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其之七 インスタント・インベイダア

 締め切りに、負けました。

 本編を大幅に短縮し、エンディングを変更してお送りしています。


 全ての元素終着点は鉄だと云われている。

 それより軽い元素はどんどん重くなり、それより重い元素は軽くなっていくからだ。

 そのため、太陽が燃え尽きてからという途方もない未来の話だが、全宇宙は鉄になりたがっているのだと云う。

 ならば、光すらも鉄になるのだろうか。



 (なんだ?)

 オトヤは操縦席まで食い込んだ光除扇に焦りもせずに呟く。

 光除扇が切り込んだ穴から空気が抜け、真空ゆえに音としての言葉にならないが、とにかくオトヤは口を動かしていた。

 この攻撃には意味がない。このまま加速していっても意味がない。現在の相対速度は光速五分の一、マッハだと約六十、大凡時速六万キロ、ちなみにF1カーの時速三百キロは消費税にもならない速度だ。

 (加速はしている、だが…サイボーグの俺がこんなことでダメージは受けない)

 光速三分の一、光速二分の一、亜光速、光速…超光速に達した段階で、重力子の対Gによってほとんどゼロにまで軽減されていた重さを感じるようになる。

 加速は重力に等しい。極超光速でロボットが動くなら速度に正比例して肉体は落ちるように朽ちていく。


 余裕からオトヤは外を覗くが、光より速く動いているために宇宙はチェレンコフ効果という現象のせいで青く染まる。

 ショオジの脚付き戦闘機が宇宙戦闘を目的としているにも関わらず、翼が生えている理由がコレだった。

 その翼、光除扇(エーテル・フィン)は、その名の通りにエーテルの中で飛ぶための翼。

 エーテルは空気の有無に問わずに空間中に存在する暗黒物質(ダークマター)であり、切断した物体をその時間と空間(ジゲン)から弾き出そうとする力が生じ、光除扇はそのエネルギーを応用して超光速を可能とする。

 この光除扇の理論は戦前から発見されていたが、三〇一二年現在でも技術的にも未完成であり、故に鉄血部隊でも最も実績のあったダンが扱うことになった装備。

 人類が、それどころかンヴンですら到達した事のない超光速の世界。二台のスーパーロボットは既に外宇宙にまで飛び出している。


 (この負荷にまだ耐えているのか。あのンヴンは)

 耐G加工によって大幅に加速を軽減しているが、その重圧は既に攻撃の域に達しオトヤは全身に圧迫感を感じている。

 云うまでもないが、鉄血部隊のオトヤと生身のショオジ、ふたりのパイロットが同じスピードと同じ耐Gをすれば結果は瞭然。

 結果の決まった戦いの中、オトヤが見るのは代り映えのしない。光のドップラー効果とチェレンコフ現象の青紫一色の世界。

 別に光より速く動いたところで、ただ外宇宙系まで引きずり出され、途方もない距離を移動したはずだが星も人工物にも何にも接触しない。


 ただ空白だけが広がる宇宙という名の暗黒。

 暗黒の中を触れれば何もかも打ち砕く超速度で駆け抜ける。

 そんな青紫の世でオトヤは何かを見た。しかもそれが取り残されるわけでもなく極超光速の世界に追いすがっている。


 (姉さん…?)


 影のように青紫の世界にうっすらと現れた見間違えようのない人影。

 姉だ。一年前に老いて死んだはずの姉、オオトリ・コトリの若い頃の姿で窓の外に居た。

 (姉さん? どうしてこんなところに居るんだ?)

 相変わらずオトヤの声が出ていない。

 姉の顔がハッキリとしない。泣いているのか笑っているのかすら分からない。

 (ここはどこなの、天国は外宇宙にあるのかい? それともこの速さが死に追いつけるまで加速しているの? 時間を越えたの?)

 答えは返ってこない、喋っているのかも見えない。だがオトヤの心や感情が極超光速まで加速してしまっている。


 「姉さん、俺…僕はっ、僕はっ、姉さんに謝りたくて…けど、会えなくて…ッ!

  姉さんが…ンヴンとの間に生んだ娘に笑いかけてるのを見たら…俺の“めい”なのに好きになれなくて! 弟を殺した俺が、コピーの俺が、そこに帰れなくっ」

 青紫の光の中で言葉は聞こえない、ただコトリの微笑みだけが見えた。

 「姉さ――」


 割れた(・・・)


