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・・・不意にその時は訪れた。
何本目かのタバコに火を点け、下を眺めていた。静寂を破るようにクルマの音が近づいてくる。
音はどんどん近くなって、ヘッドライトの光芒が見える。
・・・ハイビームにしたクルマが走ってきて、石山事務所の前に停車した。比較的新しい白いカローラのドアが開く。
男らしき人物が降りてきて、足早に事務所の中に入っていった。カローラはハイビームのまま停まっている。
・・・玄関の明かりが点き、1階のフロアーが明るくなる。少し経ってから2階の窓のブラインドの隙間から灯りが洩れてきた。
5分ほどしてさっきの男が玄関から出てくる、灯りのおかげで今度は容姿が判った。
地味なスーツを着た40歳過ぎぐらいのやせた男。石山一彦の秘書のひとりだろうか。
男はまた足早にカローラに乗り込み、どこかへ走り去っていった。多分、駐車場に停めにいったのだろう。
・・・俺は「本命」の出現を確信する。
石山がここに到着するのは時間の問題だろう。
俺は両手の黒革の手袋を脱いで、幅15cmのコンクリート擁壁の上に重ねて置く。
その上にウィンチェスターM70のストックの中心あたりを、静かに載せる。
右手は銃把を握り、銃床を右肩前に付ける。左手はその銃床を下から添えるように抱え、ストックに頬付けする。
両目を開けたまま右目をスコープに接眼させる。丸椅子を後方へ蹴飛ばしてゆっくりと立ち上がり、玄関の灯りをスコープの中に捉える。
クロスした黒線の中心に玄関が見えたまま、スコープのピントを合わせていく。
中腰の姿勢のまま、革手袋上の支点をずらさずにライフルを左右に振ってみる。
スコープの倍率ダイヤルを少し下げて、周囲全体が見えるよう調整しながら、右手の親指でセフティーを解除した。
・・・擁壁にライフルを載せていてもスコープから見える玄関は、俺の心臓の激しい鼓動で小刻みに揺れる。
「・・・トシ、もう少しだ・・・。」