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夜明けの疾走  作者: 村松康弘
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・・・視界にオレンジ色の灯りがボンヤリしている。俺はその灯りをしばらく眺めていた。


やっと思考が回りはじめる、周囲を見回す。・・・生きていたのか。


ずっと、光の届かない深い海の底にいたような気がする。沈黙の暗闇で死に続けていたような。


・・・意識がはっきりしてきた。


オレンジの灯りは蛍光灯の常夜球、俺の周りには段ボール箱が積み上げられ、その真ん中に寝ていた。


身体を起こすと錆付いた機械のように間接が軋み、忘れてた痛みってものが全身を走り回った。


左手にチューブが差し込まれ、簡易なやぐらに点滴が吊るされている。「生き返らされた」・・・そんな気がした。





ゆっくりと身体を動かし、パイプベッドから立ち上がる。


点滴のやぐらに掴まりそれを引きずってドアを開けると、目の前は廊下の途中になっていて、向かいに同じドアが見えた。


廊下の蛍光灯の灯りが眩しかった。左の突き当たりにもドアがある。


点滴と一緒にそのドアを開けると、パイプの匂いが強い「西田の店」だった。


俺が眠っていたのは、西田の店の奥にある部屋だということだ。






・・・洋楽が聞こえる。店の中は相変わらず暗い照明なので、昼間なのか夜なのかも判らない。


「・・・おう、目覚めやがったか、死にぞこないが。」


ガラガラの薄ら笑い声だった。コの字のソファーにいたのは、こないだ世話になったキース・リチャーズのようなジャンキードクターだ。


弦の1本切れた黒いギブソンのカスタムを、ワイルドターキーの瓶でスライドさせていた。有線の洋楽に合わせて弾いているが、もの凄く上手いギターだった。


・・・ジャンキーがグラスの酒を呷り、枯葉色のタバコの煙を吹き上げる。


「・・・骨折はしてねえ、そのひでえツラの骨もな。・・・まったく頑丈な骨してやがるわ。内臓はかなり打たれてるようだが、そればっかは検査できねえからなんとも判らねえ。・・・血のションベンが出なくなれば回復に向かってるってことになるがな。」


ジャンキーはこの前より上機嫌そうだった。


「・・・特製の点滴をブチこんでやったが、その後はお前の運次第ってもんだわ。突然、不全を起こして死ぬこともあるからな。・・・だが俺はお前みてえな狂った獣は生かしとくべきじゃねえと思うがなぁ。」


枯葉の煙ともに枯れ声で笑った。


「・・・なんか、また助けてもらっちまったみてえで。・・・すんません。」歯は4本失ったままだから、うまくしゃべれなかった。


「まあ、歯はそのうちなんとかするんだな。・・・これからも生きてく気があればの話だがな。」


ジャンキーがまた笑う、覚せい剤が効いているからだろうか。


「・・・なんで俺みてえなもんを助けてくれるんですか。」


「俺ゃ、おめえみてえな野郎が死のうと生きようと知ったことじゃねえわ、・・・西田会長さまに頼まれたからやったまでさ。」


「・・・西田さんて何者なんですか。」


「さあな、みんな会長って呼んでるから俺もそう呼ぶが、良くは知らねえんだ。」


「・・・あの人もヤクザもんなんですか。」


「いや、それはねえな。そんなチャチなもんじゃねえらしいわ。・・・なんかとんでもねえ人間だって誰かが言ってたわ。」






・・・俺は玉井のことが気になったが、医者として呼ばれたジャンキーは知るはずもないだろうから訊くのをやめた。


店の隅にある便所に行ってションベンをした、真っ赤な水で驚いた。


KINKSの「LOLA」に合わせてギターを弾いてるジャンキーに、「ありがとうございました」と言って部屋に戻る。






ベッドに辿り着き天井を眺めていると、修羅と化した玉井の姿が浮かんできた。


鬼のような形相、冷徹で残酷で完璧な銃捌き・・・。痩せてはいるものの筋肉質な身体に刻み込まれた刺青。


・・・死の瞬間は相当苦しかっただろうに、呻き声ひとつ上げずに向こうに行っちまった最期。


また目の前がぼやけてくる。・・・そして西田の正体のことも考えた。






・・・結論は出ないまま、闇に引き込まれる。



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