表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

其之一 ストオム・ライダア

 人類史に燦然と輝く名言、“地球は青かった”。

 地球を外から見ると青く見えるのは大気と光の性質のせいであり、地球の地表は決して青くはない。

 長い歴史の中で流された血で赤く染まっているか、それとも石油という老廃物を取られすぎて漂白した骨のように清潔すぎる不気味な色に見えるかもしれない。

 それに比べると、木星は地球人や異星人に開拓されて五十年。そろそろ穢れを知る年頃。

 その内部では処女性を失い、ただヒステリーを剥き出しにするように竜巻が吹き荒れる。

 木星は太陽に次ぐ大質量によって地球の倍以上という高重力星であり、その遠心力によって発生する竜巻は地球や火星ならば抱き殺すだけのパワーがある。

 そんな太陽系の辺境で仕事をする地球生まれの青年は、窮屈な宇宙服を着て一人乗りの宇宙船を操作しながら呟いた。


 「…あー…暇だ。コール、下部六番変速ジェット切り替え」

 《下部六番・変速噴射・切り替え・操作・します》

 「オッケー。それで…なんかなかったけ、今やれる仕事あるか?」

 《ございま・せん》

 「そーかい」

 木星の高重力によって機内の人間が感じる体感重量は地球の倍以上、自重と宇宙服を着ているだけでトレーニングになる。

 音声制御の自動操縦、寝言さえ言わなければ眠っていても死にはしない。

 彼の今乗っている宇宙船は掃除機のヘッドのようなもので、木星の大気を吸入してホースを通して母船に送っている。 人類はエネルギーを開発することは出来ても、創造することはできない。

