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対岸の若者の声は、いつしか聞こえなくなっている。
俺は窪地まで戻りライフルを肩に掛け、木陰に停めたクラブマンに跨る。燃料タンクにセロテープで貼り付けてある紙切れを剥がし、拡げる。
「ミヤさん 030-***-****」克也の字だ。
見慣れない市外局番は、携帯電話というものの番号だろう。
自動車電話とも違い、まさしく携帯して歩ける電話だというが見たことはない。
俺はクラブマンのエンジンを掛け、無灯火のままそろそろと走り出す。堤防道路を駆け下り深夜の住宅街をなるべく静かに走っていく。
新津は「朝が来たら動き出す。」と言っていたが、油断は出来ない。出来るだけ明かりに身を晒さない道を選んで走る。
・・・新津のことを考えていた。
ヤツの言葉や行動を信用していいのか、それとも罠なのか。
新津の眼光は今まで出会った人間にはない、別世界のような鋭さがある。誠龍会のヤクザどもなど比べものにならない鋭利な眼。
だが、その中に信じていたくなるような光がある。それは玉井の眼にも通じる「温かさ」なのかも知れない。
・・・しかしヤツは刑事であり、俺は複数の人間を殺した犯罪者なのだ。
信用するのは危険すぎる。
公園の木陰にある電話ボックスに入りテレホンカードを差し込む。
「玉井給油所」とプリントされた100度のカード、いつか玉井からもらったものだ。
ポケットから出した紙切れの番号を押す。2度のコールで美弥が出た。
「・・・ショウちゃん?」
いきなりそう言った。多分俺にしか知らせてない番号なのだろう。