其之四 ソウル・オルタナティブ
知ってる人は知ってるだろうし、知らない人は知らないだろうし、別に知ってても知ってなくてもどっちでもいいんだけどさ。
84gはヒーローソングオタクで、それを聴いてその歌詞とかからインスピレーションを得てる。
中二病を隠そうともせずに、それでいて恥ずかしさ紛れに強調したりしないヤツ。
この作品の元ネタは、仮面ライダー劇場版から大吉のHEART・BREAKER、歌詞とかリズムとか、そういう世界観。
前回までの~は、時間があって気が向いたら足します。
ダンとショオジ、お互いに意見をぶつけ合わせた末、それを見守るミヅキが一番疲れているという状態。
既に地球時間で深夜の二時。木星の自転時間に合わせて十時間サイクルで働いているショオジやサイボーグのダンには関係ないが、ミヅキの体内時計の上でも今は真夜中であり、かなり眠くなっていた。
ミヅキは木星波乗りではなく、この船のメカニックレディ。
この船内で機械を整備している機械を直す機械、その機械のコンピューターが正常かどうかを試す、というかなり遠回りなセーフ・キーパー。
その作業もコンピューターが正常かどうかを、三人の人間が二十四時間ごとに四十分かけてチェックをするなんぞという、法律上必要だから乗っているだけ、という職業なのだ。
「…ねえ、ショオジ。ぼく、眠い…」
「寝ればいいだろ、勝手に」
「一緒に寝よ? ベッドまで…運んで?」
「うッぜぇえ。ウインクする自分が可愛いと思い込んでる辺りがウゼェ」
「あ、ヒドイ、あのねえッ! ウザいって云った方がウザいんだよ!」
「俺がウザいんだったら、ひとりで寝てろヴォケ」
「あ、っちょ、優しくない! ショオジ、優しくないよ、それっ!」
眠気はどこに行ったのか。恋人同士の夜の誘いはどこに行ったのか。
はしゃぐようなふたりを見ていて、ダンの表情には名状しがたい笑顔が灯っていた。
過去の全てを悔いるような苦笑のようでもあるし、今現在を称える微笑みのようでもあり、自分を侮蔑した嘲笑のようでもあった。
「なんだよ、なんか云いたいことでもあるのか。ダンさんよ」
「いや…俺が戦った末にあるのが…キミたちというのが、な。
鉄血部隊がンヴン人を止めていれば、コトリが襲われることもなくショオジは生まれていなかっただろう、な」
ダンの言葉の真意を理解できないらしき、若い二人は互いを見合わせた。
「ミヅキ…だったか、キミは…ショオジに出会えて、良かったと思うか?」
今の今までコメディのように罵倒していた恋人に眼を向け、ミヅキは眠い瞳をさらに細めた。
「…ボクはショオジに会うために生まれてきました」
「だから、どうしてそういうバカなことばっかり云うかな、お前は」
「ショオジも、ボクに会うために生まれてきたんだよね」
「んなわけねーだろ…」
「ショオジ、俺はキミの曾お婆ちゃんに出会ったとき、この女と出会うために生まれたと確信したぞ?」
ダンの突拍子もない上にキャラでもない発言に、ミヅキは“ですよねっ!”と共感を示し、ショオジは露骨に嫌そうな顔をした。
宇宙独特の沈黙を挟み、ショオジは次の言葉を選んだ。
「…なあ、戦いなんて他のヤツに任せて置こうって考えなかったのか?」
「全員がそう思っていたら世界を守れない」
「偉いな。カッコイイよ。でもな、もしタイムマシンが有ったら、どうする?」
「何の話だ?」
唐突なショオジの質問に、あえて質問で返すが、ダンも意味は判っている。
タイムマシンが有ればどうするか。それは誰しも一度は考える思考実験、誰しもが一度は考えるSF的妄想、誰しもが一度は諦める幻想。
もしもタイムマシンがあり、過去でオオトリ・コトリを助けられるなら、どうするか。
彼女はンヴン人に襲われたりせず、ダンと幸せに暮らせるのではないだろうか。
もちろん、SF的にはンヴン人に襲われたときの結果の延長線上にあるショオジは生まれてこなかったことになるのだろうが。
