69
「・・・今から行こうと思う、夜が明ける前に。」
緑色の電話の赤いデジタルの数字がみるみる減っていく。
「・・・今から?・・・わかった。真奈美にはいつでも連絡できるようになってるから。」
「悪いな、ありがとう。・・・真奈美ちゃんによろしく言っといてくれよ。」
「うん、わかった。」
「じゃあ。」
「・・・ショウちゃん。」
「うん。」
「・・・なんでもない、気をつけて。」
「ありがとう、じゃあ。」
ピーピーとカードが出る、残量は62になっていた。テレホンカードを引き抜いて、ガラスのドアを開ける。
デカい蛾が電話ボックスの明かりに飛び込もうと群れていた。
住宅地を縫うように走る。すれ違うのはタクシーと運転代行のクルマぐらいで、俺に興味を示すような動きはない。
4kmほど走り、目的の建物に辿り着いた。
「黒岩医院」は、鉄筋コンクリート造りの3階建ての個人医院。
・・・その建物の裏手にバイクを停める。
肩にライフルを吊ったまま、通用口のドアのノブを回す。鍵は掛かっていない。
静かにドアを閉めて常夜灯のみの薄暗い受付と待合のロビーを横切る。非常口を示す階段を音を発てずに登る。
踊り場を経て登った2階の正面にナースステーションがあり、煌々と明かりが点いていた。
俺は暗がりから中の様子を伺うと、関村真奈美が机に向かって何か書いているようだった。
看護婦姿の真奈美をはじめて見た。
・・・数年前、日常的にトシ一家のアパートに居た頃、美弥と一緒に学校から帰ってきた真奈美の姿しか知らなかったから少し驚いた。
そして異常な状況での再会と、彼女に迷惑を掛けることに心が痛んだ。
・・・真奈美は俺に気付き、目だけで頷く。
後方にいるらしい同僚に何かしゃべってから、ナースステーションを出てきた。
お互い無言の目合図のみで3階への暗い階段を上がり、その先のドアを開けて階段を駆け上がる。
真奈美は看護服のポケットから鍵を出し、屋上のドアを開け外に出た。古くて重い鉄製のドアを閉めた時に真奈美は大きく息を吐いた。
「お久しぶりだね、ショウちゃん。」
真奈美の笑った顔は、学校の制服を着てた時と変わらなかった。
「・・・迷惑かけることになる、申し訳ねえ。」
口にした時にまた、心が痛くなった。