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・・・ドアがノックされ、少し間を置いてドアが開く。寝たまま首を捻ると、美弥が立っていた。
街に戻る途中公衆電話で声を聞いただけで、会うのはいつ振りなのか見当もつかない。・・・今日がいつなのかの感覚も麻痺している。
「・・・なに食べれるかわかんないから、お粥作ってきたよ、ショウちゃん。」
俺は身体を起こす、右目だけが美弥を見れた。
・・・白いTシャツにジーンズ、肩に掛かる黒い髪。トシと似ている切れ長の目は、いつか見た時よりだいぶ顔が痩せて大きく見える。
「・・・ありがとう。」やっと言えた。
美弥がそばの段ボールに座ってサジで俺の口に運ぼうとするから、俺は黙ったまま手を伸ばし粥の鉢を受け取る。
丼の粥は湯気を上げてるが、手のひらはさほど熱くなかった。
サジで粥をすくって食う、卵やネギやワカメが入ってる。粥は本当に旨くて、口の中が痛いのにも関わらず夢中で食った。
食い終わるころ、美弥がすすり泣いてるのに気付いた。
「・・・生きてるショウちゃんに会えてよかった。」
手のひらの空っぽの丼はまだ温かい。
「・・・お父さんもお母さんも、お兄ちゃんも社長も、あたしの大事な人はみんな黙って行っちゃった。」
カレー用のサジが、丼の中でカランと鳴った。
「・・・もうやだよ、ショウちゃん。・・・もうやだよ。」
「・・・うまかったよ、ありがとうな」
顔を覆って泣いている美弥のアタマを撫でた。小刻みに震えていて、妙に温かい美弥のアタマを撫でた。
・・・本当なら、死んでるはずの俺。
こうして生き永らえていられるのは、命を呈して助けてくれた者や、この状況を提供してくれた者がいるから。
助けてもらった命は粗末に出来ないが、消えていっちまった命たちへのけじめだけは、何を差し置いてもつけなければならない。
それが自分の命を粗末にする結果になろうとも・・・。
・・・点滴の液は、もう僅かになっていた。