 生き続けるためにはエネルギーを消費し続けなければならないが、人類は地球の資源を食いつくしても増え続ける。

 そして木星の大気を掻き集め、その大気から核融合という方法を使って電力を発生させていた。

 「…もしも、木星を食い尽くしたら…次はどうするんだろうなぁー…」

 無気力に自分が死んだ後のことを呟く青年は、本当に退屈していた。

 非常事態に備えて宇宙船には人間が乗っているが、それ以外は本格的にやることがない。

 ライト兄弟も二宮忠八も、他の人間にはできなかったからこそ空を飛ぼうとした。

 が、時間と努力を経て、進歩という名目で寝ている間に目的地に付けるようになってからは浪漫でも野望でもなんでもない、ただの職業だ。

 千年経ち、宇宙人との宇宙戦争を経ても、“カガヤク未来”とやらにはなりはしなかった。

 医療が進歩しても自堕落な成人病によって平均寿命は延びず、ガンや認知症も遅らせることは出来ても特効薬なんてできはしない。

 労働も変わらず、一部が楽をするための格差社会は進展し、それを働かざる者食うべからず、という幻想で誤魔化す。

 だが、そんなことは関係ないとばかりに“非常事態”が起きた。


 《大気・気圧・上昇・異常・発生》

 「来た…かっ!」


 昔から天気予報という言葉は有っても天気予知という言葉はない。

 住み続けている母星の天気ですら先んじて知ることが出来ない地球人は、木星の天候を把握することはできずに居た。

 木星は神の名を関するが、この星のパワーは全能だろうと神だろうと噛み砕く。

 この太陽系宇宙では、この木星の嵐に耐えうるのは王たる太陽くらいで、水星や火星・地球に金星ならばこの竜巻に巻き込まれれば粉々に砕け散る。

 「ジュピター・トルネイダァアアアアっっ!」

 絶叫とともに青年から先ほどまでの億劫な退屈が消え去った。

 木星での大気収集に人間が乗る理由が、これだった。

 「冷熱回路強制開放、操作をオートからマニュアルに!」

 木星の嵐は生物そのもの、画一的なコンピューターでは対応できないデリケートさを持ち、この風を女神や美女に例える木星波乗りは多い。

 収集した大気を母船に送るホースを切り離せば、この機は風を受ける凧に早代わりする。

 両手両足を持ち、胴体から切り離したサーフボードに乗る快速サーファー、それがこの機体のロボット・モード。

 「…いくぜっ…」

 コンピューターはただ沈黙している。

 計器は見ない、カメラも見ない、強化プラスチックの窓から外を肉眼で見つめる。

 青年は勘と経験と云うには若すぎる二十代前半でそのふたつの言葉を使いこなしていた。


 さて、神の風は差別も区別もしない。その中に居る者を気紛れに弄ぶだけだ。

 女神に弄ばれるならば人間はどうすればいいのか? 楽しめばいい、同じ弄ばれるなら遊ばねば損々。

 最初に青年が女神と選んだ遊びは鬼ごっこ。

 超音速の風と同じ速度で飛行することで、風からのダメージを最低限に抑える。

 しかし、青年が乗っている機体には核融合炉はなく、限りあるバッテリーだけでは荷電粒子噴射(プラズマジェット)での加速を続けていれば竜巻が止む前にガス欠確実。

 故に追いかけっこは切り上げて、次の遊びに移る。

 「さあ、プラズマジェットを切れ」

 口に出す必要はないのだが、自動操縦の癖でつい口をついてでた。

 ここからは鬼ごっこではない、死ぬか生きるか、波に乗るか乗らないか。

 木星はほとんどガスで出来ており、自転による遠心力で赤道面が膨らみ、楕円を描く形状となっている。

 故に竜巻も地球とは全く異なる混沌とした法則で発生し、複数の竜巻が知恵の輪のように絡み合い、幾何学的な歯車のようにどんなものでも噛み砕く。

 「ひゃぁっハァアアアゥィィイイイィイイーぉォっっ!」

 乗り逃せば、機体がそのまま棺桶になる。

 だからこそ脳が歌う、ドーパミンの大津波、エントロピーの増加が止まらない、喜びのカンブリア大爆発。

 青年は、ジェットコースターという文化を永遠に理解できない。

 保障された安全にカネを払って乗っても興奮なんてできはしない。

 理想はもちろん、カネをもらって危険の中に身を浸す、それが大人というものだと信じているから。


 「ルララララララララ、歌え歌え歌えウタエうたえうえた飢えたぁ、これに飢えてりっりにむなぁっ!」


 レーダーも合唱している。竜巻の中には隕鉄や宇宙大戦で撃墜されの兵器の残骸などが超音速で飛び交う。

 だが避ける。レーダーは映像でも通知できるが、二次元的なレーダーでは距離や角度、形状が判らない。

 全天に立体的に対応できるのは映像ではなく、むしろ雑音。

 コンピューターが擬似的に作り出した騒音は、CGコンピューターグラフフィックスならぬCN(コンピューターノイズ)