 同時に白刃取りしていた獅子色ロボの両腕から力が抜け、光除扇の刃が操縦席のオトヤごと上下両断した。

 五次元障壁を失った機体は光速の七倍という速度の中、燃え尽きて…というか、炎そのものであるプラズマとなって宇宙空間の中に拡散した。

 魂も蒸発したんじゃないか、そんな光景をダンは見届けた。






 「…結局、最後どうなったんだ、あれ?」

 木星ガス収拾船の病室に逆戻りし、例によってミヅキに付き添われて眠っていたショオジが眼を覚ましたのは十時間後だった。

 ダンは既に医療用の義手を改造して切断された腕と足は人工皮膚こそないがほとんどダメージはなくなっている。

 「さっき船内で俺とオトヤが戦っただろう? そのときにオトヤは俺の腕を破壊するために突きを胸で受けた。

  そのとき、電子チップは剥き出しになっていたからな、チップがGに耐えられなかったんだ」

 「へー…なるほど」

 完全に初耳、といった様子で聞くショオジ、ダンも予想はしていただろうに頭を抱えた。

 「やはり分かってないでやっていたのか…。ところでショオジ、あの極超光速の中で何か(・・・)見たか?」

 「? 見えるわけないだろ? ブラックアウトしてたよ」

 ブラックアウトとは、加速による影響で生じる血流障害などを指す。

 視力や聴力は一時的に失われ、光速の七倍にまで達した世界を見ることができたのは、鉄血部隊であるオトヤとダンだけだった。

 ――そう、ダンも見ていた。“見るはずのないもの”を。

 「そうか、アレは見えなかったのか」

 「…なにか見えたのか? ダン?」

 いきなり出た思わせぶりな発言にショオジは寝直そうとし、ミヅキはそのショオジの頭を撫でながらダンに視線を向ける。

 ミヅキからは続きを聞いてみたい、という興味が伺えたが、ダンは内心であることを決めかねていた。

 「…ショオジ、ところでお前、気付いてるか?」

 「ん?」

 「お前、もう左耳聞こえないぞ。それ」

 ミヅキの顔から血の気が引き、次の瞬間には興奮で倍は血が回った。

 云うタイミングに随分と頭を悩ませていたらしい。

 「あー、ブラックアウトの後遺症か」

 「ご愁傷様、だな」

 掛ける言葉をミヅキが捜している間に、男ふたりはザクザクと世間話をする。

 日常生活では片耳でも音楽家など特別な職業でもしていない限りは大して困らないだろうが、ショオジはその特別な職業なのだ。

 コンピューター・ノイズを聞き分け、木星竜巻の中を生き残る。それが木星波乗りという職業で、ショオジの生甲斐なのだから。

 「自暴自棄(ムシャクシャ)したならまた俺の機体を貸してやるぞ? 銀河系くらいならストップウォッチで図れるくらいの時間で壊滅させられる」

 「…いいよ、別に。ちょうど木星波乗りにも飽きてきた。次の楽しみを探す」

 感情の起伏もなく、大したことでもないとばかりに言い切るショオジは、不安げなミヅキをベッドに引っ張り込み間もなく眠りに落ちた。

 なんのことはない。光速の七倍の速度の機体を操縦し終わり、しかもショオジにとってスリルよりも大事な女も居る。

 この男は人生というものの楽しみ方を知っている。それだけのことだ。



 「おやすみ」



 ダンが目覚めたら、戦争に負けてた。

 ンヴンが支配する地獄のような世界なら、その世界を壊せば良かった。オトヤのように。

 ンヴンが管理する理想郷のような世界なら、その世界を楽しめばよかった。ショオジのように。

 だが、現実はンヴンが台頭しても大して変わらない“そこそこの平和”な世界が有った。

 ダンには理想郷を作れる力はあっても、理想がないのだからなんの意味もない。この世界には彼には護るべきものも奪い取るべきものもない。

 絶望も躍動もできず、かつて世界のために戦った英雄は、六十七年という時間によってただの人になっていた。


 「さてと…どこに行くかな」


 ダンは青紫の光の中で、いくつかのちょっとした真理を知った。

 銀河系と同じ大きさの特異点すら持つ巨大隕石、ンヴンと同じように世界を征服しようとする宇宙人、人類やンヴンの創造主たる精神生命体の存在、異次元生命体たち、歪んだ機械文明。

 他にも無数の宇宙の脅威が銀河系に迫っており、それをなんとかできるのはダンの脚付き戦闘機だけ。

 「どれから潰すかな…」

 人間は、エネルギーを開発することは出来ても作り出すことは出来ない。。

 化石燃料や鉱物資源を次々と人間は莫大なエネルギーに変化させ、物質を消耗し続けてきた。

 エネルギーは減るだけで決して増えない。人類やンヴンが生活すればするほど宇宙内のエネルギーは減り続け、宇宙は狭くなり続ける。

 宇宙が狭くなれば、それだけ他の物質消費者である侵略者とも出会う。ンヴンはその一つ目のグループにすぎなかった。



 「さてと…俺が最後の侵略者を倒すが先か、人類が木星を食い潰して侵略者になるのが先か、暇潰しにしかならないな」



 全ての元素終着点は鉄だと云われている。

 それより軽い元素はどんどん重くなり、それより重い元素は軽くなっていくからだ。

 そのため、太陽が燃え尽きてからという途方もない未来の話だが、全宇宙は鉄になりたがっているのだと云う。

 人類で最も最初に鉄になった男は戦う。この宇宙の他の全てが鉄になるまで。



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