と、他力本願な眼差しを向けていた。


「おーいオリヴァー、嫁さんが来たぞー」

「あなたぁ~、お勤めご苦労様です!」


 しかし来訪者に応対していた職場の先輩は、コソコソと隠れているオリヴァーの方を振り返るや否や投げやりに名指しで呼び掛けてきて、彼は思わずガタンと椅子を蹴り倒しながら立ち上がった。


「だからソイツは、俺の嫁じゃねえっ!?」


 差し入れと称したバスケットを片手に、世迷い事をのたまいながらヘラヘラとした笑みを寄越してくるガキんちょに向かって、オリヴァーはビシィッ! と指を突き付け全身全霊を込めて叫ぶ。その点だけは、何が何でも否定しておかねばならない部分である。

 黙りこくって身を潜めていた机の影から、表舞台に敢然と躍り出てきたオリヴァーの勇敢さに心を打たれたように、先輩はしっかりと頷いた。


「ああそうだよな、分かった訂正させてもらう。

オリヴァ~、お前の旦那が来たぞ~」

「お前、しっかり仕事に励んどるかー?」


 先輩の後半の台詞はどこまでも棒読みで、ガキんちょは寝言に威厳を出そうと無理やり声を低めたせいで、ゲホゲホと咳き込みだした。


「嫁でも旦那でもない! 赤の他人!」

「ひでぇ、手込めにしておいて知らんぷり、か」

「そもそも手ぇ出してねぇ!」


 職務経験も技術も実力も経歴も、何もかもが浅く組織内ヒエラルキーで最も立場が低い最年少というものは、常にからかわれ弄られるオモチャ的立場と同義であった。

 もしもオリヴァーが愛想良く周囲に愛嬌を振り撒き、諸先輩方から大いに気に入られる世渡り上手であれば、新人だからと大目に見られ可愛がられていたかもしれない。しかしオリヴァーは職場の先輩方から言わせれば、典型的な『粋がってる少年』であり、「いっちょ揉んでやるか」という結論に達するらしい。

 そして、そんな詰め所内での最近流行っている『下っ端弄り』は……オリヴァーの追っ掛けであるコリンを焚き付けて、周囲で寄ってたかって冷やかし囃し立てる、である。



 このまま詰め所に待機していては、またぞろ所員が集まってきてコリンを煽ってオリヴァーを冷やして騒ぎ、憂さ晴らしの格好のネタにされてしまうのは目に見えている。「巡回してきます!」と、体よく言い逃れて詰め所からの逃亡には成功したオリヴァーだが、忠犬よろしくコリンが後をついてくる。どうせまた、先輩方から景気良く送り出されたに違いない。

 オリヴァーは極力背後のコリンの事は気にしないようにしながら、詰め所から出発する巡回コースをいつものように見回り、街中がいつもと何か変わった様子が無いか、異変や事件の気配に集中する。しかし、幾らも経たない内にひたすら彼の後をついてくる子供がいい加減鬱陶しくなってきて、人気の無い路地裏に向かった。このままでは業務に支障が出る。


「お前さ、いい加減俺に付きまとうの止めろよ」

「イ・ヤ。

オレもいつも言ってるじゃん。オリヴァーとラブい関係に陥っちゃうまで、諦めねぇ!」


 ある程度人目に付かない路地の奥にまで歩を進めて立ち止まり、オリヴァーは背後を振り返りながら溜め息混じりに苦情を申し立てた。危機感も持たずにホイホイと路地裏に連れ込まれた……いや、自ら足を踏み入れたガキんちょことコリンは、胸を張って拒否する。


「誰が陥るか!?

はっきり言って迷惑なんだよ。職場に押し掛けられたり、巡回についてこられるのは!」

「だってオリヴァー、お休みがいつなのかも、どこに住んでるのかも全然教えてくれないじゃん」


 オリヴァーが真剣に業務妨害であると訴えると、流石のお子様も気まずい表情になった。どうやら諸先輩方も、下っ端衛士のプライバシーについては一応ギリギリ考慮してくれてはいるらしい。


「休みなんかそもそも滅多に取れねえよ。下っ端舐めんな。

つーかお前こそ毎日フラフラ出歩きやがって、そんなにヒマなのか? 大神殿の見習い神官サマは」

「オレんトコは単に、毎日の休憩時間が長いんだい。聖務の厳格さ舐めんな」


 そして、これがオリヴァーとしては最も信じがたい話だが……彼を頻繁に追い掛け回しているガキんちょは、エイクリードの街、その中心部のなだらかな小丘を登った先に建つ、広大にして荘厳なる大神殿にて主神ガイアに仕える、見習い神官であった。コリンと出会ってからこっち、(こんなアホ面晒したガキんちょでも纏える物なのか、法衣というものは)と、オリヴァーも感心しきりだ。

 身元を不審に感じるまでもなく、このエイクリードで非聖職者が「己は聖職の身である」と広言する事も無く、着る資格も持たずに法衣を纏って身分詐称を働く勇敢なるバカもまず居ない。主神を崇める者達の総本山でありお膝元、大神殿を戴く聖なる街。そう呼ばれているここで。


 コリンは神殿内で見掛ける見習い神官が身に着けているのと全く同じ、丈が長くて素っ気ない白いローブにサンダル姿。身を飾る品と言えば守り石だという緑水晶のピアスと、首からかけても踝あたりまで届くほど長くて細い帯のような形状の布地……ストラを身に着けている。ストラの色は、見習い神官である事を示す薄水色。階級が高くなればなるほどストラの色は濃く、ローブ共々飾り立てる刺繍は派手になってゆく。

 疑う余地なく丘の上のお坊ちゃんな相手に、根っからの庶民であるオリヴァーは溜め息を吐いた。


「何度も言ってるが、そもそも未成年のガキは考慮の余地無くお断りだ。

俺はこう見えて、お堅い公務員なんでね」

「再来年には16になるよ。その時になったら、ちゃんと考えてくれる?」

「再来年のお前は、晴れて正式な神官サマだろ?

俺みたいな一般市民がどうこう出来る相手じゃない。自分に釣り合ったお相手を探しな」


 肩を竦めて断りの文句を口にするオリヴァーに、コリンは頬を膨らませて手にしていたバスケットをベシッと投げつけてきた。


「オリヴァーのおたんこなす! 分からず屋!

オレはずぇったいに諦めないからな!」


 いちいち当たってやる義理は無いので、バスケット攻撃からはヒョイと身をかわし、捨て台詞を吐き捨てて路地裏から走り去るコリンの背中を見送った。きっと、あの調子でぷりぷりと怒りを露わにしながら、神殿にて午後のお務めに臨むのだろう。

 オリヴァーは地面に転がったバスケットを拾い上げて、中身を確かめる。哀れ投げつけられ地面に叩きつけられた衝撃で崩れたサンドイッチの姿に、言いようのない虚しさが募った。


「……お前のこういうところが、俺と深い溝があるつってんだよ、アホたれ」



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