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夜明けの疾走  作者: 村松康弘
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・・・左眼の周りは濃い紫色になっている。


リンチに遭って以来、初めて鏡に映る自分の顔を見た。それでも左眼の腫れはひいて、以前よりだいぶ開くようになった。


痛みは鈍くなっているが、傍目には相当痛々しく見えるだろう。治りかけの方が悲惨に映るものだ。頬っぺたの辺は少し黄色に変色しはじめている。


伸び放題の髪の毛は、汗と脂でゴワゴワ。風呂もシャワーも浴びてないせいだ。


薄い髭に覆われた切れた唇を開けると、やはり前歯が欠けている、まさに「歯抜け」だ。


・・・ただ、眼玉は異様にギラギラしていて、茶色の眼玉は以前の俺のそれではなかった。修理工場の洗い場の鏡には映ることのない荒んだ眼だ。


「・・・狂った獣か、違えねえな。」


黄色い目ヤニを指で取って久々に顔を洗う。手のひらも顔も脂っぽかったが、いくらかさっぱりした。






・・・店のドアを開けると、西田がいつものようにパイプの煙を吹き上げている。ひとりだった。


カウンターの椅子を西田の向かいに引き寄せて座る。西田は俺の動きを見もしない、俺はまるで透明人間にでもなったみたいだ。


「・・・本当にご迷惑かけました、生き返らせてもらいました。」


西田はなんの返事もしない。・・・有線から珍しく邦楽が流れている。頭脳警察の「さようなら世界婦人よ」だった。


いづれにしても、ここで耳に入ってくる音楽はすべて古い。


ここに来て以来なんとなくやめていたハイライトに火を点ける。いくらかクラクラしたが、西田の吐き出す煙の何分の一だろうか。


「・・・そろそろ行こうと思います。」


西田は「ふう」と煙まじりの息を吐いてパイプを置いた。はじめて俺の方を向いた、それでも無表情だった。


ごそごそと作務衣のポケットを探って鍵を出し、俺の前に放った。


「・・・好きなの持ってけ。」と言い、左にあるデカい木のロッカーに顎をしゃくった。


俺はダークオークのロッカーを解錠して中を見る。


・・・ずらりと立てかけられたライフルやショットガンやマシンガンの数々、山積みされた銃弾の箱。その下には数え切れないほどの拳銃が並ぶ。


・・・1本を取り出した。スコープ付きのボルトアクションライフル「ウィンチェスターM70」。無駄な機構を排除したシンプルこの上ないライフルだ。


派手な彫刻を奢った豪華なライフルやショットガン、ロボットみたいなマシンガンもあったが、俺はこの必要最低限の機能のみの銃を選んだ。


銃爪の右上に付いたハンドルを起こして手前に引き、元の位置に戻して装填する仕組み、原始的なものだ。黒く光る銃身は4kgほどだろう。


「これをお借りします・・・あと、玉井社長のリボルバーはありますか。」M70のスリングを掴み、肩に掛ける。


西田はカウンターに顎をしゃくった。


・・・無造作に置かれたその拳銃を手に取ると、玉井の鮮烈な銃捌きを思い出した。あの無駄のない、そして容赦のない動作は完全に冷徹な狙撃手のものだった。


金属色に輝く銃身、握る指の形に造形された銃把。・・・コルト・パイソン357マグナム。


確か血だらけだったはずだが手の中のそれはきれいになっていて、殺戮を犯した凶器には見えなかった。






「・・・西田さん、それからもうひとつ聞きたいんですが。」


チリチリとノイズを上げて流れ出した有線の曲は、ソニー・ボーイの「シュガー・ママ」たぶんSP盤だろう。・・・まったく古いにもほどがある。


俺はハイライトを「く」の字に消したが、西田はまた煙の向こうで天井を向いている。



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