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閑章 Granda memoro


 俺は何も知らない。

 俺は何もやっていない。

 なのに、何で、覚えているんだ?

 いい知れないムカツク気持ち。

 はき出したくなる、苛立ち。

 抑えることなんざ出来なかった。

 あいつが嫌いだった。

 とぼけた顔して、何でも出来て、大人達から褒めまくられて、馬鹿みたいに笑うあいつが嫌いだった。

 あいつが生まれる前は、俺が一番だったんだ。

 なのに、あいつが生まれてきて、ちやほやされて、俺は忘れ去られた。

 「かわいそうな、マスナ。」

 お袋の一言が、きっかけになった。

 同情するんだったら、テメエがどうにかしやがれ! 慰めるんだったら、あいつをぶっ殺せよ!

 そんなことを思っていた。

 気持ちが昂ぶって、気がついた時には、遅かった。

 俺の目の前には、頭から血まみれになって倒れているお袋がいた。俺の手に、服に、お袋の血がべったりとくっついていた。

 もう、何が何だか分からなくなった。

 家を飛び出し、溜まった憂さを晴らすように、目に映る村の奴らをことごとくブン殴った。

 変な音が出て、血が出ても殴り続けた。相手の動きがしなくなるまで殴りまくった。

 「ハハッ!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 そうしてる内に、おかしくなっちまった。

 もう、止められなかった。

 そうだ、いっそのことあいつもやっちまおう。

 あのすっとぼけたガキを、これでもかって位に殴りまくってやろう!


 ランの野郎を!!


 あいつはすぐに見つかった。

 花蜜虫の巣箱の陰に隠れて、震えてやがった。

 いい気味だ。

 俺は、巣箱を蹴り飛ばした。

 花蜜虫が、一斉に宙を舞う。

 ランは、鼻水を垂らし、涙を流して、俺を見上げていた。

 長い黒髪は顔にかかり、丸くて大きな目を、これでもかって位に見開いて、怖がってやがった。

 「あ・・・っ!ふぁぅっぁ・・・」

 「ヘヘッ、いいざまだな・・・」

 俺は握っていた棍棒を振り上げる。

 こいつの頭に思いっきり当てた時、どんな叫びをあげるのか楽しくなった。

 「往生しやがれ!!」

 棍棒を振り下ろす。

 確実に、腰を抜かしたあいつの頭に命中する。そう思っていた。


 手応えはあった。

 けれど、あいつはピンピンしていやがった。

 腰を抜かして、鼻水を垂らしたあいつは、それでも傷一つ負っていなかった。

 代わりに、別の子供が、頭から血を流して俺の前に立っていた。

 脳天で結わえた団子頭に、襟足から髪を垂らした、成人前の女。

 ランといつも連んでいた子供。

 つり目がかった黒い大きな目にぶっとい眉が特徴的な女が、両手を広げて俺を睨み付けていた。

 俺を、無言で責めていた。

 「チュジャン!?」

 ランが女の名前を叫ぶ。

 それがたまらなくムカついて、俺は棍棒で女をこれでもかって位に殴り続けたんだ。


 いつの間にか俺は村の大人達に捕まった。そして、村を追い出された。



 次に覚えているのは、血まみれになったランだった。

 あの時から、大分身体が伸びて大人びていやがった。長い髪が汁椀をひっくり返したみたいに短く刈りそろえられていた。

 俺は、あいつを傷つけていた。“お父様”から貰った武器を使って、あいつの身体を剔っていった。

 気色悪ぃ快感が全身を駆けめぐって止まらない。

 俺は、あいつを、ついに殺したんだ。

 

 なのに・・・。

 それなのに、何であいつは今俺の目の前にいやがる!?

 そんなふざけたことがあっていいのかよ!

 びくつきながら、俺を睨む!?

 「あ・・・ぁあぁぁあああ」

 何で生きている!?

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!!!

