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真奈美は両手の指を組んで反らし、そのまま両腕を真上に上げた。
「うーん」と言いながら伸びをする。
屋上の一部には屋根がついていて、その下には物干し竿が何本か掛かっていた。入院患者の洗い物を干す場所だろう。
「・・・迷惑かける?」真奈美は唇の端を歪めて笑った。
看護服のポケットからセブンスターを出してくわえ、ジッポをカチャリと鳴らした。
「ショウちゃん、美弥とあたしは小さい頃からの親友だよ。・・・おばさんはあたしのもうひとりのお母さんだと思ってたし、トシ兄ちゃんは大事な兄ちゃんだった。」
真奈美はそう言うと夜空に煙を吹き上げた。
「・・・おじさんもすごく優しかったしね。・・・あたしは家にいる時より、美弥んちにいる時の方が落ち着いた。」
真奈美は俺の前を横切り、屋上の端まで歩き手すりに凭れた。
「・・・あたしが美弥と一緒にアパートに帰ると、おばさんが当たり前のように二人分のおやつを用意してくれててさ、・・・そのうちにトシ兄ちゃんとショウちゃんが帰ってきて賑やかになる。」
階下でタクシー同士の挨拶のクラクションが短く鳴った。
「あたしはあん時が一番楽しかった。」
真奈美はすぐそばにある灰皿にセブンスターを放り込んだ。
「・・・おじさんが交通事故で亡くなって、おばさんが体こわして亡くなって・・・美弥とさんざん泣いたよ。」
手すりに凭れた真奈美の肩が小刻みに揺れている。
「それで働くようになって、やっと生活がまともになったら、美弥は傷つけられトシ兄ちゃんは殺されて・・・。」
真奈美は手すりの下にしゃがみこみ、声を殺して泣いた。
俺は闇夜を見上げるしかなかった。
ひとしきり泣いた真奈美は静かに立ち上がる。
「・・・美弥から全部聞いた、あたしもショウちゃんの力になりたいと思った。」
俺はハイライトに火を点ける。
「今夜、俺がここにいられることが最大の協力だよ。」
それは本当に真実だった。
俺は屋上の東側に行き、向かいを眺める。
通りを隔てた3階建てのビルは「石山一彦事務所」なのだ。