 暗号化された騒音をヘッドホンを通して頭蓋骨の中で反響させ、青年は反射的に雑音を解読して操縦にフィードバックさせていく。


 「このリズムはぁあああァ、威風堂々、エルガァアアああっっ!」


 風の強さ、障害物の位置、全てはヘッドホンが耳障りな雑音という形で表現するが、雑音の種類と大きさと音の方向で、障害物の距離や大きさ、形状と種類を判断する。

 背後からの管楽器の高いレのような音は、直径三メートルほどのニッケル純度の高い岩塊が音速二分の一程の速度で迫っていることを意味する。

 側面からエレキギターのハウリングのような音がすれば、それは直径八メートルのポロニウムの塊が超音速で回転しながら迫っているという解釈をする。

 複数の音が奏でる台風の流れに乗って、その雑音から逃れるために風に乗って風になる。自分に乗って自分になる…風に乗っている間だけが自分が自分自身になる。

 …そして。


 「あぁぁぁ、止むなぁ、これ」


 木星の嵐が止む。命の危機が去るのが判る。

 ドーパミンの嵐も止んでしまう、命の炎がトロ火になる。明日からまた退屈なガス集めが集まる。

 「あぁ…!」

 何事にも終わりはある。直前までの昂奮が冷めていく。

 そのときだった。ヘッドフォン越しには聞いたことのない破砕音、それがCNではなく実際に発生していた音で、発生源は青年が座っていた席の真後ろだった。

 「ウッソォ…」

 彼が振り向くと、そこには音の元となった物体。

 CNではそんなものが飛ばされてきたことはわからず、それはレーダーでキャッチできなかったことを意味する。

 この機体が搭載しているレーダーはフォトン・アクティブ・レーダー。技術的に説明しだすとそれでひとつテキストが作れてしまうので割愛するとして。

 とどのつまり、このレーダーでキャッチできない物体は自然界には存在せず、加工のされた人工物であるということ。

 いや、人工物であることは判っている。振り向いた瞬間にそれが何者かが作為的に作ったものであることはわかった。


 棺桶だ。

 十字架の描かれた吸血鬼でも入っていそうなアナログでゴシックな棺桶。

 なぜこんなものがここにある、そんな寝言を考えている時間はない。

 棺桶は機体の八十四重オーバータングステンカーバイト製の外壁を貫通し、操作系を確実に狂わせた。

 青年は宇宙服を着ているから変化を実感できないが、コクピットから空気が抜けていくのが空気感で判る。そりゃそうだ。

 宇宙服の生命維持装置が利いているが、穴の開いた機体では木星の高重力には逆らえない。

 プラズマジェットのバッテリーも残り少ない、機体の沈降を止められない。


 吹っ飛んできた棺桶が直撃し、宇宙船が棺桶になって木星を吹っ飛ぶことになるとは、洒落にもならない。

 「…ああ、死んだな。俺」

 竜巻の中で死ぬというのは木星波乗りとしてはあまりにありふれた死因。覚悟というにも前提的すぎる死因に笑うしかない。

 諦める以外に選択肢のない状況で、青年は死ぬまでの暇潰しに、故意的に記憶の走馬灯でも見ることにした。

 青年の名前は東海林翔司(ショウジ・ショオジ)

 小学校では殴られる側だったが、中学校で一度殴り返してみたら簡単に殴る側に回った。

 そして、人を殴ることも殴られることにも飽きた頃に義務教育を終えて、ショオジは生まれる時代と場所を間違えたと気が付いた。

 現在は西暦三〇一二年、世紀末を過ぎても退屈な日々が延々と続くと気がついた時代。

 二九四五年に終戦を迎えてからの日本という国で育ち、押し付けがましい平和、その環境で自分が時間を浪費して腐っていく感覚を捨てるため、ショオジはスリルを求めて木星波乗りになった。



 だが、どんな職業にも休日という不条理は与えられるもので。

 ショオジは学生時代に人を傷つけることに飽き、休日を潰すために人を愛することにした。

 学生時代、素行も悪く戦いやすい上級生を殴っていたら、それを自分を助けたと勘違いした莫迦な女が居た。


 ――ぼく、嬉しかったんだ。怖くて助けてって云えなかったときに…ショオジが助けに来てくれたのが――


 その莫迦な女は、ショオジが愛したいときに愛するだけで離れようとせず、就職先の木星ガス収集船まで同じだったので便利だった。

 ただ、長く付き合う内にショオジには完全に理解不能な要求をしてきた。


 ――ねえ、ぼくも働くから…木星波乗りはやめてくれないかな?――


 木星波乗りは給料もよく、他の業種に比べれば休日も多い。ただ命を懸けるだけで。

 ショオジが木星波乗りをし、その女に何のデメリットがある?

 他のことにはほとんど口を出さない女だったが、なぜかそのことだけは何度も懇願してきた。


 ――ぼくのことは嫌いになってもいいから…お願い。木星波乗りはイヤだよ、ショオジ、死んだら…イヤだよ――


 全く以って理解不能な話だった。

 ショオジはその女が自分を好いて、自分に愛されたいのだと把握していた。

 しかし、その自分に嫌われて、なぜショオジに死ぬなと涙ながらに云うのだろうか。

 その莫迦な女の考えは理解できないが、高重力のヘリウムの海に沈んだ自分の死体が戻るのを待ち続けることぐらいは理解している。

 「…なんだ、俺、死ぬわけにはいかないじゃないか」

 命懸けは男のロマン、大金を稼ぐのも男のロマン、自己中心や男尊女卑も至極当然男のロマン。

 だがしかし、女の涙を流させないのはロマン以前に男の最低条件だ。

 退屈凌ぎの女だったのに、なんでそんな女のために死ぬタイミングまで考えなければならないのか、自らの行動に疑問を抱きつつもショオジは足掻き始めた。

 「生き残るには…」

 ショオジは運転席を離れ、藁にもすがる思いで棺桶に触れた。

 宇宙服が氷が燃えるような異音を立てる。

 棺桶の表面温度が木星大気に冷やされているのか暖められているのか、とにかく異常な温度なのだろう。

 「…こりゃあ…何が入ってても…まともなもんじゃねーな…」

 何が入っていれば自分は助かるのかは判らない。だが開けなければならない。

 開ける瞬間は、中に入っているものが何かと一瞬の間に思索する。



 棺桶なのだから、やはり中身は死体?

 軍人の死体か? 動物兵士? それともメイドロボット?