 「ああああああああああああああああああ!!」

 恐怖した。

 あいつが生きていることに、俺は恐怖した。

 俺を貶めたヤツがまだのうのうと生きていることに腹の底から、恐怖した。

 だから、引き金を引いちまったんだ。“お父様”から渡された、あの武器の引き金を。

 俺の命を削り取るって言われた、あの武器を。

 ランに向かって、これでもかって位にブッ放ったんだ。

 「当たれ、あたれぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 「うわぁあぁああぁぁぁぁ!」

 ランの絶叫が耳に入る。

 放たれた光の弾丸で壁や床、天井が崩れていった。

 これだけの攻撃で、生きてるのがおかしいってモンだ。

 今度こそ、あのクソガキをぶっ殺した。そう思っていた。


 攻撃を止める。目の前が、土埃で何も見えやしない。

 それでも、俺の武器には未だ光が蓄えられていた。

 この光を消すことなんざもう出来やしない。

 「今だ、ラン!!」

 ランの連れの男が叫んだ。

 煙に紛れて、人影が動く。デコボコになった床を走る。

 そいつが俺の前に来ると、いきなりしゃがみやがった。


 ―――ラン!!?


 「くらえっ!」

 気づいた時には、あいつの姿は消えていた。その代わりに、後頭部に鈍い痛みが響いた。

 あの野郎、まだ生きていやがったのか!?

 しかも、俺に膝蹴り喰らわしやがって!!

 許さねぇ・・・

 許さねぇ、許さねぇ、許さねぇ、許さねぇ、ゆるさねぇ、ゆるさねぇ、ゆるさねぇ、ゆるさねぇ、ゆるさねぇ、ゆるさねぇ、ユルサねぇ、ユルサネェ、ユルサネェ!!

 「待て、クソガキィィィィイイイ!!」

 逃げていくランを、俺は追おうとした。

 だが、

 

 ギィィィィィン

 

 俺の行く手を、白い何かが足止めした。

 細くて長い、杖のような物。

 杖は、全体から光の幕をのばし、床から天井までを塞いだ。

 大分薄い光だ。

 だが、こんな光でも、触れたりしたら相当なダメージを受けるに違いねぇ。その証拠に、光の幕に触れている壁や床には、新しい溝が出来上がっている。この光がどれだけの威力を持っているか、それを見るだけで分かる。

 「何のマネだ、ゴラァ?」

 凄味を効かせて、後ろにいる男を睨み付けた。

 俺の邪魔をしやがって、ただじゃおかねぇ。

 「こっから先には、行かせねぇ。」

 男はランと同様、俺の攻撃に傷一つついていなかった。

 あの杖の幕で、防いでいたに違いねぇな。

 男は口元をつり上げて、青い目を歪ませて俺を見ていた。

 俺を、笑いやがった。

 「ハァ?言ってるコト、オカシイんじゃねぇの?」

 「違いねぇ。でも、それが俺のキモチだ。」

 完全に男は、俺のことをからかってやがる。

 ナメてんじゃねぇ、クソがっ!

 「わけわかんねぇよ、お前。ぶっ殺してやる。」

 感情が昂ぶる。

 手に持った武器に、力がため込まれ、剣の形をとる。

 頭から、血の気が引く錯覚にとらわれる。

 だが、まだ平気だ。

 まだ、この男と戦うだけの気力は残っている。

 「その右腕、どうしたのさ?」

 男は相変わらず笑っていた。血管が浮きまくった俺の腕のことを、突っ込んでくる。

 「知るかよ。」

 お前なんぞに言ってたまるか! どうせこいつは俺が殺すんだ。言う必要なんざありはしない。

 俺は走って、男との間合いを詰める。

 「死ねぇぇぇ!」

 剣を振るう。空気が震え、床に散らばった岩が砕ける。壁に光が当たって、崩れた破片が煙を上げる。

 だが、男が倒れることはなかった。

 へらへらと馬鹿にした笑い顔を浮かべながら、俺の攻撃をあっさりと避けていく。

 何なんだ、こいつは!?