「俺は使うぞ。使って…ンヴン星人が地球に来なかったことにするね。それで俺や親父は居ないが、代わりにあんたと曾婆ちゃんの子孫が居る…そんな世界にしたい。ダンさん、あんたはどうする?」
「…タイムマシンなんて、ない」
「そういう話じゃないだろ。もしも、の話だってよ」
「過去に“もしも”はない。キミは今現在ここに居て、俺とコトリは結ばれなかった。それだけだ」
「オオトリ・オトヤも同じ事を云うのか? あんたの姉はあんたが居ない間に襲われた、ってよ」
「もしも、はない。この場にオトヤは居ない」
「いや、居るよ。義兄さん」
マシンガントークのマシンガンの弾層に紛れ込んだような異音。
ダンにとっては六十七年前を象徴する声。ショオジやミヅキにとっては聞いたこともない声、しかし顔は知っている。写真に写っていた顔。
軍服ではなくレザーのジャケットにパンツ、二十一世紀のエレキギター弾きのような格好だが、それでもダンやショオジには見間違えようがない。
オオトリ・オトヤ。 オオトリ・コトリの実弟にしてダン・ダンの義弟。
居るわけもない。ここに居るはずがない鉄血の男。
「どうしてここにいる…というのは愚問だな。俺の体内トランシーバーか」
「義兄さんが木星に居るのは判ってたからね。元々探してた。会いたかったよ」
「…この六十七年、お前は何をしていた?」
六十七年前の戦いにおいて、ダンが木星で消息を経ったのは戦いの中盤。
そこからはタイムカプセルに入った何かの植物の種のように、世界から取り残されていた。その種が発芽を求めるように当然の疑問をぶつけた。
「色々だよ。義兄さんが棺桶に入ってマスドライバーで射出されてから…鉄血部隊も沢山死んだ。
鉄血部隊のベリアルって覚えてるよね? アイツが裏切ってさ、俺とソフィ隊長、ハヤタさん以外は死んじゃった。
そこからは敗戦一直線でさ。地球連合の降伏宣言、俺たち鉄血部隊も敗戦処理で色々やって…色々有ったよ」
「その色々が聞きたいんだ。オトヤ。今俺の持っている情報の限りだと、お前はコトリの所には帰らなかったんだな?」
ダンが目覚めてから得た情報は多くはないが、重要な情報が多くあった。
歴史の上での戦争、ショオジの家庭の事情、それらを統合すると鉄血部隊員・オオトリオトヤは、姉の所に帰らなかったことになる。
「姉さんの所に帰るときは義兄さんと一緒、そういう約束だったろ」
「それだけか?」
ダンの堂々とした質問にも、オトヤも堂々と応じる。
その会話は、永い時を経た兄弟同士の会話ではなかった。敵意にも似た警戒がありありと浮かんでいる。
「…俺は、もう、姉さんとは会えないよ。機械の身体だからじゃあない。俺は…姉さんの愛したものを愛せない、から」
ダンもオトヤも、ショオジやミヅキがこの場に居ないもののような態度だが、判る。
オトヤから発散されている匂いにも似たオーラ。それは獣が放つような美しいまでに明瞭な殺意だった。
「オトヤ。コトリは幸せだった。それはショオジたち家族のおかげだ。それをお前は見てきたんだろう?」
「ああ。だから俺は…待ってた。姉さんが幸せの中で、最期を迎えるのを。だから今まで…そこのンヴンも生かしてきた」
「…俺は曾婆ちゃんを慰めるセラピー・ドッグか何かか、オイ」
人は守る者が居れば強くなれるという言葉を、ショオジは肌で実感していた。
自分以上に脅えるミヅキが居なければ、今頃ショオジは恐怖に泣き叫んでいたかもしれない、その小さな勇気の証明とばかりの軽口。
「…黙ってろよ。あと何十秒か後。義兄さんと話し終わったら、お前死ぬんだからさ。
今の内にそこの女と適当にイチャついてろよ。子作り以外はシカトしてやるから」
姉の曾孫であるため、ショオジはオトヤにとっては曾姪孫という関係に当る。
しかしショオジに流れるコトリを汚したンヴン人の血に対して伝えるように、オトヤは嫌悪交じりに言い切る。
「…お前は、まだ…戦い続けているのか、ンヴンと…」
「まだぁ? 義兄さん、あんたは六十七年眠っていた浦島太郎だ。
それが云う言葉かい、さっきまで終戦も知らなかったんだろ? ずっとあの電波も届かない棺桶の中に居たんだろ?