 いや、財宝ということもありうる。

 金銀宝石? レアメタル? マルスニウムだったらこの棺桶ひとつで一財産なのだが。

 いやいや、大戦中に破棄された超兵器?

 カレーを動力に動く人型ロボット? オーバータングステンカーバイトで出来たデカイ刀?

 もしかしたらナノマシン集合体のバイク怪人ってこともありうる。

 そういえば、あの女に借りていた小説の謎がふと解けた。

 あの小説では、主人公が記憶を失って正体不明となり、自分が誰なのかわからないという構成で進むのだが、女が云うには常識的に解釈すると判るらしい。

 ショウジはてっきり利き腕で判断するのかと思ったが、ふたりの男の年齢のズレで判断すれば良かったのだ。作中が西暦何年か突き止めればいい。

 そんなどうだっていいことが、緊急状態で思いつく自分。

 脳が妙な具合に回転していることに気がついたが、ドアを開けた瞬間に全ての考えが吹き飛んだ。


 中に居たのは男だった。

 よく死ぬことを眠ると形容するが、その男は眠っていなかった。

 目は眠るどころか見開いており、死装束どころか筋肉の詰まった全裸の体には徹頭徹尾・生気が漲っている。

 「ここはどこだい?」

 男は生きている証とばかりにショオジに尋ねたが、その声がショオジに届くことはない。

 ショオジが完全密閉の宇宙服を着ているということもあるが、そもそも船内の空気は気圧の違いから機外に吐き出されている。

 そう、機内には酸素が薄くヘリウムと水素だけの淀んだ空気しかない。全裸の男が生気が漲っているはずがないのだ。

 「今は何年なのかね? 戦況はどうだ、それとも俺が寝すぎて地球連合軍は、異星人たちを滅ぼしてる?」

 「てめえ、人間じゃないのか? どうやってこの空気の中を…サイボーグか?」

 会話が成立しない。

 男は普通に喋りかけているが、ショオジには聞こえない。

 逆にショオジは無線機を色々な周波数に拡散して語りかけているが、男の肉体には無線機は仕込まれていない。

 「落下しているようだけど…そうか。俺の棺桶が当たったのか、これは地球の船? それとも異星人の船? キミはどちらだ?」

 「…話ができなくても状況は判ってるだろ、お前も手伝え。棺桶から出たところで死にたくないだろ」

 「…困ったね。キミが敵なのか味方なのかもわからないよ」

 終戦が二九四五年で、現在は三〇一二年だというのに、この全裸の男は錯誤的な言い回しをやめようとしない。

 「俺はキミを攻撃もしないが助けもしない。勝手にしてくれ。俺は…行くところがある」

 その全裸男は自分が入っていた棺桶へと無造作に右腕を突き刺した。

 オーバータングステンカーバイトの機体を貫く硬度を持つ棺桶、その棺桶を貫くその男の拳、結論はシンプルだ。

 「サイボーグ、しかも…軍事用か、てめえ…」

 「聞こえてないようだが、名乗っておくのが礼儀だね。俺は地球連合軍所属、第一鉄血兵士部隊所属の(ダン)大尉」

 全裸の男こと団大尉の鉄腕に力が込められ、その力に足場が陥没する。

 いとも平然と機体に突き刺さった棺桶を単純な腕力で砕いてみせるた。

 するとどうなるか、機体に開いた穴を塞ぐ栓の役割をしていた棺桶を失い、木星大気との気圧差によって水素とヘリウムだけの大気が一気に流れ込み、爆発的な衝撃を生む。

 「っガぁあッ!」

 ショオジの宇宙服が機内に叩き付けられ、宇宙服はその爆発的な衝撃にも耐えたが中のショオジは違った。

 地球で超音速の飛行機に乗るだけでも、加速の慣性によって訓練していない人間は命に関わることもある。

 木星の高重力下では慣性によるダメージも倍増し、地球で超音速ジェットを乗りこなす人間でも意識を失うことがある。

 蓄積された疲労と、壁面に叩きつけられた衝撃で昏倒したショオジを誰も軽侮することはできない。



 書いてる途中です。

 めっちゃ書いてる途中です。

 書き終わって誤字チェックの推古まで終わったところで順次挙げて行きます。10ページ前後予定。


 SF考証的なツッコミから、誤字脱字指摘、読者の嗜好、なんでもOK。

 毒舌過ぎて感想板に上げると自分の人格疑われる系は、PMとかでも歓迎。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