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左手の時計の文字盤の下を押す、青く光るデジタル文字は3時15分。
眼下の玄関に石山が現れるのを待つ。俺はヤツのスケジュールを把握しているわけではないので、ただひたすら待つだけだ。
朝か昼間か夜か、遠方に用事がなければここに何日も顔を出さないということはないと思う。
・・・玄関前にクルマを横付けしてヤツらが下りる、その瞬間を狙って、ヤツとヤツのバカ息子を殺る・・・。
・・・ただ、昼間にこの通りを歩く無関係の人間を巻き込むのだけは避けたいと思った。
さっき真奈美がタバコを放り込んだ灰皿を持ってきて、足元に置く。下の通りはタクシーすら通らなくなって、静寂の時間が流れた。
ハイライトに火を点けて煙を吹き上げると、無性に虚しい気分に襲われた。
トシが殺られて以来、俺は「怒り」の感情に任せてすべての時間を「復讐のため」に費やしてきた。
・・・だが、それを全て遂行したところでトシという人間は帰ってはこない。トシの魂が俺のこの復讐の殺戮を願っているのか、確かめようもない。
「所詮は俺の憂さ晴らしに過ぎねえのか・・・。」呟いてみた。
そう考え出すと目の前の闇に、次々と慣れ親しんだ者たちの顔が浮かんだ。
沢田モータースの面々、お袋と兄貴家族、俺の整備を気に入ってくれて飲み仲間になった客たち、バカなまんまの高校の同級生たち・・・。
俺は意味もなく脂汗にまみれている。今になって「行き止まり」の現実の恐怖に囲まれている。
「孤独」の澱の中に沈んでいるような息苦しさを感じる。
・・・吸いかけのタバコを膝の上で、ゆっくりともみ消した。ズボンが焦げ孔が開き、皮膚を焼く熱さがヒリヒリと痛む。
「・・・俺には、明日はねえ・・・決めた時からわかってることじゃねえか。」
くの字の吸殻を灰皿に叩き込んだ。