その義兄さんがさぁ…もしかして、ンヴンを許せるの? 地球圏を荒らして多くの地球人を殺したケダモノ連中をさぁ」
「俺たちは“侵略者”と戦っていたはずだ。人々の平和を破壊する侵略者を倒す、それが目的だった」
「ああ、それが英雄だからね。それこそが鉄血部隊のダン・ダンだ。で?」
「そこのショオジは俺たちのコトリの曾孫で、俺たちよりもコトリを支えてくれた」
「で?」
「そのショオジを…お前はンヴンと呼ぶのか。侵略者だと呼び命を奪うのか」
「だって、その通りじゃん」
間合いを計るような言葉の応酬。
緊迫したふたりのオーラに耐えられず、空気が悲鳴を上げたのかと思うようなキーンとした音。
ダンの足元、床板に雪の結晶のような亀裂が走った。中国武術発祥の拳法技術の振脚、段違いのパワーの。
「…お前は、終戦後もそうやってンヴンの命を奪ってきたのか?」
「まさか。そんなことすればショオジとかも住み難くなる。そうすれば姉さんが悲しむ。
だからさ、全てのンヴンは感謝すべきだよ、姉さんにさ。姉さんが天国に行って今日で一年…今日からンヴンは皆殺しにする」
「…今日? 今日で一年?」
ダンの言葉に、ショオジもうなずいた。
「そう、今日だよ。義兄さん。
六十七年間探しても見つからなかったのに俺が動こうとしたその日、義兄さんが目覚める…。
コトリ姉さんの意思を感じるよ。義兄さんと一緒にンヴンを掃討しろ、ってさ」
たったふたりで全ンヴンを、いや、全人類を敵に回す事はできるのか?
“できる”。できてしまうのだ。
木星に隠された“鉄血部隊最終兵器”さえあれば、時間は掛かるだろうが全てのンヴン人を虐殺する事ができてしまう。
以前の戦いでは鉄血部隊から裏切り者があり使用できなくなった兵器だが、今となれば対抗する手段は存在しない。
「ソフィ隊長やハヤタはどうした? ふたりも生き残ったんだろう?」
「ん? ああ、あのふたりは、ほら、これ」
無造作に放った黒い金属のカケラ、誰もそれが何か、理解できなかった。
電子基盤のように加工がされているが、それがもう壊れていることは一目瞭然。
一秒ほどの逡巡を経て、ダンの姿が消えた。少なくともショオジやミヅキの動体視力では捉えられなくなった。
次に見えたのは、オトヤとダンが手四つで組み合っているところだった。
「その電子チップは…ソフィ隊長とハヤタ、そうだな?」
「うん。ふたりとも戦争が終わったからンヴンを殺さない、とかヌルいこと云うからさ。俺がヤった」
「…お前はさっき、お前が動く日に俺が起きたのは、コトリの意思だ、そういったな?」
「うん」
「逆だ。コトリはお前を止めてもらうために俺を木星から呼び戻したんだ。ショオジの船を使って俺を回収させたんだ」
六十七年の時を越え、英雄だった男と英雄になろうとする男の戦いは、四つ手を離して静かにファイティングポーズを取ることから始まった。