 俺を見下して、俺を笑って、俺をもてあそぶ。一向に攻撃をする素振りが見えねぇ。

 軽くステップを踏むように、足場の悪い床で俺の攻撃を躱していく。

 「よけんじゃねぇ!!」

 剣を薙ぎ払った時の俺の言葉に、男はすっとぼけた顔をして「いいのか?」と言った。

 そのとたん、あごに強烈な痛みを伴って身体が宙を飛んだ。

 床に打ち付けられる前に、男が腹に蹴りを入れる。

 地面を転がり、皮がすれる。

 「あ~れまっ! 随分弱くなったな、お前。」

 弱くなった?

 何だ、こいつ。

 「・・・あんた、俺のこと、知ってんのか?」

 「はぁ~?」と、呆れるように男は声を上げる。

 「知ってんも何も、この間俺にボコられただろ、お前?」

 この間? そんなこと、俺は知らねぇ。俺は、ここから出たことがねぇんだ。

 ずっとカプセルに浸かっていた。歩けるようになったのは、たった数日前のこと。

 この男が言ってるのは、“俺”だったやつのことか。

 俺が知らない“俺”の記憶をこの男は知っている。

 「それよりさぁ、いつまでその武器使ってんだ? 無駄に光らせりゃ、死ぬだけだぜ?」

 消せるモンなら、消している。

 “俺”が俺になった時に、“お父様”から渡された武器。ストッパーを解除され、一度発動されれば腕に食い込み、俺の体温を吸収し続け、俺を殺す諸刃の武器。

 「死んでいいんだよ、俺は。」

 「何で?」

 この男には、わかんねぇだろうな。俺の気持ちなんざ。

 “俺”を知っている、人間を知っているこの男にとって、俺たち創られた存在はただの物でしかねぇんだ。

 実験が済めば用済みの、使い捨て。

 俺は、“お父様”から捨てられたんだ。

 それでも、俺は任されたんだ。

 生まれて初めて、“お父様”から頼まれたんだ。


 『侵入者を殺せ』と―――。


 なら、俺はその期待に応える。俺の使い捨ての命が、少しでも“お父様”のお役に立てるなら、それは素晴らしいことだ。

 身体が痛てぇ。・・・が、まだ戦える。

 まだ、“お父様”に応えられる。

 よろつきながらも、俺は立つ。そんな俺に男はいぶかしむように「・・・お前、誰だ?」と、俺のことを聞いてきた。

 「!?」

 この男は、感づいている。俺が、“俺”でないことを、分かりだしている?

 隠す必要なんて、無い。なら、言っても問題ねぇか。

 「K-010。生憎と、お前が知ってる“俺”じゃねぇ。」

 男は少し驚いたみたいだ。

 そして、

 「K・・・? kris―――.Christos、か。・・・皮肉なもんだな。」

 俺たちの存在を静かに、言い当てたんだ。



 剣は、まだその輝きを見せ続ける。

 俺の命と引き替えに。


 寒い。

 身体が熱を出そうと震え、藻掻く。

 毛細血管にまで張り巡らされたケーブルは俺の熱を奪い、血流を塞ぎ、エネルギーとして昇華させ光の武器を形作る。

 本来ならば、バッテリーパックを使ったり、太陽光の熱量を内蔵された小型ブースターによって増幅させる。俺が持っているのは、太陽光型に手を加えた自滅型だ。

 メインとなる太陽のエネルギーが無くなれば、自動的に持ち主の腕に寄生し、その寿命が尽きるまで輝き続ける。

 この光が消える時、俺は死ぬ。

 それを少しでも遅らせるために、“お父様”の力によって、この武器以外にもブースターが取り付けられた。

 俺の肉体だ。

 血流が遅延することによって身体に酸素が行き渡らなくなり、身体が冷える。熱量が下がる。血管内の摩擦力も下がる。それを防ぐためのモノだと、“お父様”は言っていた。

 だが、―――

 「うおおおおおおお!!」

 光を振るう。

 男の身体にあたるように、狭い通路を駆る。

 さっきまでのふざけた笑いとは打って変わって、涼しい顔を男はしていた。まるで、俺のことを哀しんでいるように。

 青い目が、細くすぼまる。

 でも、それだけ。

 袈裟型に斬る光の軌道を紙一重で躱し、俺の顔に肘鉄を食らわす。続いてこめかみに回し蹴り。腹にも数発の蹴りが連打する。

 鮮やかで、芸術にも思える攻撃。

 その攻撃は俺に倒れる隙も与えず、繰り広げられる。

 前から、後ろから、俺の身体を打ちのめす。剣をあげる力さえも、奪っていく。

 最後に俺は、宙を飛んだ。

 蹴りだったのか、投げ飛ばされたのかは、もうわからねぇ。

 天井に届くかどうかと言ったところまで身体は跳ね上がり、着地した時には大分通路を滑った。

 「・・・・くっ・・・そ・・・!」

 起き上がろうにも、首を向けることが精一杯。

 そんな俺に、男はゆっくりと歩いて来やがる。

 「観念するんだな。お前は俺にかなわねぇ。」

 分かりきった事実を俺に振りかざす。

 だが、まだ終わったわけじゃない。まだ、俺には攻撃できる力がある。


 『相手にどうあがいても力が及ばない時は、己の身体に光を突き立てろ。』


 改造が終わった際、“お父様”はそうおっしゃった。

 はじめから、あの人は分かっていたのかもしれない。俺の力不足を。

 自分を傷つけて、相手に与える攻撃。

 最後の切り札。

 容易に想像がつくことだ。

 そうまでして、お父様は侵入者を招き入れたくないんだ。

 だったら、その御心に従うまでさ。

 

 男は俺の足下に立ちはだかる。

 「いい加減、その光を消せ。」

 もう、消せねぇんだよ馬鹿野郎。

 間合いとしたら、こんなもんだろうな。

 「・・・それとも、消せねぇのか?」

 何でだろうな。

 この男は俺たちのことに詳しいみたいだ。

 武器にしても、俺自身にしても。

 でもまぁ、そんなこと、もう関係ねぇか。

 渾身の力を使って、剣を持ち上げる。

 「・・・さぁ、な!!」

 俺は自分の腹に剣を突き立てた。

 激痛の中、体内で急速に何かがうごめく。

 無機質なモーター音。脈打つケーブル。

 体中の酸素がブースターへと収束され、送り出されるその先は、


 膨大な熱を帯びる光の剣。


 これで、終わりだ。

 男が驚愕の色を顕わにする。

 それがたまらなく可笑しくて、俺は、思わず、笑っちまった。


 身体が破裂する。


 酸素に反応して、おびただしい熱が通路をしめる。

 これで、あの男も終わりだ。

 これで、俺も終わりだ。


 死んだら、天国って楽園に行くんだよな。

 けど、俺は行けるんだろうか。

 たくさん人を殴り殺した奴が、他の奴らと一緒に天国なんかに行けるんか?

 楽園なんかに行けるんか?

 無理だよな・・・。

 悪魔の国にでも、堕ちるんかもしれねぇや。

 でも、待てよ。

 俺は誰も殺してねぇじゃねぇか。

 殺したのは“俺”だ。俺じゃねぇ。

 けど、俺は“俺”としての記憶がほとんどだ。天国ってところは、俺を俺と見てくれるんか?

 俺は“俺”としてしか見られねぇのか? だとしたら、俺の身体に入った“俺”は天国に行けるって事か?

 嫌だな、そんなの。

 そんなんじゃ、俺の気が済まねぇ。

 こうなったら、意地でも“俺”に会って、焼き入れてやろう。


 よし、そうしよう。

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